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あの湾岸戦争の時には90%を超える驚異的な支持率を誇ったブッシュ大統領が、この11月の選挙においては無残な敗北を喫した。新大統領のクリントンは有能な知事という評価はあるにしても、知事を務めたアーカンソー州は人口250万人弱の南部の辺地の小さな州にすぎず、一国の大統領としての指導性については全くの未知数の新人である。アメリカ国民はクリントンの能力なり指導力を評価して投票したというよりも、社会の「変化」を求めて票を投じた訳であり、いわば現状維持に対して変化を求める動きが勝ったといえる。つまり、米国は未知の時代への突入を前にして、古い型の有能な指導者よりも未知であっても新しい指導者を好しとする選択を行ったのである。
かつて、第二次大戦の勝利を導いたイギリスの宰相チャーチルは、ヤルタにおいて戦後の世界秩序について堂々たる抱負を述べたが、その後に行われたイギリスの総選挙においては無残にも敗者となった。その時チャーチルは、「イギリスは今までの恩人をも捨て去れるほどの大国となった」と自嘲したといわれるが、ブッシュの心境もこれに似たところであろう。ブッシュはその在任中に湾岸戦争をはじめ数々の国際危機に際してアメリカの指導性を存分に発揮し、歴史にも残る偉大な大統領であった。しかしながら、そのブッシュもアメリカの民主社会の基盤が大きく動いてしまっていたことに気付かなかった訳であり、そのことがブッシュにとっての悲劇であった。
30年に及ぶ冷戦体制は、直接の戦火による被害は目立たなかったけれどもそれ以上に各国の国力を消耗させ、特にアメリカの軍事力の強化はソ連をして追随不能とさせただけではなくその経済をも麻痺状態に陥れた。第二次大戦が都市や産業といったものに直接軍事的災害を与えたものであったのに対し、第三次大戦ともいうべき冷戦は国民経済や社会の構成そのものを内面的に崩壊するような大きな惨禍をもたらした。ソ連や東欧、なかでもユーゴスラビア等の政治経済の混乱はその統治可能性をも疑わせるほど惨憺たるものであり、また東西対立の間放置されていた第三世界の貧困は益々酷くなり救済不能ともいうべき状態に陥っている。こうした惨状は冷戦に勝ったアメリカにおいても例外ではなく、あのアメリカンドリームという言葉も過去のものとしてしまうほどアメリカ社会は疲弊してしまった。かつて民族のるつぼといわれ、世界中からの移民をアメリカ化し繁栄を約束した往年の力はもはや無く、社会は治安の乱れ、麻薬やAIDSの横行、社会資本の荒廃といった惨憺たる状況に陥っている。一方ヨーロッパを見ても、マーストリヒト条約を批准しEC統合の実をあげようと高い熱にうかされていた至福の状態は崩れ去り、今やユーゴスラビアの民族問題すらECの力では解決できず、人文主義の西洋文明の権威そのものが問われている。また湾岸戦争は自由世界の勝利に終わったとはいえ、その後の中東和平の展望については予測すら困難であり、はたまた西側からの支持を失ったアフリカ等発展途上国の経済状態も東アジアの例外を除けばとても明るい未来を予想させるようなものではない。
このように世界をめぐる諸情勢は、容易には平和と繁栄の新秩序たるものを作り上げられるような状態ではなく、主体的推進者のないままこれを放置すれば更に事態は悪化しそうである。アメリカはこうした事態を目前にして未知とはいえ、とにかく新しい強い指導者を選び、自国経済の活性化を通して世界の諸問題にも取り組もうとするアメリカなりの選択をしたのである。
これに比ベヨーロッパや日本では、新時代に対応するための新しい取組の必要性が国民の間に充分に感知されるところまで至っていないのは、誠に残念なことである。世界秩序回復の困難さはかつてない深刻なものであり、その困難を乗り切るには経済力のある国々が一致協力していかねばならない。その為には目標を同じくして協力する政治的な意志が必要であり、わが国ではこれがいつ可能になるのか、政治的混乱からの脱却が今こそ強く求められている。
(1993年01月01日「調査月報」)
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