コラム
2008年11月26日

経済政策における「選択と集中」

新田 敬祐

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顧客ニーズの変化や価格競争の激化などにより、深刻な売上高の減少に直面した企業は、存続のためにどのような対策をとるだろうか。経営環境が望ましくない方向に激変した場合には、迅速かつ適切な対応が必要となる。手をこまねいていれば、早晩、破滅が訪れるだけだからである。

第一の対策として、徹底した無駄の排除がある。コストを削減し、提供する商品やサービスの価格引き下げに成功すれば、売上高回復の可能性が高まる。さらに、この過程で行われる事業プロセスの徹底した見直しにより、生産活動の効率化に資する新たな知識の獲得も期待できる。すなわち、プロセス・イノベーションの実現確率が高まるのである。

しかし一方で、この改革は、生産活動に必要なヒト・モノ・カネの投入量を減少させる。これは雇用や取引先とのネットワークの削減を意味するので、かなりの軋轢を乗り越えなければ、改革は成就しないだろう。しかしそれでも、事業活動の範囲を変更しないのであれば、関係者の納得感は醸成しやすいものと思われる。

第二に、負の環境ショックが、第一の対策だけでは不十分なほどに深刻であれば、「選択と集中」が必要な対策となる。限られた経営資源をより有効に活用できるよう、事業活動を再生のために有望な少数の分野に絞り込み、有望でない事業分野を切り捨てるという意思決定がなされる。

この改革には、切り捨てられる人々が結束し、激しく抵抗するだろう。これを乗り越えるには、経営者が、何故そのような「選択と集中」が必要なのか、また、それがどのように再生をもたらすのかについて、ビジョンを示すことが不可欠になる。明確なビジョンなしに、この改革を実行しても成功しないだろう。

日本経済は、現在、上述の企業と同様な、深刻な危機に直面していると考えられる。足下の世界金融危機の影響に加えて、中長期的にも、未曾有の少子高齢化社会への突入、円高と新興国の台頭にともなう輸出型ビジネスモデルの破綻、世界的な需要拡大による天然資源や食料品の高騰など、経済パラダイムが望ましくない方向にシフトする蓋然性が高い。

では、上述した2つの危機対策は、経済政策レベルにおいても有効だろうか。第一のコスト削減による効率化については、そもそも政策的手段に乏しく、例え実現できたとしても、状況をより悪くする可能性が高い。このタイプの効率化は、大量の失業と格差の拡大を生み出すからである。

他方、第二の対策は有望である。現状の資源配分に歪みがあれば、それを修正するだけでも状況がかなり良くなる可能性がある。例えば、日本の食料自給率は40%(カロリーベース)と、先進国の中でも際立って低い。経済政策をここに集中して、食料自給率の引き上げに成功すれば、内需拡大と経済成長が達成できると思われる。(筆者は、この施策が有望であると主張するつもりはなく、あくまでも例示に過ぎない。)

しかし、これを政治的に実現するのは困難だろう。経済対策が農業分野に集中すれば、それに伴って、予算や支援が削減される他分野に携わる人々が強く反発するだろう。また、当の農業分野に携わる人々でさえも、競争激化を予想して、この施策に反対する可能性がある。さらに、行政機関内部でも、農林水産省が予算を一人占めすることを許容できず、大きな摩擦が生じるだろう。

政治の基本方針は、有権者の多数決によって決定されるものである。改革の方向性が正しくても、反対者が多ければ、政治的には選択できなくなる。確かに、決定事項をトップダウンで遂行できる企業経営に比べて、政治がこうした施策を採ることは格段に難しいと言える。

しかし、それは本質的な困難だろうか。政治家も、覚悟を決めた企業経営者と同様に、将来の繁栄に向け、説得力のあるビジョンを示すことができれば、有権者の共感を得られるのではないだろうか。「選択と集中」は、日本経済の危機脱出のため、検討に値する重要な選択肢のひとつではないかと思われる。
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