コラム
2004年07月05日

日本人に「スプレッド物」は馴染むか?

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1. 日本でも認知度が高まってきたスプレッド物

わが国では、膨大な財政赤字を背景に、債券市場に占める国債の割合が7割以上と依然大きい。とは言え、10年前に比べれば社債(事業債)市場の規模も拡大してきているし、2003年には住宅ローンを担保に証券化されたMBS(Mortgage Backed Securities)が、運用の基準(ベンチマーク)となる債券インデックスに加わった。債券投資家にとって、こうした国債以外のいわゆる「スプレッド物」は、無視できない存在になりつつある。

2. スプレッド物市場の発展に必要なこと

スプレッド物の運用と言うと、何か非常に困難な分析が待ち受けており、運用手法が複雑化するとの考えが頭に浮かぶ。そのため、例えば社債であれば、倒産確率や信用リスクをいかに統計的に弾き出すかといった高度な分析が必要となり、MBSであれば、期限前償還分析などを行えるモデルの開発が進まないと、市場は発達しないと思われがちだ。
たしかに、こうした運用手法の開発・高度化は、個別証券の銘柄分析などを行う際に必要不可欠な部分ではあろう。しかし、市場発展に向けた課題はむしろ、もう少し身近なところにあるような気がする。以下、日本でスプレッド物市場が発展するのに大切と思われる点を3つ挙げたい:

(1)運用スタイルは変わるか?
スプレッド物「先進国」とも言える米国における債券投資家の多くは、できるだけ投資対象に「平均回帰(Mean Reversion)」を求める傾向が強い。したがって、一方向に動きがちな金利リスク、あるいは将来予測やシナリオを重視して方向感に賭けるといった、不確実性の高い運用スタイルをあまり好まない。その分、割安・割高を見出しやすいスプレッド物を重視する戦略に向かっている。翻って、日本では予測型運用が主流であり、必ずしも平均回帰を志向する投資家は多くない。こうした選好の違いが日本人をスプレッド物運用に向かわせない可能性もあり、市場拡大を阻む要素になり得るかもしれない。逆に、スプレッド物市場が発展することで、運用スタイルが変化していくのを期待したい。

(2)流動性を確立できるか?
米国でスプレッド物市場が発達した最大の要因に、流動性およびそれを実現させた規格性の高さが挙げられよう。例えば、ファニーメイなど政府関係機関の保証が付いたMBSは、基本的にクーポン設定は0.5%刻み、発行年限も30年か15年となっており、この規格に沿った証券であれば、国債並みの取引を瞬時に起こすことが可能だ。また、比較的個別性の強い社債市場でも、ベンチマーク債と呼ばれる同一企業が同一銘柄を継続的・定期的に発行することで、流動性を維持する努力をしている。反面、一部を除けば、日本ではその時々の市場環境に応じてテーラーメイド的に債券を発行する傾向が、未だ強いように思われる。今後、スプレッド物市場が拡大する上では、銘柄あるいは市場の規格化が進み、流動性を確立することができるかが重要なポイントとなろう。

(3)現物へのこだわりを排除できるか?
流動性とともに、米国でスプレッド物市場が拡大してきた背景に挙げられるのが、現物以外の運用手段に対する理解の浸透である。例えば、MBS市場ではTBA(To Be Announced)取引と呼ばれる先渡取引が発達している。これは、現物の受渡を伴わない取引であり、MBSを現物として保有せずに済むことから、投資家は毎月発生する元利金支払に伴う煩雑な資金管理に無駄なコストを払う必要性から解放されている。社債市場でも信用スプレッドをヘッジする上では、債券先物、債券のショートセル(空売り)、スワップの利用などが不可欠だ。このように、スプレッド物運用を行う際には、現物のみでポートフォリオを構築することへのこだわりを捨てる必要が出てこよう。究極を言えば、米国ではMBSは現物保有ゼロでも運用することが可能である。日本の投資家もスプレッド物運用を手がける上では、「投資とは必ず現物を買うもの」といった固定観念からの脱却が求められよう。


3.スプレッド物は日本人に馴染むか?

これらは全て、米国債券市場の慣習をそのまま当てはめた際に浮かび上がる身近な課題である。日本は、必ずしも米国型の市場を形成する必要はない。しかし、規模や取引の厚みなどを見れば、市場としての完成度が最も高いのが米国債券市場であるのは明らかであり、見習うべき点は多数あると思われる。こうした中、高度なモデルや分析手法の確立だけでなく、むしろ上に挙げた3つの課題をクリアすることが、日本でもスプレッド物市場が拡大するか否かの鍵を握っているのではないだろうか。
 
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【日本人に「スプレッド物」は馴染むか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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