1995年01月01日

大競争時代へ用意は十分か

細見 卓

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欧米の地域経済の拡大、具体的にはNAFTAの締結やEUの領域拡大によって、先進国において、労働者の賃金引き上げが困難になるだろうということは、既にこの欄で述べた。賃金水準が大幅に低い、新しい労働力が豊富に参入してくることによって、先進国では労働賃金の相対的高さが顕著になり、競争力喪失の危機に晒されている産業もある。これらの産業では賃上げが困難になるばかりでなく、場合によっては、大幅な労働者の削減により生産性の向上や、競争力の向上を目指さざるをえなくなるといった縮小均衡が不可避となってきているようである。欧州全体では景気が回復しているにもかかわらず、イギリス、ドイツ、フランスのように失業率が改善していない国がみられる。また米国でも新しく雇用の創造されている業穫は、賃金水準の低いサービス産業に限られている。つまり、先進国では、一部革新的な技術導入に成功した先端産業分野の活況を別lこすれば、既存産業の競争力強化と雇用の増大とを同時に達成することが困難になってきており、産業の空洞化、あるいは衰退という現象を招いている。これは賃金水準の相対的騰貴が、国内において、既存産業中心の経済の再活性化を一概に期待できない状況を作り出していることを示している。日本についても例外ではなく、関税障壁や輸入割当、その他の各種規制により、産業を外部経済から隔離したとしても、現在のように国際的にみて高水準の賃金の下では、独自の振興を図ることはもはや難しいであろう。

従って、外国産業との公正な競争から、日本産業のみを保護しようとすることはもはや意味がない。日本の経済が、原材料の輸入と製品の輸出に大きく依存しなければ発展できない構造になっている以上、輸出、輸入の両面で競争条件の公平性(レベル・プレーイング・フィールド)を実現していくことが、日本経済が世界の中で生きていく必須条件になっていると考えるべきであろう。既に、円高が日本の実情を上回る水準にまで達していることをみても、海外諸国の日本市場開放の要求は非常に高まっている。ましてや、今後、WTO(世界貿易機関)の主要メンバーとしての役割を果していかなければならないのなら、日本市場の閉鎖性と見なされるような諸々の障壁については、積極的に取り除き、世界に信を問うていくべきであろう。内外価格差を極力小さくして、輸出、輸入両面でメリットを最大限に活用することは、今後の日本経済の健全な発展にとっても不可避である。幸い従来の円高局面と異なり、生産者ばかりがメリットを享受し、一般の消費者に均霑しないといわれた状況から大幅に改善し、安い商品が直接消費者の手に入るようになってきている。これは、経済の相互依存の進展に伴う当然の帰結であり、一般国民にとっては、大きなメリットである。しかし、問題はこうした輸入品と競合する産業にとっては、その存否をも問われる事態になることであり、大企業であっても抜本的な改革が必至となってきていることである。

今回の不況から本格的に回復するためには、従来とは異なり、単なる購買力の循環的回復をもってしては不充分で、より根本的な構造改革、あるいは企業のシステム変革が必須である。

日本経済における言わば意図せざる高賃金体制の定着は、単に先進工業国との関係だけでなく、アジアの新興国、中南米、及び東欧のような漸く工業化の緒についた国々からも脅威をまともに受ける原因にもなる。これらの国には膨大な未稼働の労働力があり、その賃金は比較すべくもなく低い。また、教育水準や勤勉度においては、先進国に劣るものではない。しかも、現代産業は高度の機械化や先端技術の応用によって自動化が進み、熟練、未熟練の差を著しく狭くしており、大規模工場の運営にすら、これら低賃金労働者をもって行うことが可能になってしまった。

かって、英国における蒸気機関車の開発から、米国における電機産業の勃興に至るまでには、相当の年月を要し、その間英国は先発工業国としてのメリットを十二分に享受できたけれども、現代では、高度技術の進歩が工業の労働の単純化をもたらし、先進国の労働者だけが先端技術の恩恵に与かる時代は終わろうとしている。まさに大競争時代が始まっている。しかし、日本の現状を見れば、規制緩和による産業社会の新陳代謝に対しては、経済界の一部識者の焦りにもかかわらず、それを導入すべき政治は今なお古い夢を貪っているようである。

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