2020年02月27日

妊婦加算は廃止~すべての患者について紹介先からの情報連携を評価

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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1――妊婦加算とは、どういう制度だったか

1|加算の背景
妊婦の外来受診においては、胎児への影響に注意して薬を選択したり、妊婦にとって頻度の高い合併症や診断が困難な疾患を念頭においた診療が必要とされる。妊婦加算とは、妊婦が外来診療を受ける場合に、妊娠の継続や胎児に配慮した適切な診療を評価するために、2018年4月に新設された診療報酬の項目である。

妊婦加算新設の背景には、産院の減少による産科医の過重労働がある一方で、通常よりも慎重な対応や胎児への配慮が必要であることから、妊婦の診療に積極的でない医療機関が存在するということが指摘されている。その結果、産科医療機関でなくても治療が可能な妊婦まで産科医療機関に紹介され、産科医療機関に負担がかかってしまう。そのため、診療報酬で評価することによって、産科以外の妊婦の診療に積極的に取り組む医療機関を増やそうとするものだ。
2|加算の内容
医療機関を受診したときにかかる初診料や再診料等には、時間外の受診や、特定の医療機関で生活習慣病や認知症の患者に対して服薬を含めた包括的な管理を行う場合等に加算がつく。

患者の属性に係る加算としては、妊婦加算以外に、乳幼児加算(6歳未満)がすでに導入されている。2018年度に新設された妊婦加算は、乳幼児加算と同額で、自己負担率を3割とすると、自己負担は通常、初診が846円、再診が216円のところを、それぞれ1,071円と330円になる。深夜の場合、通常、初診が2,286円、再診が1,476円のところを、それぞれ2,931円と1,986円となる(図表1)。
図表1 一般の人と妊婦の初診料・再診料の違い

2――凍結・廃止の経緯

2――凍結・廃止の経緯

日本の医療保険制度は、保険診療制であり、患者は定められた診療報酬の定率を負担することから、診療報酬が上がれば、原則として患者本人の負担額が上がることになる。普段であれば、市販薬で済ませるところを、妊娠中だから病院で相談しようと考えるとすれば、それは、まさに、普段より充実したサービスを求めていることであり、サービスを受ければ、医療費に反映されるのだ。

ところが、妊婦加算導入後、会計時に妊婦であることがわかって、上乗せされたといった声があったほか、コンタクトレンズを作るために眼科で検査する等、妊娠とは関係がないと思われる診療でも加算され、本来の目的とは遠い形での加算があったことがSNS上で話題となり批判が出た。

また、薬の飲み方は、授乳期も注意が必要なのに、授乳期には加算されないことや、注意が必要なのは同じなのに、お腹が目立つようになるまで、あるいは妊娠中であることを言わない限り、特別なケアも受けられないが加算もされないことから、メリットが伝わりにくかったと思われる。そのため、「診療が面倒なのは、妊婦だけではなく、高齢者や複数の持病を持った人も面倒なはず」といった声があがったものと考えられる。

そういった中、少子化対策に逆行する等の意見が社会問題となり、自民党の厚生労働部会の働きかけのもと、2019年1月からの凍結が決まった。
 
診療報酬は、厚生労働省の諮問機関である中央社会保険医療協議会(以下「中医協」とする。)で決められる。中医協は、支払側(保険者、被保険者の代表)、診療側(医師、歯科医、薬剤師等)、公益委員の三者で構成されており、診療報酬は、三者同意で決定されている。見直しが必要な場合は、中医協が改定の影響を調査・検証したうえで、次の改定のタイミングで修正してきた。しかし、妊婦加算の凍結については、厚生労働部会の議論を受けて厚労大臣が期途中で凍結を発表したもので、異例な形と言える1

凍結当初は、加算要件を厳格化し、改めて国民に周知を行った上で、2020年4月に制度の形や名称を変えて復活するといった話もあった。しかし、2020年2月7日の答申で、妊婦加算やそれに類する加算項目は廃止され、妊婦に限らずすべての患者を対象として、紹介先の医療機関が紹介元の医療機関に治療情報を提供する場合に診療報酬で評価する2ことが決まった。
 
1 今回の「妊婦加算」と似たようなことが、過去にも起きている。2008年度に新設された「後期高齢者診療料」と「後期高齢者終末期相談支援料」である。「後期高齢者診療料」は、高血圧や糖尿病などの慢性疾患を抱える後期高齢者の外来診療においては、担当医(今でいう「かかりつけ医」)を決めて、その担当医が他の診療科の治療スケジュール作成や入院先の紹介など、継続して関わることを評価するために新設されたが、診療報酬が定額であったため、丁寧な診療ができないという医師の声があがった他、年齢による切り分けについて世間からの批判が集まり、2010年に廃止された。「後期高齢者終末期相談支援料」は、終末期における診療方針等について、患者本人や家族、医療従事者が十分話し合いを行うことを促進するものであったが、延命措置の中止を迫られているような気がする等、不安の声が広がったことから3か月で凍結された。
2 診療情報提供料III
 

3――新たな加算では、すべての患者について、紹介元の医療機関に治療情報を提供する場合を評価

3――新たな加算では、すべての患者について、紹介元の医療機関に治療情報を提供する場合を評価

1|「妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会」での議論
2019年2月に厚生労働省に「妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会」が設置され、妊産婦向けの相談や支援体制、医療提供体制、妊婦健診に対する助成など、幅広い視点で現状の確認と今後の体制のあり方が議論された。医療提供体制については、妊産婦が産婦人科医以外の診療科から診察を断られるケースがあること、産婦人科医療機関においては、風邪や花粉症等の妊娠とは関係のうすい一般的な病気や症状について産婦人科以外が診療を行った場合の診療情報の提供が少ないこと、産婦人科以外の医療機関においては、妊産婦の診療に関する研修会が少ないことや処方できる薬剤かどうか等の情報が少ないこと等が議論され(図表2)、産婦人科以外の診療科と産婦人科の医療機関の連携強化が確認された。
図表2 医療提供体制の現状と対応策案
同検討会で行った調査で、妊娠中に妊婦健診以外で産婦人科にかかった理由の半数近くが、妊娠に直接かかわる症状以外の症状によるもので、産婦人科における負担の大きさがわかる結果となった。しかし、熱やせきなどの症状では、産婦人科以外の診療科にかかる妊婦も多かったが、産婦人科以外の診療科にかかった妊婦のうち18%は産婦人科にも受診するよう勧められていたものの、産婦人科以外の診療科で診察を受けた妊婦の88%が産婦人科以外で「気配りが不十分と感じた経験はない」と回答していた。これらのことから、産科医やそれ以外の医療機関で認識されている問題を妊婦や国民は認識していない可能性がある。
2|新たな制度
新たな制度としては、妊婦に限らずすべての患者を対象として、患者本人の同意のもと、紹介先の医療機関が紹介元の医療機関に治療情報を提供する場合に診療報酬で評価することとなった。妊婦のケースを考えると、たとえば、妊娠糖尿病の妊婦を産科医療機関が糖尿病専門医療機関に紹介した場合、紹介元である産科医療機関に治療計画等の情報を提供すると、糖尿病専門医療機関を評価することが想定されている。

これまでの診療報酬体系では、紹介元の医療機関は評価されていたが、紹介先である産科以外の医療機関によるフィードバックも評価することで、産婦人科以外の医療機関の妊婦へのかかわりを強化し、産科医療機関の負担を減らそうとするものである。
 

4――「妊婦加算」議論がもたらしたもの

4――「妊婦加算」議論がもたらしたもの

中医協では、妊婦の外来受診については、丁寧な診療の必要性や診療のむずかしさについて報告されていた。しかし、妊婦加算については、議事録を読む限りは、対象となる疾病の範囲を限定する意見も出ていたが3、その後議論された様子がないまま全診療科で加算が可能な形で決定をしており、導入に至る詳細な経緯はわからなかった。

診療報酬は、多岐項目にわたる技術的な議論であり、専門家同士で行うのはやむを得ないと思われる。ただし、決定された診療報酬は、そのまま患者負担につながるものであるため、国民(患者)が情報を得やすいような形で議論を開示することが必要だろう。

また、今回の妊婦加算の導入から廃止までの過程では、中医協での議論が十分ではなかったのではないか、診察時に患者に対する医師の説明が不足しているのではないか、国民(患者)が医療機関の抱える問題に関心がなさすぎるのではないか、新たな加算の医療機関や国民への周知が十分でなかったのではないか等多くの問題が露呈した。

限りある財源と医療供給体制の中、国民がより安心して医療機関にかかれるよう、現在の診療体制が抱える課題を国民に周知し、議論を深めあっていくことが重要だろう。
 
3 第381回「中央社会保険医療協議会(2017年12月22日)」議事録参照のこと。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

(2020年02月27日「基礎研レター」)

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