コラム
2008年07月09日

自殺防止のジュモン

丸尾 美奈子

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平成19年、わが国の自殺者は3万3千人を数えた。平成10年の金融危機で急増して以来、3万人台の状況が続いているが、3万人という数字は、交通事故死亡者(約6千人、平成18年)をはるかに上回る数字である。

他の先進諸国同様、高齢者の自殺割合が高く、60歳以上の「高齢者」は全体の4割を占める。また、原因・動機が明らかなもののうち、最終的に「うつ病」が絡んでいるケースが全体の4分の1にものぼる。

民間NPO「ライフリンク」の「自殺実態白書」によると、自殺の要因は単純ではなく、複数の要因が絡んでいる。職業別にみると、会社員では「配置転換→過労+職場の人間関係悪化→うつ病」、経営者では「事業不振→生活→多重債務→うつ病」を経路に自殺に至るパターンが多いようだ。

既述の白書では、自殺前の状況についても調査を行っている。中でも印象的なデータは、「自殺者の6割が自殺の1ヶ月以内に相談機関(「精神科」や「その他の医療機関」が8割を占める)に行っている」という点である。「精神科」に受診するというプロセスを踏んでいても「自殺」に至るという現実は、心のケアを担う専門家が関与してもなお防げない「何か」が存在していると思わざるを得ない。

OECD諸国における自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)を見ると、アイルランド・イタリアやスペインなど、熱心なカトリック教徒の多い国の順位が低いのに気づく。一方、古来、切腹・殉死等、死を潔いものとして美化する精神風土が存在したわが国は、上から2番目という高い状況にある。

わが国同様に自殺率が比較的高いフィンランドやスウェーデン等では、医療関係者への教育や市民への啓蒙活動を通じた自殺予防策を行い、成果を挙げている。わが国でも、職場のメンタルヘルスやうつ病等の啓蒙プログラムが推進されつつあり、自殺者低減に向けた取り組みは進んでいるものの、低自殺率国との乖離解消までは困難ではないか。

私事で恐縮だが、筆者が多感な時期を過ごしたミッションスクールでは「カトリック倫理」という時間が毎週あり、「与えられた命を全うする」とか「他人を踏み台にして幸せになることはできない」とか道徳や倫理といった類の話を、担当の教諭から「呪文」のように聞かされ続けた。不思議なことに、このフレーズは今でもふとした時に甦る。ある種の呪縛ともいえなくないが、家庭なり、教育の場でのそうした「ジュモン」があれば、単純でないシンドイ社会を生きていくために、多少なりとも生きる勇気を与えることになると思うのは気のせいだろうか。
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