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長いトンネルに入っていた日本経済も、ようやく先に光が見えるところまで来たようだ。しかしながら、この長いトンネルの中にいる間に、日本経済の体質は基本的なところでかなり傷ついたようにも見える。バブルの崩壊という困難に直面して、政府は巨額の財政資金を投入して、経済が著しく衰弱することを防ぐ応急策に終始したが、ようやくその効果が現れたことは喜ばしい。しかしながら、今までとられてきた政策は、衰弱する日本経済に応急の投薬を行ってきたようなものであり、患部の摘出、体質の変革を終えて、太陽の下で元気に活躍できる強い体質に改まっているかどうかについては疑問なしとしない。
投資の低迷に対する危惧
巨額の財政資金によって経済はかろうじて支えられてきた。しかし、そのカンフル剤が財政困難などで続けられなくなった時、ちょうど「病後の肉体が思った以上に衰弱している」ことを経験しなくてすむように、いまのうちに真剣にその強化策を考えねばならない。公共事業を増やし、あるいは補助金を増額して今日の状態まで持ちこたえてきたが、その間有効な体質改善策の具体化が実現したかどうかとなれば、甚だ心細い。先に出た経済戦略会議の提案の具体化を見ぬまま、いままた産業競争力会議の方策が論じられるについては、その間の一貫性を疑わせる。
一番心配なのは、ここ数年設備投資の大幅な減少が続いていることである。また急激に上向く兆候も見えない。設備投資は経済における活力の源であり、長く枯渇すれば、経済に新しい力が沸き出ることは期待できない。確かに財政が投下した資金は巨額であり、またその事業規模も広範にわたっているが、財政資金は外から加えられたカンフル剤であり、それ自体が持続的、発展的に増える投資ではない。また資金の枯渇と共に事業規模も縮小せざるをえない。
確かに、国民の消費意欲も回復の兆しを示しており、水面下で続けられた企業の体質強化策もかなりのものであろう。しかし、その絶対額で見る限り、投資は明らかに低迷しており、日本経済が急に活力を取り戻して活発化することが期待しにくい状況にある。バブル崩壊による経済の混乱を前にして、失業の防止や倒産の予防のために巨額の資金が使われたことについては、それ自体有効な施策であったことは否定しないが、日本経済の強化やバブル崩壊で痛んだ企業の生産性の強化につながる施策には、未だ見るべきものがないように見える。
バブルとその崩壊を循環的なものと捉えて、やがて経済の有機的な力で回復できると判断したことは甘すぎたものであって、バブル崩壊による資産の喪失や資金調達の困難といった急激な病状悪化に対して、応急で強い対策がとられなかったように見える。
経済に跛行性がでてきた欧州諸国
いま欧州諸国の間では、経済状況に明暗が分かれているようである。断固とした意気込みで改革に取り組んだブレア首相の英国経済は非常に順調であり、またフランスについては、コアビタシオン(保革共存)という難しい環境にあるにもかかわらず首相ジョスパンは断固として自党の経済政策を推進した。この両国は政策も投資も奏効し、為政者の確固とした方針によって経済環境を制し、国力は充実したと言われている。それに対しドイツでは、欧州一を誇っていた経済が、政権抗争の蹉跌や社民党の片寄った国民の支援を得ない政策のために混乱し、いまなお欧州で最も落ち込んだ経済状態に悩んでいる。
このように、政策の当否はもちろん重要であるが、それ以上に、政策を実現して行く国を挙げての姿勢の違いが、そのまま欧州主要3国の経済情勢に反映している。日本にドイツのような対立があり、あるいは政策の不整合があったとは思わないが、いまなお不況風に悩まされているのは、政策の実施、実現があまりにもスローテンポであり、緊急な経済困難に対して断固としたものではなかったからではなかろうか。
ここで強調したいことは、「鉄は熱いうちに打て」と言われる如く、経済困難が発生した時には、それに対する施策を果断に実行することが、その後の成否に大きく影響するということである。長い年月を経たが、日本経済もようやく再発展の緒につこうとしている。やや遅きに失したかもしれないが、断固とした決意で不可欠と思われる政策を遂行すべき時が迫っている。措置を一日遅延することが如何に被害を大きくするかということを深刻に考えねばならないと思う。
(1999年07月25日「基礎研マンスリー」)
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