2011年07月25日

瓦礫のなかから

取締役 前田 俊之

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ある程度の心構えはできていたものの、実際に目の前にした光景は想像を超えるものであった。新花巻から三両編成の釜石線で移動することおよそ1時間半。のどかな遠野の田園風景の中を走り、急峻な山間を抜けた先に釜石の町はあった。ヤードに大きな廃材などが山積みになっていることを除けば、駅前にひろがる製鉄所は何事もなかったように建っている。しかし、清流として知られる甲子川を渡り、市街地に一歩足を踏み入れると目の前の様子は一変する。いろいろな方向から押しつぶされたような車、骨組みだけを残して建つ住宅、岸壁に乗り上げたままの大型船。震災から4ケ月近くの時を経た6月末の様子だ。
ちょうど同じ頃、東日本大震災復興構想会議の答申が発表された。その骨子となるのは「大自然災害を完全に封ずることはできない」との前提にたつ減災、「民間の資金・ノウハウを活用しつつ、きめ細かい支援措置を行う」為の特区導入などだ。「復興への提言~悲惨のなかの希望~」という名にふさわしい内容であり、今後の復興を支える為に重要な指針となる事を期待したい。しかし、いかに優れた提案であっても、それを実行に移すための財源が伴っていなければ絵に描いた餅にすぎない。復興構想会議も財源手当ての重要性を強く認識し、法人税・所得税・消費税の基幹税を中心とした増税に踏み込んだ内容となっているが、民主党をはじめとして政治の動きは極めて心もとない。
今年の2月に国土交通省が公表した「国土の長期展望(中間とりまとめ)」によると、2050年までの間に我々は大きな社会構造の変化におそわれる。その主な内容は、(1)25%の総人口減少(3,300万人減)、(2)40%に及ぶ生産年齢人口減少(3,500万人減)、(3)大都市圏への人口集中と無居住地域の拡大、(4)行政コスト・インフラ維持コストの増加、などである。これまでも多くの場で指摘され、あるいは議論された内容が多いとは言え、改めてこうした形で見直してみると我が国がいかに多くの課題に直面して
いるかということを実感せざるを得ない。これらの問題が多かれ少なかれ我が国財政にとって新たな重荷となることは言うまでもない。このたびの震災復興に必要とされる財源を確保するにあたり、「次世代への先送り」を避けることが今を生きる我々の責任であることは論を待たない。
今回の震災を契機として日本の将来について考える機会が増えている。今こそ、厳しい現実を受け止め、さまざまな問題の解決にむけて世論を変えてゆくのが本来の政治の姿である。そして、この国の将来の為に新たな貢献のあり方を考えてゆくことが国民の務めである。失われた10年に代わり、最近では失われた20年という言葉を耳にする。この間、我々は何をしてきたのか。震災の痛みが残る今こそ、経済活性化にむけ新しい仕組みを導入し、公平な国民負担のもとで再スタートを切るべきではないだろうか。誰が置いたのか、瓦礫の上にアンパンマンの人形が飾ってあった。アンパンマンは「顔の一部を与えることで戦う力が落ちるとしても、目の前の人を見捨てることはしない。どんな敵が相手でも戦いを放棄しない」そうだ。今、多くの人がこんな存在になりたいと思っているはずだ。

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