コラム
2011年05月23日

リスク管理の観点から浜岡原発停止要請を考える

遅澤 秀一

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菅直人首相は中部電力に対して浜岡原発の停止を要請し、中部電力も要請の受け入れを発表した。総理の要請については英断との評価がある一方で、唐突感があり説明が不十分との声も強い。高度に技術的な原発に関する政策は、福島第一原子力発電所の事故を踏まえて、考えうるリスクに対して安全性を専門家が再検証し、科学的根拠に基づき安全基準を見直した上で、法的措置を取るというのが通常の手順であるべきであろう。結果論としての決断の評価とは別にプロセスに関してもその影響も含めて再検証が必要である。このことは一般のリスク評価、たとえば金融機関のリスク管理等にも参考になる点が多々あると考えられる。

一般に安全性の検討とは被害額を見積もることに始まる。すなわち、事故の事象の発生確率とその時の被害額の積の総和が被害額の期待値となる。事故事象の発生確率は科学的根拠に基づいて議論されるべきことであり、専門家による分析抜きでは正当に評価できない。しかし、後者の被害の広がりや大きさは、経済的・社会的影響の見積もりであるので、科学的議論とは異なる。つまり、政治家が首都圏への影響や、日本の大動脈である新幹線や東名高速が長期間閉鎖されるリスクを考慮した上で判断を下すことは正当性があると考えられる。事故の発生確率が完全にゼロでない以上、後者の被害があまりにも巨額になる場合では、前者の科学的議論が不十分であっても、停止という結論を出すこと自体は政治判断としてありうる。

これはサブプライム問題における金融機関の対応において、フィナンシャル・エンジニアによるリスク・モデルの見直しやパラメータの再推計の結果が出る前であっても、たとえ確率が低いにせよ発生したならば企業の存続が危ぶまれるほどの損失を出すポジションの縮小・撤退を経営者が決断するのが妥当なのと同じである。経営は結果責任であるから、最終的には経営者は業績で株主や投資家に評価されることになる。政治家の判断も同様で、今後の影響も含めた結果で評価されることになるのだろう。

だが、浜岡以外の原発は安全だとの発言は、このロジックから言えば完全な勇み足だ。危険性よりも安全性の方がより慎重に評価されなければならない。安全性を再検証して専門家による科学的検討の後でなければ、原発の素人である政治家が安全宣言しても説得力がない。事実、他の原発が立地している自治体の間で不安をかきたてることになってしまった。というのも、東海大地震の発生確率の高さが浜岡原発が一番危険だとの根拠であるが、同じ資料の中で福島第一原発が大地震に見舞われる確率が低いと予想していたため、発生確率が低くても地震が起こらないとは言えないではないかと心配する人も多かったからである。津波対策だけでなく耐震性も改めて問題となりそうになってきた。定期点検で止めた原発がスムーズに再稼動にこぎつけられるかどうか、現状では完全に不安なしとは言えない状況である。停止したままの原発が増えれば、日本中で電力不足懸念が高まるだろう。

今回のように技術的な安全性の再検証や法的措置をスキップして浜岡原発停止を優先させることは、逆に言えば他の原発の安全性確認を後回しにしたことを意味する。今後、すべての原発の安全性を再検証するにしても、始めに結論ありきではないかという疑いを払拭することは難しい。原発が立地している自治体の住民の方々の心情を慮れば、安全性の検証を優先する選択もあっただろう。すべての原発の安全性を検証し、安全基準を見直した上で、必要があれば法的措置を取るというプロセスを踏めば、住民の不安も今よりも抑えられたかもしれない。

もちろん、今回の政治判断の評価はメリット・デメリットを勘案してなされるべきだ。だが、前述のように原発が立地している自治体の不安の増加のほかにも、東海大地震の発生確率「87%」という数字が一人歩きして、静岡に風評被害が発生する可能性もある。観光や企業誘致に影響が出る懸念もあろう。また、言わば究極の行政指導が行われたことによる政治リスクの顕在化の影響も無視できまい。法的根拠もなしに裁量行政が行われ、民間企業の活動が制約を受けるのであれば、投資先としての日本の魅力が損なわれかねない。これらの点を考慮しても、政治判断が妥当だったのかどうかを今後注視していく必要があるだろう。
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