2001年06月25日

都市再生事業における土壌汚染問題 -ブラウンフィールドを再生するアメリカの経験から-

  川村 雅彦
社会研究部 土地・住宅政策室長   篠原 二三夫

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1.
最近の相次ぐ土壌汚染の表面化は、産業構造の転換には欠かせない土地の流動化や有効利用への影響が強く、都市再生の阻害要因となる可能性がある。それゆえ、浄化費用負担を含めた汚染土壌の浄化ならびに利用促進のための早急なルール作りが必要である。
2.
市街地の土壌汚染の表面化が急増したのは、バブルの崩壊と“外圧”を契機とする。バブル崩壊後、地価が下落して企業の保有する土地が不良債権化し、金融機関の担保土地が不良債権化したことで、土地の放出圧力が高まった。そこへ外資系企業が登場してきたのであるが、土地購入やM&Aの際には、浄化費用負担などのリスク回避のため、必ず事前に土壌汚染調査(環境デューデリジェンス)を行う。わが国の先進企業も、自らのリスク回避に向けて動き始めた。
3.
産業構造の変化や都市化の拡大を背景に、工場跡地などの低未利用の有効活用は、経済の活性化や中心市街地の活性化、また都市の再生事業としても重要な問題である。これが本稿のテーマでもあるが、汚染ないしその可能性の高い土地の放置は許されない。市街地の土壌汚染が、土地の売買、不動産鑑定、用途変更あるいは不動産証券化などを通じた土地の流動化、有効利用の促進を阻害する由々しき状況になりつつある。しかし、現在のところ、土壌汚染を直接的に規制する法律はない。
4.
都市再生における具体的な課題は、(1)土壌汚染調査の促進と情報公開の必要性、(2)浄化発動基準と浄化目標の設定、(3)汚染浄化責任と費用負担、(4)浄化土地の流動化と有効利用の促進である。これらの課題に対するヒントをアメリカのスーパーファンド法の経験に探る。
5.
アメリカ環境保護庁(EPA)によるブラウンフィールドの定義は、「環境汚染が顕在化しているか、その危険が認められることによって、事業の拡張や再開発が困難となり、放棄されたり、遊休化したり、低利用な状況に置かれた工業用地および商業用地」である。この定義では、汚染が顕在化していなくても、その恐れがある場合にもブラウンフィールドとする。ここにアメリカにおけるブラウンフィールド問題の原点がある。
6.
スーパーファンド法を軸とするアメリカの土壌環境保護の歴史はまだ20年強である。スーパーファンド法は1980年の包括的環境対処補償責任法(CERCLA)と86年のスーパーファンド改正及び再授権法(SARA)を併せた通称である。同法の下では、土壌汚染などが生じた場合、当該用地の所有者、購入者、担保を設けた金融機関など、すべての関係者が過去及び未来の汚染に対する補償責任を追求され、負担を余儀なくされる恐れがある。
7.
同法によって重大かつ緊急的な措置を要する汚染地が、「全国優先地域順位表(NPL)」に登録され、優先順位にしたがって対処が行われてきた。その進捗度は期待よりも遅かったが、2000年9月の段階では、汚染浄化中417件、完了757件、総登録数1,502件という成果をあげた。しかし、全米のブラウンフィールドの推定件数は50万件もあり、NPL登録件数は重大汚染が対象とは言え全体のわずか0.3%に過ぎない。
8.
ブラウンフィールド再生事業としての大規模商業店舗や宅地開発事業の採算性は、ディベロッパーの開発意欲を高める水準にない。ただし、前者の場合、公的支援を考慮するならば、民間投資家やディベロッパーが参入する可能性は非常に高くなり、事実、このような経済面の「アメ」は既に連邦、州、地方自治体の各段階で用意されている。つまり50万件に及ぶブラウンフィールドがなお存在する理由は、経済面の「アメ」の欠如ではない。むしろ、ブラウンフィールド再生事業が進まなかったのは、スーパーファンド法が強いる「ムチ」とも言うべき厳格な補償責任の追求・遡及にあると判断される。
9.
スーパーファンド法などの「ムチ」と共に、経済面、法律面での「アメ」の支援策を講じ、ブラウンフィールド再生を促進する動きが連邦、州、地方自治体の中から出てきた。州による「自発的な汚染浄化プログラム」(VCPs)がその中心である。自発的に汚染への対処を申し出た地権者やディベロッパーは、その見返りとして経済面では汚染調査補助金や事業採算を補てんする支援措置を得る。さらに適切に汚染を除去・浄化した場合、法律面では州の環境保護局やEPAから将来の補償債務負担リスクを緩和する確認書(NFAやCNTS、Comfort Letter)を得ることができる。この法律面での「アメ」が重要である。
10.
EPAも地域コミュニティーなどが問題に適確に対処し、州や地方自治体と連携していく基盤をつくるためにパイロット事業を通じた支援策を講じている。また個別事業への直接支援措置としては、汚染費用の一括所得控除制度のほかにも、住宅・都市開発省(HUD)によるコミュニティー開発包括補助金、セクション108融資保証などをはじめ、地方自治体ではタックス・インクルメント・ファイナンシング(TIF)など、従来の都市再生事業のツールがブラウンフィールド再生に向けて活用されている。
11.
地方自治体による取り組み事例としてシカゴ市のガソリン・スタンド及び工場跡地の再生事業、州主導事例としてコネチカット州のショッピング・センター、EPA事例としてマサチューセッツ州におけるスーパーファンド再生イニシアティブによるインダストリ・プレックス事業を紹介する。いずれも将来の補償債務負担リスクを緩和する法律面の「アメ」が事業の推進に大きく寄与している。
12.
土壌汚染の責任やリスクだけを喧伝しても効果は少ない。都市再生を円滑に進めるためには、汚染は汚染と認めた上で、それをいかに浄化して有効利用に向けるかが重要なポイントである。アメリカのブラウンフィールド再生事業からの教訓は、(1)環境政策と都市政策の融合、(2)公公民のパートナーシップ、(3)「アメ」と「ムチ」の併用である。それを踏まえた上で、日本版ブラウンフィールド再生事業の組成が必要である。

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