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コラム
2011年05月06日
東日本大震災がもたらした深刻な電力不足を契機に、われわれは、電力に過度に依存することで成り立っていた、現在の企業活動や生活におけるさまざまな“当たり前のこと”を見直す格好の機会を得たように思う。そのひとつに、街やオフィス、家庭における明るすぎる照明を見直そうという動きがある。震災以降、節電のためオフィスや店舗などの照明が大幅に間引きされているが、これに対して特段の不便やストレスを感じず、むしろこれまでが明るすぎたのでは、と考える人が少なくないためだ 1。思えば、「明るいナショナル」「光る、光る東芝」という家電メーカーのコマーシャルソングが流れていた高度成長期、明るさは豊かさや幸せの象徴でもあった。その後、「光害(ひかりがい)」という言葉が登場したものの、生活の24時間化が進む中、街もオフィスも家庭も、照明は明るければ明るいほど良いとされ、都会の夜空には星が見えなくても当たり前となった。
照明の見直しといっても、ろうそくや裸電球の貧しい時代に逆戻りするものでも、企業や家庭に窮屈で不愉快な節電を強いるものでもなく、どうせ見直すなら“3・11後”の新しい常識(ニュー・ノーマル)を作ろうという思いが感じられる。店舗照明デザインの専門家は、「照らす場所にメリハリをつければ、より少ない照明で同じ明るさを演出できる」と言う。これまでは電力が安定供給されていたこともあり、照明は明るければ良いと安易に考えられてきたが、これからは、省エネ性と実用性とデザイン性を調和させるため、照明の選択や設置、運用にしっかりと智恵を絞り、お金もかけていこう、ということだ。やせ我慢や一時のファッションではなく、現在より省電力で、かつ快適な生活を実現するための、「賢い減光(スマート・ライトダウン)」が求められているといえるだろう。
たとえば、オフィスビルでは、室内照明のタスク・アンビエント化(作業域とそれ以外の領域を分けて照明する)が注目される。デスクワークは手元照明(タスクライト)で行う一方、室内全体を照らす天井照明の照度を半減させることで、照明用の電気使用量をトータルで減らそうという考え方だ。パソコン利用が標準的な現在のオフィスワークでは、室内の過剰な明るさはディスプレイへの映り込みもあってむしろ邪魔なものといえ、集中度を高めるためにも、落ち着いた全体照明と必要に応じて使える手元照明があれば十分だからだ。すでに、震災前から、地球温暖化対策として家具メーカーや不動産会社などが先行的に提案してきたが、PCや高機能携帯電話を使いこなすデジタル世代のワーカーにとっての違和感の小ささと導入の容易さから、今後急速に普及する可能性が高い。また、最新のオフィスビルは、室内天井の高さ(フリーアクセス床から2,800mm以上など)と室内の明るさ(机上照度750LX以上など)を顧客にアピールしているが、天井照明主体では、天井高とともに光源の明るさ自体も上げていかねばならず、その意味でも照明のタスク・アンビエント化は自然な流れであろう。緊急時のライフラインとして評価を高めたコンビニエンスストアでも、節電策として店内照明や店頭の誘導看板のLED(発光ダイオード)化が進められているが、「光害」や景観にも配慮したスマートな店舗照明の先進事例となることを期待したい。
もちろん、「賢い減光」では、視覚障害者や高齢者などハンディキャップのある人々への配慮も欠かせない。たとえば、鉄道のプラットホームでは、LEDを埋め込んだ障害者用ブロックを設置して光の道を確保すれば、プラットホーム全体を天井からの照明で明るくするより効果は大きいように思われる。照明器具と連動する人感センサーも活用できそうだ。このような対策は、場当たり的な照明器具の間引きでは実現できないが、しっかりと智恵を絞ればいくらでも可能なはずである。いずれにしても、日本のお家芸である “無駄取り”を照明の現場にも持ち込みながら、谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」の感受性を蘇らせ、世界に誇れる新しい日本の照明文化を生み出せるかどうかの岐路にわれわれは立っているのではないだろうか。
かつて、クールビズの普及で、代わり映えのしなかった男性用ビジネスシャツの襟元やボタンのデザインや色・素材が工夫されるようになり、ジャケットや鞄など関連小物が売れ、ビジネスマンのファッションセンスも改善した。蛍光灯に思い入れのない若い世代を中心に、“明るすぎる照明は、センスの悪さ、感受性の鈍さの証明”、という価値観に日本人が転換するのにもそんなに時間はかからないはずだ。エネルギー使用を減らしつつ、街や住宅を美しく演出する「賢い減光」が企業や家庭に広がれば、品質改良とコストダウンが急速に進むLEDのように、照明に関わるさまざまな技術革新や商品開発が加速度的に進み、原発事故で頓挫しかかっている日本の観光立国戦略や環境立国戦略を建て直すための希望の光も見えてくるのではないだろうか。
1欧米の一般的な街や地下鉄ホームの照明は節電中の日本よりずっと暗い(ので日本でも耐えられるはず)という指摘がある。ただし、瞳の色が薄い欧米人は、黒い瞳のアジア人よりグレア(まぶしさ)に対する耐性が低い(暗さには強い)、という事情を割り引く必要がありそうだ。
照明の見直しといっても、ろうそくや裸電球の貧しい時代に逆戻りするものでも、企業や家庭に窮屈で不愉快な節電を強いるものでもなく、どうせ見直すなら“3・11後”の新しい常識(ニュー・ノーマル)を作ろうという思いが感じられる。店舗照明デザインの専門家は、「照らす場所にメリハリをつければ、より少ない照明で同じ明るさを演出できる」と言う。これまでは電力が安定供給されていたこともあり、照明は明るければ良いと安易に考えられてきたが、これからは、省エネ性と実用性とデザイン性を調和させるため、照明の選択や設置、運用にしっかりと智恵を絞り、お金もかけていこう、ということだ。やせ我慢や一時のファッションではなく、現在より省電力で、かつ快適な生活を実現するための、「賢い減光(スマート・ライトダウン)」が求められているといえるだろう。
たとえば、オフィスビルでは、室内照明のタスク・アンビエント化(作業域とそれ以外の領域を分けて照明する)が注目される。デスクワークは手元照明(タスクライト)で行う一方、室内全体を照らす天井照明の照度を半減させることで、照明用の電気使用量をトータルで減らそうという考え方だ。パソコン利用が標準的な現在のオフィスワークでは、室内の過剰な明るさはディスプレイへの映り込みもあってむしろ邪魔なものといえ、集中度を高めるためにも、落ち着いた全体照明と必要に応じて使える手元照明があれば十分だからだ。すでに、震災前から、地球温暖化対策として家具メーカーや不動産会社などが先行的に提案してきたが、PCや高機能携帯電話を使いこなすデジタル世代のワーカーにとっての違和感の小ささと導入の容易さから、今後急速に普及する可能性が高い。また、最新のオフィスビルは、室内天井の高さ(フリーアクセス床から2,800mm以上など)と室内の明るさ(机上照度750LX以上など)を顧客にアピールしているが、天井照明主体では、天井高とともに光源の明るさ自体も上げていかねばならず、その意味でも照明のタスク・アンビエント化は自然な流れであろう。緊急時のライフラインとして評価を高めたコンビニエンスストアでも、節電策として店内照明や店頭の誘導看板のLED(発光ダイオード)化が進められているが、「光害」や景観にも配慮したスマートな店舗照明の先進事例となることを期待したい。
もちろん、「賢い減光」では、視覚障害者や高齢者などハンディキャップのある人々への配慮も欠かせない。たとえば、鉄道のプラットホームでは、LEDを埋め込んだ障害者用ブロックを設置して光の道を確保すれば、プラットホーム全体を天井からの照明で明るくするより効果は大きいように思われる。照明器具と連動する人感センサーも活用できそうだ。このような対策は、場当たり的な照明器具の間引きでは実現できないが、しっかりと智恵を絞ればいくらでも可能なはずである。いずれにしても、日本のお家芸である “無駄取り”を照明の現場にも持ち込みながら、谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」の感受性を蘇らせ、世界に誇れる新しい日本の照明文化を生み出せるかどうかの岐路にわれわれは立っているのではないだろうか。
かつて、クールビズの普及で、代わり映えのしなかった男性用ビジネスシャツの襟元やボタンのデザインや色・素材が工夫されるようになり、ジャケットや鞄など関連小物が売れ、ビジネスマンのファッションセンスも改善した。蛍光灯に思い入れのない若い世代を中心に、“明るすぎる照明は、センスの悪さ、感受性の鈍さの証明”、という価値観に日本人が転換するのにもそんなに時間はかからないはずだ。エネルギー使用を減らしつつ、街や住宅を美しく演出する「賢い減光」が企業や家庭に広がれば、品質改良とコストダウンが急速に進むLEDのように、照明に関わるさまざまな技術革新や商品開発が加速度的に進み、原発事故で頓挫しかかっている日本の観光立国戦略や環境立国戦略を建て直すための希望の光も見えてくるのではないだろうか。
1欧米の一般的な街や地下鉄ホームの照明は節電中の日本よりずっと暗い(ので日本でも耐えられるはず)という指摘がある。ただし、瞳の色が薄い欧米人は、黒い瞳のアジア人よりグレア(まぶしさ)に対する耐性が低い(暗さには強い)、という事情を割り引く必要がありそうだ。
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