コラム
2009年08月03日

国のコミュニケーション能力と社会保障

丸尾 美奈子

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どの先進国も高齢化への対応には苦慮しており、国政選挙の争点に「社会保障」がのぼることが少なくない。ただ、政権が交代した時に、大きく政策が変わる国とそうでない国があるようだ。本来、社会保障は、国民の意向を十分に確認して政策展開を行っていくべきものであり、政権によって変わるべきものではないにも拘わらずである。

業務上、各国の社会保障制度改革の動向に目を通すことが多い。国によって、制度は区々であり、制度改革についても、過去のレガシーを一掃する大胆な政策を断行する国もあれば、基盤の補修で対応している国もある。社会保障は国民の日々の生活に直結していることから国民の関心や期待も大きく、その結果、不満を生みやすい。従って、千差万別にある国民全員が満足できる制度を確立することは不可能に近い。ただ、我が国の現在の「年金不信」を見ていると、制度の欠陥以上に、国民の意向を十分に知ろうとしない、または政策の意図をわかりやすく説明しようとしない等、国のコミュニケーション能力不足の側面がちらつく。

英国では、1997年のブレア政権時に、「国民や利害関係者に幅広く政策決定への参加の機会を保障する」という目的で「コンサルテーション制度」を本格化させている。制度の実施プロセスにおいては、様々な関係者や専門家から意見をヒアリングした上で、政府の考察を示し、国民の討論や協議に向けた着想やオプションを提示する「グリーンペーパー(green paper)」を公表している。そして、グリーンペーパーを介して国民より集まった声(green paper response)を元に、政策提案や正式な声明を「ホワイトペーパー(white paper)」を通じて行うなど、国民との念入りなコミュニケーションを行っている。

一例ではあるが、今年の7月に、今後の高齢者介護をどのように再構築すべきか(“Shaping the Future of Care Together”)という130ページ強に亘るグリーンペーパーを公表している。専門家から集めた意見の内容を意見提出者の個別名と共に記載しているほか、現在の介護状況や課題、技術的な事項の説明等を丁寧に行いながら、財源確保の方策等国民がとりうる選択肢を提示している。簡易版(easy read)も作成されており、中高生でも理解できるよう極めて平易な解説を行っている。その丁寧でわかりやすい政策オプションの説明は、読んでいて、感銘すら受ける。これなら、世代を超えた国民の納得感もあるだろうし、民意や民間の英知をより反映させる仕組みにも繋がるのではないか。

我が国にも「パブリックコメント制度」があるが、必ずしもグリーンペーパーやホワイトペーパーなど政策形成段階で国民の理解の醸成を行うような仕掛けには至っておらず、一部専門家の投書箱的な面が大きく、民意を確認する制度とは言い難いようだ。

社会保障は最終的には国民の所得の再分配に帰結する。再配分に対する国民のコミットメント(納得感)は、「社会的弱者を同胞とみなす感覚」を涵養することなしには得られないと「社会統合」を主張する見方もあるが、国民の感覚涵養の前に、まずは、国民と真摯なコミュニケーションを行おうとする、政府の強い意思が求められているのではないか。
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