2021年07月12日

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(4)グーグル:アマゾンに続き米国内でのオフィス増床と雇用増の続行を表明
オフィス空間が従業員の創造性に大きく影響を与えることを熟知し、早くから従業員に贅沢なまでの快適なオフィス空間を提供してきたグーグルも、アマゾンの昨年8月の発表に続き、全米にわたってオフィス増床を続けることを今年3月18日に表明した。グーグルおよびアルファベットのCEO(最高経営責任者)サンダー・ピチャイ氏が、2021年に全米各地でオフィスとデータセンターの新増設に70億ドル超の投資を行うとともに、米国のグーグルで少なくとも1万人のフルタイム従業員を新規雇用する計画であることを、グーグルの公式ブログを通じて発表したものだ31

ピチャイ氏は、同ブログの中で「社員間でコラボレーションしコミュニティを構築するために直接集まることは、グーグルの文化の中核であり、今後も我々の将来の重要な部分となるだろう。だから我々は、全米にわたってオフィスへの大規模な投資を引続き行う」と述べている。同社では、社内にコミュニティを形成しイノベーションを創出するための場としてのオフィスの重要性が企業文化として根付いているため、コロナ禍の中でも必要不可欠な投資としてオフィスの大幅な拡張を躊躇なく続行できているのであり、ピチャイ氏のブレない考え方に、筆者は強く共感する。

計画では、オフィスを新増設する都市は、首都ワシントン、ニューヨークなどの東海岸からマウンテンビュー、シアトルなど西海岸にわたる13州17都市(筆者集計)の米国全土に及び、昨年発表のアマゾンの計画より広範かつ大規模とみられる(図表4)。このうち、バージニア州レストン、テキサス州ヒューストン、ミネソタ州ロチェスター、オレゴン州ポートランドでは、オフィスを新たに開設する。その他は既存拠点での拡張とみられ、アトランタ(ジョージア州)、首都ワシントン、シカゴ(イリノイ州)、ニューヨーク(ニューヨーク州)では、「数千の業務(※≒雇用)を追加する計画32である」という。特にニューヨークでは、従業員数を2028年までに倍増させることを2018年にコミットしており、この目標を達成するために同市でのキャンパスの存在感を高めるオフィス投資を継続する。
図表4 グーグル:米国での2021年オフィス増床計画(2021年3月18日発表)
グーグルは、米国全土に及ぶ極めて広範なオフィス分散化により、BCPの強化や全米の多様なコミュニティでの雇用増・投資増を通じた地域活性化・地域貢献などを果そうとしているとみられる。一方で、最も重要な本拠と位置付けられる本社(マウンテンビュー市)を置く地元のカリフォルニア州では、今年10億ドル超を投じてオフィス増強33を引続き図るとともに、ベイエリアでの住宅の価格高騰・不足の改善に向け10億ドルを投じて対策を講じるコミットメント(2019年発表)の一環として、中低所得者向け低価格住宅の整備促進のサポートを続け、本社のあるシリコンバレーでの一極集中による集積の不経済の緩和への貢献も企業市民として怠らない(図表4)。この住宅問題へのコミットメントの一環で当社が創設した2.5億ドルのファンドの支援によって、2029年までにベイエリアで2.4万戸の低価格住宅が建設される見通しだという。

創造的なオフィスのメリットを熟知しこれまでそれを十分に使いこなしてきたオフィス戦略のベストプラクティスである、アマゾンとグーグルが、コロナ禍の中で、あえて米国内でのオフィス増床を続行するとの力強い表明を揃って行ったことで、筆者が昨年いち早く打ち出した「コロナ前後でオフィスの重要性は何ら変わらない」との主張の正当性・信憑性を、より強く認識して頂けるのではないだろうか。コロナ禍の中でも、「オフィスの重要性」を変えてはいけない原理原則としてこだわる、両社の全くブレない経営戦略の一貫性は、日本企業が学ぶべき重要な視点の1つだ。
 
31 本事案については、Sundar Pichai,CEO of Google and Alphabet“COMPANY ANNOUNCEMENTS:Investing in America in 2021”blog.googleを基に記述した。
32 原文は“plans to add thousands of roles in Atlanta, Washington, D.C., Chicago and New York”。※は筆者による注記。
33 カリフォルニア州の本社近くでは、年内の完成を目指して新たな社屋の建設を進めている(日本経済新聞電子版2021年3月19日「Googleが米で7600億円投資 21年、オフィスなどを拡張」より引用)。
(5)オフィス戦略の実践で遅れを取る日本企業
一方、CRE戦略の下でのクリエイティブオフィスの考え方を取り入れ実践する日本企業は、一部の大企業やベンチャー企業など、未だごく一部の先進企業にとどまっている。多くの日本企業では、オフィス環境の整備の巧拙が人材の確保・定着に大きな影響を及ぼすとの危機感は、未だ欠如しているのではないだろうか。日本企業が前述のアップルやアマゾン、グーグルに学ぶべき点は、従業員の創造性や健康の促進を通じたイノベーションの創出、企業文化の醸成や経営理念の体現のためには、オフィスへの戦略投資を惜しんではいけないということだろう。

日本企業の経営者が、コロナ禍での経験から在宅勤務で多くの業務をこなせると判断し、メインオフィスの重要性を不用意に低下させてしまうと、リアルな場でのやり取りが軽視されてイノベーションが停滞するリスクが高まるのではないだろうか。

コロナ禍での在宅勤務により、確かに「意外とやってみると在宅でも業務をこなせる」との気付きを得た従業員もいるだろう。しかし、今回の在宅勤務の実施は前述の通りBCP対策であるため、特に昨年の1回目の緊急事態宣言下では、基本的に従業員に選択の余地はなく、一見業務が回っているように見えていても、「在宅勤務の一択なのだから無理にでも業務をこなすしかなかった」「自宅に執務環境が整っておらず、オフィス執務時に比べ生産性は低下した」という従業員もいたはずだ。ニューノーマルでは、企業は従業員全員がストレスを感じずに健康で快適に働ける環境の確保を一層目指すべきだが、後者の従業員の場合、そのような環境にあるとは言い難い。

企業が在宅勤務を中心とする働き方に今後全面的にシフトするのであれば、それによって従業員にとって健康で快適な環境が担保できるのか、業務の生産性をオフィス執務時と比べ同等以上にできるのか、さらには従業員の自宅での作業環境の整備に対する金銭的サポートがどの程度必要なのか、などについて十分に検証し見極めることが必要だろう。その際に、アンケートやヒアリングなどを通じて従業員から幅広く丁寧に意見を収集することが欠かせない。そのためには本来、平時を取り戻すアフターコロナ期において十分な時間をかけて検証を行うべきであり、平時とは次元の異なる切迫したBCP実施期間では十分な検証を行い得ないのではないだろうか。

多くの日本企業では、これまでメインオフィスをイノベーション創出や企業文化体現の場として十分に活かし切れていなかった、と言わざるを得ない。従って、多くの日本企業の在り方としては、BCP対応として初めて大規模に緊急導入した在宅勤務を中心とする働き方をいきなり拙速にそのまま平時に本格導入するより、順序としては、導入・実践が遅れている大本のCRE戦略の構築に一刻も早く着手し、その下で働き方改革やBCPの考え方をしっかりと取り入れた創造的なオフィス戦略の推進・定着を急ぐことこそが、先決ではないだろうか。その上で、平時での働き方・働く場の具体的な選択肢として在宅勤務をどう扱うかについて検討しても遅くはない。

日本では、「企業はコロナ禍を契機として、メインオフィスの役割・在り方を再定義すべきであり、従業員がコミュニケーションを交わしコラボレーションを実践する創造的な場にメインオフィスを変えるべき」といった意見が多く聞かれるが、そのような視点は、再定義するまでもなく、筆者が提唱する前述の「クリエイティブオフィスの基本モデル」に既に織り込まれており、また米国の先進的なハイテク企業では既にこれまで実践されてきたことだ。メインオフィスの在り方や普遍的な原理原則は、コロナ前から既に明確になっており、コロナ前後で再定義されたり変更されたりするようなものではない。日本企業が今やるべきことは、オフィスの再定義ではなく、米国の先進企業が実践してきた「オフィス戦略の定石」や「クリエイティブオフィスの基本モデル」を一刻も早く取り入れ、CRE戦略に基づく創造的なオフィスづくりを組織的に実践することだ。
(6)経営理念・企業文化の象徴としてのメインオフィスの重要性
メインオフィスは、イノベーション創出の拠点であるとともに、経営理念や企業文化の象徴として求心力を持つ全社的な拠り所や従業員の帰属意識を高める場34でもあるべきだが、在宅勤務やサテライトオフィスでのテレワークでは、このような機能を代替し得ない。逆に、メインオフィスで醸成される従業員間の信頼感(=企業内ソーシャル・キャピタル)は、テレワークの円滑な運用に欠かせない。テレワークのデメリットとして、「社内のコミュニケーションがとりにくく、組織の結束・一体感を維持することが困難になる」「管理職にとって、部下の仕事ぶりを確認しづらい・評価しづらい」がよく挙げられるが、日頃からオフィスで対面でのコミュニケーションを従業員間や管理職・部下間でしっかりと重ね信頼関係を十分に構築していれば、テレワークにおいて、このようなデメリットは生じないはずだ。このように、メインオフィスはテレワークでは代替できない極めて重要な機能を装備するとともに、テレワークに対しては補完効果を持つ点も、筆者がメインオフィスの重要性を主張する重要な背景である。

前述のクリエイティブオフィスの基本モデルは、経営理念とワークスタイル変革という「魂」を吹き込んで初めて、各社仕様にカスタマイズして実際に起動させることができる、と筆者は考えている35。オフィスに経営理念を吹き込むとは、経営理念にふさわしい「オフィスのロケーションの選択」、「インフィル(内装)を含めた不動産としての設えの構築」、「オフィスの愛称の選択」などを各々実践することだ36

「仏作って魂を入れず」では、どんなにクリエイティブオフィスを標榜しても、それはただのハコになってしまう。そうではなく、経営理念とワークスタイル変革という魂を注入したオフィスこそが重要なのだ。前述のApple Parkは、アップルにとってまさにそのような場だ。
 
34 筆者は、「オフィスは、経営トップの戦略意図や経営理念を象徴的に示すものである」との考え方を拙稿「イノベーション促進のためのオフィス戦略」『ニッセイ基礎研REPORT』2011年8月号にて提示した。<
35 筆者は、このような考え方を拙稿「クリエイティブオフィスの時代へ」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2016年3月8日にて提示した。
36 経営理念にふさわしい各々の具体例としては、「オフィスのロケーション」では創業の地、「内装を含めた不動産としての設え」では、上下関係にこだわらないフラットな組織を志向する経営トップが島型対向レイアウトではなく、ひな壇を排したフラットなレイアウトであるユニバーサルプランを選択すること、「オフィスの愛称」では、創業の精神、今後の経営の方向性、オフィスの設計コンセプトなどを連想できるようなもの(例:街をモチーフとした設計デザインであれば、「シティ」という言葉を入れ込む)、などが挙げられる。
2|原理原則(2):働く環境の多様な選択の自由の重要性
(1)働き方改革の本質の追求
メインオフィスの重要性とともに変えてはいけない原理原則は、従業員にその時々のニーズに応じて働く場所や働き方の選択の自由を与えることであり、働き方改革の本質そのものだ。企業が従業員の個々の事情に寄り添って、時間や場所にとらわれない多様で柔軟な働き方をサポートすることは、従業員の満足度や士気・忠誠心を高めるとともに、働きがい・快適性・健康(ウェルネス)・幸福感(ウェルビーイング)を向上させ、活力・意欲・能力・創造性を存分に引き出すことにつながり得るからだ。このことは、生産性向上やイノベーションを生み出す土壌を醸成することになる。

世界最大級の総合不動産サービス会社である米ジョーンズ ラング ラサール(JLL)は、働くスペースやツールの選択の自由が与えられていることを「Empowerment(エンパワーメント)」と呼び、働く場所や働き方により多くの選択肢が与えられている従業員の方が、より高い「Engagement(エンゲージメント:会社との結びつきや愛着)」を示す、と指摘している37

この第二の原理原則についても、海外の先進企業では既に実践されている一方、日本企業では必ずしも徹底されていないのではないだろうか。
図表5 働く場の多様なオプション例
 
37 JLL「ヒューマン・エクスペリエンスがもたらすワークプレイス」(2017年6月22日)より引用。
(2)従業員の多様なニーズに対応できる働きやすい環境の多様な選択肢の提供
従業員の能力や創造性を最大限に引き出すためには、メインオフィスを働く場の中核に据えつつも、個々の多様なニーズに最大限対応できる働きやすい環境の多様な選択肢が従業員に提供され、従業員はその時々のニーズに応じて、その中から働く環境を自由に使い分けられることが重要だ。

そのためにはメインオフィス内にも、従業員同士の交流を促すオープンな環境と集中できる静かな環境といった両極端にある要素を共存させるなど、多様なスペースの設置が求められる(図表5)。社内でデスクを固定しない「フリーアドレス」は、従業員同士の交流を促す施策の1つだが、この場合も、1人で集中して業務に取り組めるスペースを併設するなどの工夫が必要だ。

また平時での在宅勤務は、経営側からの指示ではなく、従業員が多様な働き方の選択肢の1つとしていつでも自由に選択できるようにすべきだ。

一方、メインオフィスと在宅勤務の間に存在するサテライトオフィスやコワーキングスペースなどのサードプレイスオフィスの活用を選択肢に加えることも一考だ。サテライトオフィスは、前述の在宅勤務を補完する郊外型に加え、都市圏や地方に立地する施設の活用も一法だろう(図表5)。特にリゾート地や地方などでは、ICT活用により、休暇取得や研修受講などを兼ねて短中期的に滞在し仕事を行う「ワーケーション」という新しい働き方が一部地域で可能となっており、多様で創造的な働き方の選択肢として一考の価値があるだろう。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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【アフターコロナを見据えた働き方とオフィス戦略の在り方-メインオフィスと働く環境の選択の自由の重要性を「原理原則」に】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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