1995年12月01日

少子社会の中の企業組織-企業の育児支援策の有効性を問う

武石 恵美子

長谷川 仁

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<要旨>

  1. 少子社会への危機感が高まる中、育児を社会的に支援していくことが重要との認識が広がってきており、政府が1994年12月に策定したエンゼルプランにおいても、「子育て支援社会」の形成に向けた各種施策の展開が示されている。特に、働く女性の増加が少子化と同時進行していることもあって、仕事と育児の両立支援が「子育て支援施策」の一つの柱となっている。保育施設の整備をはじめとした行政への役割期待と同様に、企業の育児支援策の充実への期待は大きなものがある。経営者サイドも、従業員の育児支援の充実の必要性を認識しつつある。
  2. 企業の社会的役割の大きさを考えれば、育児支援に企業組織の果たす役割が大きいことは異論を差し挟む余地はない。しかし、企業の育児支援策の導入は、相応の支援コストを伴うものであり、公共政策として行政が行う育児支援と、私企業が企業の負担で導入する育児支援とを、同次元で議論することは難しいのではないだろうか。企業の現状認識を踏まえ、有効な支援策展開のあり方を検討すべきであると思われる。
  3. ニッセイ基礎研究所が実施した調査結果によれば、育児休業制度の法制化に伴い休業保障の基盤整備はできたが、その他の企業の裁量に委ねられているような施策については、個々の企業により対応がまちまちで、全体として導入が進んできているとは言い難い。育児は男女双方の問題という原則論があるが、現実に育児負担を負っているのは女性であるケースがほとんどであり、育児支援策は女性活用の一環ととらえられていることが、育児支援策の充実の足かせとなっている面がある。
  4. 企業経営が少子化傾向によってマイナスの影響を受けるとすれば、それを回避するために企業が育児支援策に前向きに取り組む必然性は高いと考えられる。ただし、調査結果をみると、少子化傾向を将来の労働力確保の観点から懸念する企業は多いが、そもそも少子化傾向の背景には様々な社会的環境の変化があり、仕事と育児の両立問題はそのごく一部にすぎないとの見方がなされている。むしろ、育児支援策を個々の企業が展開していく限界を指摘する声が多く、行政への期待が大きい。
  5. 調査結果を踏まえれば、育児支援を企業が行う根拠としては、次の3つが考えられる。
    (1)企業の社会的責務として、一定の育児支援策を企業が導入することは当然とのコンセンサスが形成され、法律等によって企業の行うべき施策の最低ラインが規制されている場合。育児休業制度の法制化はこれにあたる。
    (2)優秀な人材確保など、企業が一種の労務・人事施策として育児支援策を導入する場合。
    (3)企業が施策の導入に当たって必要なコストの全部又は一部を、助成措置等によって企業外に転嫁できる場合。
  6. しかし、(1)のように、企業の社会的責任の重さを強調して、企業が行うべき施策の最低ラインを引き上げていけば、結果として企業からみると育児支援策の恩恵にあずかる労働者の雇用コストが高まることとなり、現実に育児責任をより重く担っている女性の採用抑制につながる可能性がある。また、(2)のような、一種の労務・人事施策としての支援策の導入であれば、そのコスト負担を企業が負うことは当然であろうが、裁量的な施策は、企業規模や就業形態による格差が生じることが多く、社会保障の補完と位置づけるのは難しい。育児支援を社会的な責任と位置づけながら企業の自主性に委ねる場合の問題が指摘できよう。(3)は、支援策導入による企業にとってのメリットと企業が育児支援策を導入することで社会全体が受ける便益とのバランスを図りつつ、その効果的な助成のあり方について十分な検討が求められる。
  7. 育児の負担を社会的に支援していくべきという方向性に関しては、社会的コンセンサスが形成されつつあるが、その具体的中味についての各界での議論をみると、総花的で、各種施策の整合性がとれているとは言い難い面もある。企業組織を含めた社会の構成員が、「子育て支援社会」の形成にどのような役割を果たしていくのかということについては、理想を求めるだけでなく、現状分析に基づいた有効な支援のあり方についても、議論が深められるべきであろう。
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