1999年06月25日

生命保険会社のコーポレート・ガバナンス

橘木 俊詔

深尾 光洋 慶応義塾大学商学部教授

ニッセイ基礎研究所(ガバナンスWG)

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 金融監督庁による「保険版早期是正措置」がスタートした。し」かし、生保会社を取り巻く環境は厳しい。(1)超低金利継続による逆ざや(利差損)拡大、(2)保有契約純減による死差益・費差益減少(3)株式・不動産価格下落、決算対策(益出し)によるバッファー(含み益)減少を背景に、生保会社の破綻と破綻会社救済に伴う健全会社のドミノ的経営悪化が懸念されている。
「できるだけ安い保険料で、確実に保険金が支払われる」という保険契約者の最低限のニーズを満たすことに疑問が生じ、「相互会社形態が多い生保会社のガバナンスは不十分」との批判が高まっている。そこで、一般の株式会社と同様、生保会社のガバナンスが、従来にも増して重要な問題として認識されるに至っている。
そもそも、ガバナンスを確実に推進していく上で、生保会社自身による(1)「経営管理のためのインフラ整備」(区分計理、会計基準、リスク管理など)と、(2)保険契約者への「ディスクロージャーの充実」が、前提として不可欠である。株主の存在しない生保相互会社のガバナンスを実効あるものにするためには、契約者代表訴訟が単独で可能になったとはいえ、保険契約者(社員)だけでは無理であり、「経営監視機構の充実」と、「行政監督の枠組み整備」が喫緊の課題と考えられる。
まず、「経営監視機構の充実」については、(1)一般の株式会社と同様、取締役会の改革(社外取締役の選任)、(2)監査役(監査法人)と、保険会社に特有の保険計理人の役割強化、(3)「総代会の一層の充実」などが求められる。
一方、健全性(ソルベンシー)確保を目的として、96年の業法改正で、剰余に対する内部留保の割合が引き上げられた(10%以下から20%以下へ)。実態的にも、剰余の殆どを配当していた状況から、20%近い内部留保を行うように転換してきている。従来、契約者の「配当平準化」期待や、会社全体への恒久的貢献を行う意味で、剰余の一部留保が認められてきたが、「新旧契約者の利益相反」をいかに調整するかは、今後とも基本的な課題である。配当の公正・衡平性を実現するプロセスのなかで、常に検証し、改善していく必要があろう。
次に、「行政の役割」については、従来のいわゆる裁量的行政に代わって、透明なルールづくりが求められている。(行政改革といっても、必要な人員と予算は投入すべきである。)そこで、(1)ソルベンシー・マージン基準に基づく早期是正措置(監督命令)と、(3)破綻に至った場合の受け皿(4000億円を限度とする、保険契約者保護機構)が準備されたのである。
ところで、超低金利が継続する中で、過去に、現状より高い水準の保証利率を約束した生保会社にとっては、逆ざやがもっとも深刻な問題である。金融恐慌後に制定された旧保険業法(1939年)では、主務大臣が必要性を認めれば、将来に向かって予定利率の引き下げを命令できる規定(10条3項)があったが、業法改正で削除された。
97年4月に日産生命が破綻した時(あおば生命に包括移転)には、早期解約控除方式を導入し、既契約の予定利率も引き下げられた。しかし、現行の早期是正措置では、破綻しないと既契約の予定利率の引き下げができない。破綻に伴う保険契約者の不利益や生保システムの信頼性に対する悪影響を考えると、法改正の必要があるが、厳格な条件を満たすことを前提にして、不健全な(例えば、ソルベンシー・マージンが100%未満)会社が破綻に至る前に、当局が「予定利率引き下げ命令」を出すことは検討に値しよう。ただし、健全な会社は、予定利率を引き下げずに(他の利益の源泉で埋めて)、自助努力すべきであろう。
最後に、相互会社が株式会社化になっても、現在の苦境から一気に脱出できないが、(提携、救済が今後も進む中で)自己資本の充実と業務展開の多様化が可能になる株式会社化は、ひとつの選択肢である。株主と(公開されると)株価によるチェックが加わることにより、相互会社形態よりも優れたガバナンスが期待される。ただし、「新旧契約者の利益相反(旧契約者の寄与分と合理的な配当期待の保護)」とともに、「株主と契約者の利益相反」の問題を解決する必要があろう。

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