コラム
2010年01月05日

Aクラスビルの賃料下落に想う

松村 徹

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2009年、景気の急減速を背景に、オフィスビルの新規契約賃料は、われわれの予想を上回る勢いで下落した。特に、東京都心3区では、第1四半期から第3四半期まで期を追うごとに、前年比で下落率が拡大するという、かつてない荒っぽい動きとなった。さらに、実際のテナント誘致に当たっては、数ヶ月以上のフリーレント(賃料を徴収しない)期間の付与、保証金や駐車場料金の減額、引越し費用や原状回復工事費の負担など、契約上の賃料に現れない値引きが、東京に留まらず地方都市でも横行している。もちろん、テナント誘致に絡む賃料引下げ競争だけでなく、既存テナントからの賃料減額要求や賃借床の一部返却など、企業のオフィスコスト削減に伴う動きも水面下で活発だ。

特に、最高水準の賃料が期待できる新築のAクラスビルが、テナント募集に苦しんで大幅な賃料引き下げを行う事例が各地でみられ、東京駅前では実質的に3万円台前半、大阪駅前や名古屋駅前では2万円台前半の賃料が提示されているようだ。今回の賃料下落局面では、オフィスコスト削減で収益悪化に迅速に対応しようとするテナント企業と、空室拡大・稼働率低迷が長期化するとの危機感から既存テナントの引止めにやっきとなっているビルオーナーの動きが特徴的だ。

そもそもAクラスビルとは、交通利便性が高く経済中枢機能が集積した一等地に、実績と信用力のある事業主が建設した、標準を大きく上回る設備機能やアメニティ、管理能力を備えたハイグレードなオフィスビルを指す。たとえば、東京駅周辺のAクラスビルであれば、長期目線で5万円前後の賃料が期待できるだろう。これをAクラスビル賃料の「定価」とすれば、好景気とファンドブームに沸いた3年前であれば、6万円台や7万円台も期待できたが、現在は3万円台にまでアンダーシュートしているといえ、ニーズのある企業にとってはまさに借り得状態といえる。

ただし、日本の市場慣行は欧米と異なり、賃貸借期間は2年間と短期で、更新時に賃料改定を伴うのが一般的であり、また、中途解約禁止の5年程度の定期借家契約を前提に値引きするビルオーナーも少なくなく、契約期間中に賃料増加特約が付加されている場合もあるため、いつまでも最低水準の賃料を享受することはできない。何よりも、Aクラスビルの持つ希少性から潜在需要は強く、さらなる値下げを待つ間に在庫がなくなる可能性が高いことも、企業は留意すべきであろう。

一方、最新のオフィスビルに求められる機能はますます高度化しており、ビル開発事業に必要な投資額は増加傾向にある。たとえば、災害時でも業務継続(BCP)を可能にする耐震性、高度な情報通信インフラやセキュリティシステム、多様なテナントニーズやレイアウトに対応できるフロア空間の広さや可変性、テナントに提供されるきめ細かなサービス、景観や公開空地など公共性の確保に加えて、省エネ・省資源型の建築・設備の導入や緑化面積の拡大など、地球環境への配慮も重視されるようになっている。

景気が本格的に回復して経営環境の改善がみられない限り、企業のオフィスコスト削減の動きは今後も続くと予想されるが、最高賃料のベンチマークとなっているAクラスビルの賃料引下げが続けば、市場全体の賃料を下方誘導し、賃料のデフレスパイラルを招く可能性が危惧される。賃料が事業採算の全くとれない水準まで下がってしまえば、優良な大型ビル開発は進まず、震災リスクや環境規制リスクを抱えるオフィスストックの機能更新が停滞することになる。また、賃料のダウンサイドリスクが見極められなければ、不動産投資市場へのニューマネー流入が阻害されることにもなる。貸し手と借手の双方にとって、長期的にみて本来適正な賃料水準はいくらなのか、良いビル(高い賃料の取れるビル)と悪いビル(低い賃料しか取れないビル)の差は何なのか、Aクラスビルが価格破壊に晒されている今こそ、冷静に議論しておく必要があるように思われる。
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松村 徹

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