コラム
2008年09月08日

生保の基礎利益は何を表すのか

猪ノ口 勝徳

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生命保険会社のフロー収益を表す指標の1つとして「基礎利益」が公表されている。これは、経常利益から売却損益等の臨時的損益を除いた、生命保険会社の基礎的な期間収益の状況を表す指標であり、一般事業会社の営業利益や銀行の業務純益に近いものであると説明されている。株価等の相場変動の影響を除外していることから、異なる決算年度間の比較が可能であり、生命保険会社の収益力を見るためのものとして広く定着している指標である。

生命保険会社の損益計算書表示の歴史を振り返ると、昭和63年度決算まで、有価証券の売却損益等は経常損益の部ではなく、特別損益の部に計上されていた。すなわち、当時の経常利益は現在の基礎利益に近いものであった。このような表示が行われていたのは、生命保険契約の長期性から、有価証券投資も長期保有になる傾向が強くなると思われるので、売却損益等は特別損益とする見方が定着していたからであろう。当時の保険業法では、有価証券売却益は原則として保険業法第86条準備金に繰り入れることとされていたという事情もあった。

しかし、昭和60年代に入り、金融の自由化、国際化が進行する中で、生保の資産規模が大きくなるとともに、投資手法が多様化したこと等を踏まえ、有価証券の売却行為は生命保険会社の経常的な投資行動であると考えられたことから、平成元年度決算より、有価証券売却損益等は経常損益の部に計上されることになった。このため、生保の収益指標から、売却損益等の臨時的損益を除外したものは、一旦姿を消すことになった。その後、損益計算書の表示は変更されていないが、平成12年度決算から基礎利益指標が復活した。長期のビジネスを営む生命保険会社の収益力を見るには、やはり、臨時的損益を除いたほうが分かりやすいと考えられたのであろう。

ところで、平成19年度決算において、変額年金保険等の最低保証給付に関する責任準備金の積立により、基礎利益が影響を受けるといった現象が見られた。変額年金では契約者が資産運用リスクを負うことが基本であるが、商品魅力を高めるために、給付に最低保証を付すことが一般的である。たとえば、死亡給付に対して最低保証を行う商品や、年金開始時の年金原資に対して最低保証を行うタイプの商品などがある。この最低保証給付のための責任準備金は、運用環境の変動に大きく影響される。すなわち、運用環境が悪化すると責任準備金は増大するが、その後運用環境が回復すると責任準備金は減少するものであり、有価証券の評価損益と同質のものであると考えられる。

このように考えてくると、この責任準備金繰入額を基礎利益に反映させるべきかどうかという疑問が生じてくる。責任準備金は生命保険会社の最大の負債項目であり、保障という保険会社の本来業務に係る項目であることから、責任準備金繰入額を経常損益の部に計上することには異論はないであろう。また、この考え方を推し進めてゆけば、責任準備金は保険会社の本来業務に係る項目であるから、基礎利益に反映させるべきであるとの考え方が成り立つのかもしれない。しかし、この責任準備金のそもそもの性格を考えれば、相場変動により発生する臨時的損益のようなものなので、基礎利益に反映させるべきではないとの考え方も十分に成り立つであろう。この疑問に対する答えは、結局のところ、基礎利益で何を表そうとするのか、その目的によって、導き出されることになるのであろう。

責任準備金については、経済価値ベースによる評価が国際的に活発に議論されているところである。その中で、国際会計基準審議会は、すべての資産、負債を時価評価し、その変動を損益に計上する包括利益の方向を目指しているようであり、責任準備金についても、変動額はすべて損益と見る考え方に立っているようである。一方、日本は、その他有価証券の評価差額を除いた純利益情報の有用性を訴えてきている。このため、責任準備金についても、経済価値ベースの評価に移行したときに、責任準備金の評価差額部分を損益計算にどのように反映させるのかという議論が出てくるのではないかと思われる。このような状況を睨みつつ、基礎利益は何を表すのか、改めて議論してみてもよいのではないか。
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