2022年05月27日

2022年度診療報酬改定を読み解く(下)-医療機能分化、急性期の重点化など提供体制改革を中心に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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8――診療報酬改定の内容(5)~医師の働き方改革~

2024年4月の本格施行を控える中、医師の働き方改革に関しても、幾つかの見直しが講じられた。救急病院における医師の負担軽減と働き方改革を後押しするため、2020年度改定で創設された「地域医療体制確保加算」の点数が520点から620点に引き上げられたほか、医師の働き方改革で義務付けられている「医師労働時間短縮計画」の作成も要件に加えられた。

このほか、勤務医の負担軽減を図るため、必要な医療文書の作成などに当たる「医師事務作業補助者」を配置した医療機関に対する「医師事務作業補助体制加算」について、勤務年数に着目する加算・要件が加えられたほか、医師事務作業補助者の配置数に応じて細かく決まっている加算額も引き上げられた。夜間看護職員の配置に関する加算でも引き上げなど一層の拡充が図られた。

では、これらの改定を通じて、どんな傾向が浮き彫りになったと言えるだろうか、あるいは医療提供体制改革はどのような影響を受けるだろうか、以下、(1)診療報酬改定による政策誘導の方向性、(2)かかりつけ医機能の明確化の方向性、(3)医療機関同士の連携の重要性――の3つについて考察を試みることにしたい。

9――今回の改定で浮き彫りになった傾向(1)

9――今回の改定で浮き彫りになった傾向(1)~診療報酬による政策誘導の傾向~

1|曖昧だった診療報酬と地域医療構想の関係
まず、地域医療構想の実現を含めて医療提供体制改革を診療報酬改定で誘導する方向性が明確になりつつある点である。

元々、地域医療構想と診療報酬の関係は必ずしも明確になっておらず、両者の相性も良いとは言えなかった。具体的には、地域医療構想は都道府県または構想区域(2次医療圏)での議論を想定しており、病床数や人口減少のスピードなど地域の実情に応じて提供体制を見直すことに力点が置かれているのに対し、診療報酬は全国一律であり、対象としているエリアの大きさが異なる。

さらに診療報酬は2年に1回、地域医療構想を含めた医療計画は6年に1回であり、見直し時期の頻度も違う。このため、比較的長いスパンで地域の実情に応じて見直そうとしている地域医療構想と、全国一律で短期間に改定される診療報酬の違いは大きい。

こうした中で、表1で浮き彫りとなった病床数の需給ギャップの解消に向け、どうやって診療報酬を改定し、あるいは診療報酬で誘導したらいいか、必ずしも方針は定まっていなかった。

その一例として、厚生労働省幹部は「(筆者注:地域医療構想が描く)医療提供体制に対し、診療報酬がどう支援するのか、どう寄り添うのか今後議論してもらう課題」34、「報酬算定のいろいろな選択肢を提供し、より変化しやすくする、あるいは変化を後押しする。それが『寄り添う』『支える』の意味。(略)診療報酬が『引っ張り回す』『実態がないところに、経済的な動機付けで誘導する』ことを主たる政策手段にした場合、いい結果に結び付かないと考えています」35と説明していた。

上記の趣旨を筆者なりに整理すると、それぞれの医療機関の選択肢を広げるような改定を心掛けるが、表1の数字を強引に実現するような診療報酬改定は想定していないという趣旨と思われる。図3で掲げた通り、7:1基準から降りてもらうために「階段」状の類型を設けたのも、選択肢を提示した一例と言えるだろう。

しかし、医療機関の収入に直結する診療報酬のインセンティブは強烈であり、いくら複数の選択肢を提示したとしても、思い切った点数が付いたり、厳しい要件が設定されたりすると、診療報酬が現場の経営を「引っ張り回す」結果になりかねない。

つまり、「地域医療構想に診療報酬が寄り添うか」、それとも「診療報酬が地域医療構想を引っ張り回すか」の違いとは、表1で浮き彫りになった需給ギャップの解消に向けて、「2年に一度の改定で点数や要件を少しずつ変えて誘導するか」「一度の改定で思い切って点数や要件を変更するか」というスピード感の違いに他ならない。

言い換えると、中医協における診療報酬改定の議論は毎回、診療側と支払側の合意形成をベースとするため、少しずつ制度改正を積み重ねる漸増主義的な決着が図られる分、これまでの改定は「寄り添う」ように見えていた面がある。

しかし、医療提供体制の構造的な論点を浮き彫りにした新型コロナウイルスの影響、そして表2で掲げた財務、厚生労働両相の合意文などを経て、医療行政を巡るパワーバランスが変容したことで、2022年度改定では診療報酬を通じて政策誘導する傾向が見られたと言える。

この点については、医療機関の経営者から「政策誘導」という批判が出ている点とか、日医から「最近は所管外の政府の組織から診療報酬の細部まで踏み込んだ提案が常態化している」36という不満が示されている点も傍証となる。

しかも、同様の発言は診療側だけでなく、本来は提供体制改革を支持するはずの支払側からも示されている。例えば、これから地域で議論が進む紹介受診重点医療機関の加算が創設された点を引き合いに出しつつ、「先付的に評価を決めた」ことに「違和感」を持ったとの声が出ている37。中医協を構成する診療側、支払側ともに、同様の違和感を持ったことを踏まえると、改定に及ぼした合意文の影響の大きさを読み取れる。
 
34 2017年1月25日中医協総会議事録における厚生労働省保険局医療課長の迫井正深氏(当時)による発言。
35 厚生労働省保険局医療課長の迫井氏(当時)に対するインタビューの発言。2018年3月12日『m3.com』配信記事を参照。
36 2022年3月27日に開催された日医の代議員会における中川氏の発言。同日配信の『m3.com』配信記事を参照。ただし、この発言は今回のメインテーマである提供体制改革だけでなく、経済財政諮問会議や規制改革推進会議の意向が強く反映されたオンライン診療を巡る制度改正も、念頭に置いていると思われる。オンライン診療の制度改正を巡る経緯については、2022年5月16日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(上)」に加えて、2021年12月28日拙稿「オンライン診療の特例恒久化に向けた動向と論点」、2020年6月5日拙稿「オンライン診療を巡る議論を問い直す」を参照。
37 健保連理事の松本真人氏に対するインタビューでの発言。『社会保険旬報』No.2854を参照。
2|診療報酬による誘導は続く?
では、今後はどういった展開が続くだろうか。次の大きな節目は2024年度と見られる。この年は2年に1回の診療報酬改定だけでなく、都道府県による6年周期の医療計画見直し、医師の働き方改革本格施行、3年に一度の介護報酬の改定、市町村による3年ごとの介護保険事業計画の見直しという制度改正が一斉に到来する「節目」の年に当たるため、表4のような様々な見直しの論点が想定される38
表4:2024年度に予定されている医療・介護分野の制度改正と主な論点
こうした中で、病床再編による医療費適正化に期待する経済財政諮問会議や財務省が診療報酬改定を通じた誘導を主張することは十分、予想される。実際、経済財政諮問会議ではコロナ禍以前の2019年時点で、「急性期(7対1)病床や療養病床の転換に向けた診療報酬措置の効果を検証し、転換を加速する対応策を講ずべき」などの意見が出ていた39

さらに、財務省も今年4月の財政制度等審議会40で、「医療政策の内容やその制度設計、診療報酬体系や個別の改定項目について財政当局や当審議会が具体的に提言していくことは当然の責務」とする資料を提出している。

厚生労働省は2024年度の医療計画改定に向けて、コロナ禍でストップしている病床再編の議論を再起動させるように都道府県に要請しているが、地域での議論が進まない場合、診療報酬改定による誘導を促す意見が強まることが予想される。
 
38 2024年度同時改定に向けた展望については、2022年1月17日拙稿「2022年度社会保障予算を分析する」も参照。
39 2019年10月28日、経済財政諮問会議有識者委員提出資料を参照。
40 2022年4月13日、財政制度等審議会財政制度分科会資料を参照。

10――今回の改定で浮き彫りになった傾向(2)

10――今回の改定で浮き彫りになった傾向(2)~かかりつけ医機能の明確化の方向性~

第2に、かかりつけ医の機能が一定程度、明確になった点である。かかりつけ医に関して、日医などが2013年8月に公表した提言41で「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」とされているが、その役割は曖昧である42

実際、「かかりつけ薬剤師・薬局」「小児かかりつけ医」などの仕組みは作られているが、医科の診療報酬で「かかりつけ医」の名称を冠した制度は存在しないし、かかりつけ医に要件や能力の基準が設定されているわけではない。

付言すると、日医が2022年4月の提言43で指摘している通り、かかりつけ医とは「患者が医師を表現する言葉」であり、かかりつけ医を決めるのは患者自身である。つまり、極論かもしれないが、筆者が旧知の医師に対し、「何かあったらよろしくね」とお願いするだけでも、患者から見た「患者―かかりつけ医」の関係は成立する。さらに、「内科はA医師」「膝はB医師」といった形で、かかりつけ医を複数持つことも可能であり、「かかりつけ医」という言葉は患者の受療行動に依る部分が非常に大きい。

その分、制度的な役割や位置付けは明確ではなく、経済財政諮問会議や財務省、健保連は医療費を抑制する観点に立ち、「かかりつけ医の制度化」、つまり患者が必ずかかる医療機関を限定する登録制度の導入を提案している。

一方、2022年度診療報酬改定では、機能強化加算の要件が表3の通りに細かく決まり、かかりつけ医が果たすべき機能が診療報酬でも一定程度、明確になったと解釈できる。この背景には表2で掲げた財務、厚生労働両相の合意文による影響に加えて、昨年末に改定された「新経済・財政再生計画改革工程表」で「2020年度診療報酬改定における地域包括診療加算の施設基準の見直し等、かかりつけ医機能に係る診療報酬上の対応について、その影響の検証等を踏まえ、2022年度診療報酬改定において必要な見直しを検討」と定められたことも関係していると思われる。

今後、2024年度以降の診療報酬改定で、要件や基準が追加されたり、別の加算が創設されたりすれば、結果的に「かかりつけ医とは何か」という制度的な位置付けが明確になる可能性も想定される。実際、かかりつけ医の制度化を期待する支払側は機能強化加算の見直しに関して、「次につながる一歩」と受け止めている44

しかし、表3を細かく見ると分かる通り、要件では「必要に応じ」「いずれか」という言葉が多用されているため、それほど厳格な基準とは言えない。さらに、かかりつけ医の制度化に関しては、日医が「医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるようなことであれば認められない」「必要なときに適切な医療にアクセスできる現在の仕組みを守る」と強く反対している45

このため、「かかりつけ医の制度化」を求める財務省や経済財政諮問会議と、これに反対する日医との間で攻防が今後、激化する可能性が高い。
 
41 2013年8月8日、日医など「医療提供体制のあり方 日本医師会・四病院団体協議会合同提言」を参照。
42 かかりつけ医の曖昧さなどについては、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。
43 2022年4月27日に公表された日医資料「国⺠の信頼に応えるかかりつけ医として」を参照。
44 健保連理事の松本氏に対するインタビューでの発言。『社会保険旬報』No.2854を参照。
45 2022年4月27日の記者会見における日医会長の中川氏の発言。同日『m3.com』配信記事、日医ウエブサイトを参照。

11――今回の改定で浮き彫りになった傾向(3)

11――今回の改定で浮き彫りになった傾向(3)~医療機関の連携の重要性~

もう一つの浮き彫りになった傾向は医療機関同士の連携の重要性である。これは古くは1980年代から論じられている46上、過去にも制度改正が積み重ねられてきた面があり、決して目新しい問題ではないが、その傾向は2022年度改定で一層、浮き彫りになったと言える。

幾つか事例を挙げると、(上)で述べた新興感染症への対応では、感染症対策の中心となる病院と診療所の連携が強く意識されていたし、本稿で述べた地域包括ケア病棟の役割明確化では自院からの転棟について減算規定が設けられたことも要注目である。

つまり、地域医療構想や外来機能分化、医師の働き方改革を通じて、それぞれの医療機関が「自院の立ち位置」を明確にし、図1や図2で示したような役割分担と連携を図ることが一層、強く求められていると言える。
 
46 医療機関の機能分化に関しては、1985年の医療計画制度導入時から論じられている。竜聖人(2018)『医療供給制度改革の政治過程』筑波大学博士論文などを参照。

12――残された論点

12――残された論点

しかし、残された論点は多い。例えば、「医療機関同士の機能分化や連携が長らく論じられているのに、なぜ進まないのか」という問いを考えると、日本の医療制度の構造的な論点に行き当たる。

具体的には、日本の医療制度では、患者が自由に医療機関を選べる「フリーアクセス」が採用されている上、医療提供体制の多くを民間資本が占めているため、それぞれの医療機関は患者獲得や医師の確保で競争している。その結果、自前で人員や設備を持ちたがる傾向が強く、医療機関同士の連携が進みにくい構造を有している。

言い換えると、機能分化や役割分担を現場で機能させる上では、患者獲得を巡る競争の制限が一定程度、必要であり、そのために必要な制度改正として、フリーアクセスを修正する登録制度の採用(かかりつけ医の制度化)が考えられる。

さらに、2015年の通常国会で制度化された「地域医療連携推進法人」の活用も想定される。これは複数の医療法人が一種の持ち株会社のように一つのグループに入るとともに、職員の共同研修や医薬品の共同購入、診療科や病床の役割分担・再編などに取り組むことを通じて、「連携以上、統合未満」の関係性を作ることが想定されており、今年1月までに30法人が全国で認定されている。

筆者自身は同法人を発展させる形で、都道府県と医療機関が契約または協定を交わすことで、地域における医療機関同士の連携や役割分担、新興感染症への対応などを明確にする制度(必要に応じて都道府県が財政支援する制度も含む)が望ましいと考えている。

しかし、かかりつけ医の制度化や地域医療連携推進法人の活用、契約制度の導入などに関しては、2022年度診療報酬改定の解説という本稿の役割を大きく超えた内容を含んでおり、日を改めて詳述したい。

13――おわりに

13――おわりに

以上、(上)(下)2回で2022年度診療報酬改定を巡る経緯や内容、そこから得られる示唆などを考察した。特に今回の(下)では地域医療構想、医師の働き方改革など医療提供体制改革に関する改定項目を取り上げることで、高度急性期の重点化など一部で思い切った点数が付いた点、その背景として新型コロナウイルスの影響、さらに財務、厚生労働両相の合意文が影響したことを指摘した。その結果、地域医療構想を含めた提供体制改革を進める上での方法論として、診療報酬による政策誘導の傾向が浮き彫りになりつつある点などを論じた。

元々、地域医療構想は「病院部門内、入院と外来、医療と介護、の役割を同時に調整する作業であり、複雑さと困難さが非常に高い」47と評されており、さらに外来機能分化、医師の働き方改革、医師の偏在是正など別の「変数」も加わり、その上に新型コロナウイルスを教訓とした新興感染症への対応も重なり、医療提供体制改革の先行きは益々、見えにくくなっている。

こうした中、診療報酬によるテコ入れを促す意見は今後も強まる可能性があり、様々な制度改正が同時に到来する2024年度改定でも今回と同じような議論が展開されるかもしれない。言い換えると、地域での病床再編の議論が進まなければ、診療報酬による誘導を求める機運は一層、強まることが予想される。

実際に病床を再編しようとすると、医療機関へのアクセスの悪化を恐れる市町村や住民の反発が示されるケースが少なくないため、病床再編は決して容易ではないが、診療報酬改定が医療機関の経営に及ぼす影響は強烈であり、診療報酬の操作だけに頼ると、現場に様々な歪みが生まれる危険性もある。地域医療構想や医師の働き方改革を現場レベルで推進する都道府県を中心に、地域の実情に応じた改革も併せて求められる。
 
47 泉田信行(2016)「医療サービスの供給確保・地域医療構想」『社会保障研究』Vol.1 No.3を参照。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2022年05月27日「基礎研レポート」)

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【2022年度診療報酬改定を読み解く(下)-医療機能分化、急性期の重点化など提供体制改革を中心に】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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