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1.導入の動きが広がる地域別価格
これまで外食業を中心に全国均一の価格設定が行われてきたが、今年に入り地域によって価格を変える地域別価格を導入する企業が増えている。今年6月に日本マクドナルドホールディングスが一部の都道府県に地域別価格を導入し、8月には全国に拡大した。
その内容は、人件費や賃料の高い大都市では価格を引き上げ、人件費等の低い地方では値下げするというものであり、セット商品では5段階の価格設定が行われた。8月には、カレーチェーンの壱番屋が地域別価格の導入を発表し、ポークカレーで東京23区内や大阪都心部では400円から450円に値上げし(9月実施済)、その他の地域では12月から30円の値上げを検討している。
また、10月には吉野家ホールディングスも具体的な導入計画はないとしながらも、地域別価格を検討していることを明らかにしたと報じられている。なお、日本経済新聞社の聞き取り調査では、外食業の主要13社のうち地域別価格を明確に否定した外食チェーンは3社に過ぎなかったとのことであり(2007年6月21日)、多くの外食チェーンが地域別価格に関心を示しているようである。
2.全国均一価格が維持されてきた理由
外食企業が地域別価格の導入の理由として挙げているのは、都心部を中心とする人件費の高騰や食材価格の上昇である。日本マクドナルドの地域別価格では、値下げや据え置きの店も一部存在するが約9割の店舗が値上げしている。壱番屋も全店舗で値上げを行い、地域によって値上げの幅に差をつける内容となっている。
地域別価格の導入が値上げの一手段であることは間違いないが、そもそも、これまで外食産業で全国均一価格が実施されてきたのはなぜだろうか。需要と供給の条件で価格が決定され、地域によって需給状況が異なるのであれば、地域別に価格を設定するのは企業として当然の行動である。経済学の教科書は、顧客が価格が低い店で購入し販売価格が高い地域で転売することができないならば、需給条件に応じて価格を差別化することが最適な行動であることを教えている。外食業はこの条件を満たしているといえるだろう。
一見すると経済学の基本原則から外れたように見える、全国均一の価格設定が行われてきた理由は2つあると考えられる。一つは、チェーン名からイメージされる代表的なメニューと価格の対応関係である。例えば、ドトールであれば、コーヒーは180円というイメージが顧客の記憶に刷り込まれている。これが、東京では200円だが、千葉県に行くと180円、神奈川県では190円となると、チェーン名から連想される価格イメージが消滅する。このイメージの消滅は顧客の来店動機を弱め、チェーンにとってマイナスとなる。
もう一つは価格の固定性である。需要と供給の条件で価格が決まるのであれば、日々価格を変更する必要がある。実際、生鮮食品やガソリンなど頻繁に価格が変更される商品は少なくない。しかし、外食産業ではメニュー価格をたびたび変更することは望ましくない。
これは第1点とも関連するが、顧客は来店の選択に当たって店舗と販売価格の関連を意識して行動するからである。頻繁に価格改定が行われると店舗と価格の関連付けが不確定となり、顧客の来店行動にマイナスの影響を与える。つまり、外食企業は、一旦、価格設定を行うと当分の間はその価格を維持することを迫られる。価格の据え置きを余儀なくされている間も需給条件は変動し、その変動に即座に対応できないのならば、地域別価格という複雑な価格体系よりも全国均一のシンプルな価格設定で十分という経営判断も生まれると考えられる。
3.地域別価格導入の理由と今後の見通し
それでは、今年に入り地域別価格が導入されたのはどうしてだろうか。一つは、外食産業におけるメニューが多様化し、メニューのライフサイクルが短くなったことがある。例えば、すかいらーくでは2006年に310品目の新製品を投入したが、これは1年で3.6回全商品が入れ替わったことになるという(日本経済新聞2007年10月27日)。このライフサイクルの短縮化によって、チェーン名から連想される代表的な商品と価格との対応関係が薄れてきたのである。
逆に言うならば、チェーン名から連想される代表的商品と価格の対応関係が強い商品については全国均一価格が維持される。実際、日本マクドナルドでもチーズバーガーなどの価格は全国均一の100円となっている。別の理由としては、短期間の需給変動では販売価格の逆転を招かないほどに、地域間の需給条件の格差が広がったことを外食企業が強く意識し始めたことも影響していると考えられる。主として人件費や賃料などの供給条件が大都市圏と地方圏では無視できない大きさになっているのである。
以上のような推論を踏まえると、今後も地域別価格の導入は広がるのだろうか。結論から言うと、導入企業は増えると予想する。人件費および賃料などの供給条件の格差は長期間持続すると予想されることや、メニューの多様化や新メニューの投入による入れ替えサイクルの短縮は今後も続くと考えられるからである。
ただし、これまでの議論からも明らかなように、地域別価格の導入は、メニューの種類が多く、販売価格が顧客誘因のそれほど強い要因とはなっていない企業が中心になると考えられる。したがって、吉野家のように牛丼が売上の大半を占め、牛丼の並盛が380円というイメージが強く印象付けられている企業では導入が進まないか、導入してもあまり成功しないのではないかと予想する。
(2007年11月05日「エコノミストの眼」)
小本 恵照
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