2023年03月24日

J-REIT市場の動向と収益見通し。今後5年間で+1%成長を見込む~シナリオ別の分配金レンジは「▲10%~+8%」となる見通し~

金融研究部 不動産調査室長 岩佐 浩人

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1――J-REIT市場は年初から▲6%下落。金利の先高観から下値を切り下げる展開

今年に入り、J-REIT(不動産投資信託)市場は金利の先高観から下値を切り下げる展開となっている。日本銀行は2022年12月20日の金融政策決定会合において、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)」の許容変動幅を±0.50%へ拡大し、10年国債利回りの上昇を容認した。新年度からは植田日銀新総裁のもと、大規模緩和の修正が想定され、多くの投資家は金利上昇の影響を見極めるべく様子見の姿勢を強めている。東証REIT指数とTOPIX(東証株価指数)の値動きを比較すると、12月20日のYCC修正前までは概ね連動していたが、その後はパフォーマンスに格差が生じている(図表1)。株式市場が年初から4%上昇したのに対して、J-REIT市場は昨年来の安値を更新するなど株式を約10%アンダーパフォームしている(3/22時点)。
図1東証REIT指数とTOPIXの推移(22年12月末=100)
このように、投資口価格が軟調に推移する一方で、足もとのJ-REIT市場のファンダメンタルズは堅調である。市場全体の1口当たりNAV(Net Asset Value、解散価値)は、不動産価格の上昇によって前年比+5%増加し、コロナ禍で一時落ち込んだ1口当たり予想分配金(Distributions Per Unit、以下DPU)についても不動産売却益の計上やホテル収益の回復が寄与し始めたことで改善基調にある(図表―2)。

もっとも、業績の先行きは予断を許さない。運用資産の約4割を占めるオフィスセクターは賃貸市況の調整が長期化している。また、今後は、金利上昇に伴う利払い費用の増加や投資口価格の低迷などで資金調達コストが上昇し外部成長の鈍化が懸念される。収益拡大のドライバーが見通し難いなか、DPUの回復が今後どこまで期待できるのか、不透明感が強まっている。

そこで、本稿では最初に、現在のJ-REIT市場の収益環境を確認する。次に、各種シナリオ(オフィス賃料見通し、物件取得要件、金利見通しなど)を設定し、今後5年間の分配金の見通しを試算したい。
[図表-2]1口当たりNAVと1口当たり予想分配金(東証REIT指数ベース)

2――保有不動産は約4,500棟・25.6兆円。

2――保有不動産は約4,500棟・25.6兆円。1口当たり分配金(DPU)は前年比プラスで推移

J-REITは、エクイティ資金及び借入金を調達して賃貸不動産に投資し、そこから得られる賃貸事業収益(Net Operating Income、以下NOI)を原資に、利益のほぼ全額を投資家に還元する金融商品である。J-REITは主に、(1)保有不動産の収益力を高める「内部成長」、(2)不動産を取得する「外部成長」、(3)金融コストを低減する「財務戦略」を通じて、DPUの成長を図る。

まず、2022年12月末時点のJ-REITの保有不動産は全体で約4,500棟、金額にして約25.6兆円となっている(図表―3)。アセットタイプ別では、オフィス(10.1兆円、39%)、物流施設(5.2兆円、20%)、住宅(3.9兆円、15%)、商業施設(3.5兆円、14%)、ホテル(1.8兆円、7%)、底地など(1.2兆円、5%)の順に多い。また、過去5年間の取得額(約7.0兆円)の内訳をみると、物流施設の比率(32%)が拡大し、オフィスに次ぐ第2のセクターとして地位を確立している。
[図表-3] J-REITの保有不動産及び新規取得額(アセットタイプ別)
次に、業績動向を確認する。J-REIT市場全体の予想DPUは2020年3月のコロナ危機を受けてホテルや商業施設を中心に事業環境が悪化し、2020年3月をピークに▲9%減少した。その後は2021年後半から前年比プラスに浮上し、現在はホテル収益の回復が寄与し前年比+4%と上向いている(図表―4)。一方、株式市場の予想EPSをみると増益率が鈍化しており、両市場の業績モメンタムの格差は縮小傾向にある。
[図表-4] J-REIT市場の予想DPUと株式市場の予想EPS(前年比)
また、J-REITの実績DPUは事前予想に対して上振れて着地している。2022年(1月~12月決算)の上方修正率は+2.1%で、引き続き高い予測精度を確保できている(図表―5)。不動産価格が高値圏にある市場環境を好機と捉えて、J-REIT各社は鑑定評価に対して10%を超える価格で物件を売却し売却益を計上することで、投資主への利益還元を強化している(図表―6)。
[図表-5]事前予想に対する実績DPUの修正率
[図表-6]不動産売却損益、売却価格と鑑定評価のかい離率

3――各種シナリオを設定し、今後5年間のDPU成長率を試算する

3――各種シナリオを設定し、今後5年間のDPU成長率を試算する

保有オフィスビルのNOI2021年から前期比マイナスに転じる。2022年は▲3.9%減少
三鬼商事によると、東京都心5区の空室率(23年2月)は6.15%(前年比▲0.26%)となり、21カ月連続6%台で推移している。平均募集賃料についても31カ月連続で下落し、2020年7月をピークに▲13%下落した。地方都市についても総じて空室率が上昇し、オフィス市場はコロナ禍を契機に調整局面を迎えている。J-REITが保有するオフィスビルの収益も2021年上期から前期比マイナスに転じた。継続比較可能な保有ビルを対象に賃貸事業収益(NOI)の増減率を確認すると、2022年は上期が▲2.3%、下期が▲1.6%となり年間で▲3.9%減少した。2020年まではオフィスセクターの「内部成長」が市場全体のDPU成長を牽引してきたが、コロナ禍以降、マイナスに寄与している(図表―7)。
[図表-7] JREIT保有ビルの内部成長と東京都心5区のオフィス募集賃料
また、各社の開示データなどをもとに保有ビルの賃料ギャップ(継続賃料と市場賃料のかい離率)を集計すると、全体でほぼゼロ(継続賃料≒市場賃料)になったと推計される。J-REIT各社は稼働重視のリーシング戦略のもと募集要件など柔軟に対応する姿勢を強めており、オフィスビルの収益回復にはしばらく時間を要することになりそうだ。
保有オフィスビルのNOIは今後5年間で▲4%減少する見通し
ニッセイ基礎研究所は国内6都市(東京・大阪・名古屋・札幌・仙台・福岡)のオフィス賃料予測を公表した1。今後5年間(2022年~2027年)の賃料変動率は、標準シナリオで東京が▲7%、大阪が▲13%、名古屋が▲6%、札幌が▲10%、仙台が▲12%、福岡が▲14%となっている(図表―8)。このうち、「東京都心Aクラスビルはオフィス需要が力強さを欠き空室率が上昇するなか、成約賃料についても下落する見通し」である。

この賃料予測並びに一定の前提条件(稿末に記載)に、保有ビルのNOI成長率(今後5年間)を計算した。結果は、標準シナリオで▲4%、楽観シナリオで▲0%、悲観シナリオで▲7%となった(図表―9)。保有ビルのNOIはオフィス市況の調整を反映し弱含みで推移する見通しである。
【図表-8】今後5年間のオフィス賃料予測(2022末~2027年末)/[図表-9] :JREIT保有ビルのNOI見通し(2022年下期=100)
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金融研究部   不動産調査室長

岩佐 浩人 (いわさ ひろと)

研究・専門分野
不動産市場・投資分析

経歴
  • 【職歴】
     1993年 日本生命保険相互会社入社
     2005年 ニッセイ基礎研究所
     2019年4月より現職

    【加入団体等】
     ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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