1998年03月25日

「大学院大学制へ」

細見 卓

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日本の大学制度が学部中心であり、 学問研究の制度が著しく未整備であることはいわれて久しい。 このために、 例えば日本で優秀な青年が国際機関に就職した場合、 修士ないし博士の学位がないために昇進のハンディとなり、 あるいは重要な任務への昇任が拒否されるといった不幸な事例も数あり、 関係者の悲憤を招いている。
また、 かつて10万人計画が謳われていたにもかかわらず、 海外からの留学生受け入れが遅々として進まないのも、 留学生の望む学位取得が著しく困難なことも有力な原因といわれる。


現代の学校教育の問題点
学校教育の荒廃のために日本の学生の学力低下は目を覆うばかりであると嘆く人も多い。 それは、 学問より資格を取得すればよしとする日本の風潮によるところも大きい。 特に最近の高校の授業は選択制が行き過ぎ、 学問の基礎ともいえる面倒な知識の習得を免れ、 楽に大学入学を図る傾向ともなっている。
日本の学齢適年代の人の過半が、 大学という名に相応しい学的能力を持つことはそもそも無理なことで、 大学のレベルをおとすことで対応しているとの皮肉な見方もできる。
しかし、 これからの複雑化社会・ハイテク社会において、 基礎的理解力・創造力を欠く人間が社会的適者たりうる訳はない。 アメリカでは 「システムアナリシス」 といわれる高度な知的能力をもった人間は、 益々高給になり益々少数になっていく。 逆にこの能力に到達できない人達は低賃金に甘んじている。 このことは、 アメリカ資本主義の酷薄な現実として日本の論者が盛んに引用するところである。
日本は自然資源が少なく、 人間の知的能力・創造力に依存して経済を運営して行かねばならない宿命にある。 従って創造的能力を持つエリート (本来的意味のエリート) をいかに多く造出するかが、 まさに教育に期待されるところである。仮に大学院中心の教育にすれば、 世にいう受験地獄とは無関係にかなり大胆な選抜も可能だ。 発想力・表現力等人間能力万般を見ての選抜が可能となり、 能力をもつ人材を拾い上げることも可能となる。 日本の行き詰りを切り開く人材を発掘するにはそうしたことこそ必要ではなかろうか。
このことに対しては、 エリート主義につながりかねないとの批判をあびること必定であるが、 他方社会主義的平等主義に偏った従来の教育のために、 日本の有能な青年が見出されることなく、 むなしく才能を腐らせていることの損失を論じないのは戦後日本人の偏ったものの見方といわざるを得ない。


大学院制度の充実による専門教育の強化
大学院制度については、 既に理科系の分野では徐々に浸透しつつあるが、 文科系においては、 大学院制度の未整備が著しい。 法学部の卒業生が必ずしも法律の専門家ではなく、 まして司法界においてはその研修が偏っているために社会常識に欠ける法曹人が多いともいわれている。 経済についても、 今は随分変わったとはいえ、 サミュエルソンの教科書の翻訳本を無比の教材として利用してきた状況では、 日本経済の実態把握というにはほど遠い。 このように法律・経済・経営・社会学といった分野において、 諸外国の学生に比べ見劣りするのは、 専門教育の機関が大学院でなく、 基礎的学力のないままに専門事項を教え込むことによるのではなかろうか。
かつて高度成長の時代には、 手足として働く要員の充足が主目的であった時の教育として、 学部での大量教育・一般教育・普遍教育で足りていたかもしれない。 しかし今は世界的メガコンペティションの時代であり、 創意工夫や新しい情報の活用ということが不可欠である。 時代のリーダーとなりうる人間が今までのような一般的・抽象的・非現実的な教育でこと足りる訳にはいかない。 このような状況を救う道として大学院大学制度の確立による思い切った大学制度の改革が望まれる。
このような提案に対しては教授の人材不足がいわれるであろうが、 今や高学歴の中高年の中途退職者が社会にあふれ、 そうした人達の中には技術や経験が生きている人も多い。 こうした人を思い切って登用し、 知識・技術の新陳代謝や交流を進めることが肝要である。 新しい制度をいえば、 決まって金・人・施設が無いというが、 実は無いのは知恵と実行する勇気である。 学問や研究、 技術を発展させるべく大学院や研究所を大胆に強化刷新し、 これからの国際社会に伍していけるものを創ることが、 火急の要事と思える。

(1998年03月25日「基礎研マンスリー」)

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