2019年12月25日

女性のヘルスリテラシーと疾病不安、不妊症検査・受診の動向

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

文字サイズ

1――はじめに

女性の社会進出とともに、多くの若年女性が月経に関連するトラブル、その他生殖器の疾患等の健康課題を抱えながら就労をしていると言われており、妊娠・出産に影響を与えかねない状況にあることが指摘されている1。こういった女性特有の疾患や症状は、人に相談をしにくいという特性から、インターネット等で情報を収集することが一般的である。その際に、重要となってくるのが、疾病や症状への関心や、インターネット上で正しい情報を収集するためのリテラシーとされる。

また、日本医療政策機構「働く女性の健康増進調査報告書2018」によると、ヘルスリテラシーが高い人は低い人と比べて、自分が望む時期に妊娠・出産をしている他、月経前症候群や更年期障害の時期にも仕事のパフォーマンスを下げないとの報告がなされている。これまで以上に妊娠・出産、月経前症候群、更年期等に対する、企業および社会の理解が重要になってきている。

もちろん、女性自身の意識やリテラシーも重要である。そこで、本稿では、女性のヘルスリテラシーの高低による、女性特有の疾病や妊娠・出産に関連する意識の差をみていきたい。使用したデータは、(株)ニッセイ基礎研究所が2019年に実施した「女性の妊活に関する調査2」の個票データである。
 
1 河田 志帆他「性成熟期女性のヘルスリテラシー尺度の開発 女性労働者を対象とした信頼性・妥当性の検討」日本公衆衛生雑誌2014年 第61巻第4号
2 20~34歳の子どもがいない女性、および20~34歳の娘を持つ45~64歳の母親を対象とするインターネット調査。2019年3月実施。サンプル数はそれぞれ6000、2000サンプル。
 

2――女性のヘルスリテラシーの状況

2――女性のヘルスリテラシーの状況

1|女性のヘルスリテラシーの測定方法
ヘルスリテラシーとは、一般に、「健康や医療に関する情報を入手し、理解し、評価し、活用する力」と説明される。「女性のヘルスリテラシー」という場合は、子宮がんや月経前症候群等の女性特有の病気や症状の他、妊娠や出産を含めたヘルスリテラシーを指す。

本稿では、女性のヘルスリテラシーの測定に、河田らによる性成熟期女性のヘルスリテラシー尺度を使用した3。これは、性成熟期(20~30歳代の妊娠・出産期)にある女性の女性特有の疾患の予防、早期発見と治療を目的として開発されたもので、「女性の健康情報の選択と実践」、「月経セルフケア」、「女性の体に関する知識」、「パートナーとの性相談」の4つの因子からなる。

女性のヘルスリテラシー得点は、図表1の21項目の疾病等に関する知識や行動についての質問項目に対する回答(「あてはまる」、「ややあてはまる」、「あまりあてはまらない」、「あてはまらない」)に対して順に4~1点と配点し、その合計をとする。また、4つの因子それぞれについての合計を、因子別のリテラシー得点とする。
図表1 性成熟期女性のヘルスリテラシー尺度(21項目)
 
3 河田 志帆他「性成熟期女性のヘルスリテラシー尺度の開発 女性労働者を対象とした信頼性・妥当性の検討」日本公衆衛生雑誌2014年 第61巻第4号
図表2 20~34歳女性のヘルスリテラシー得点分布 2|女性のヘルスリテラシー得点の概要
(株)ニッセイ基礎研究所が20~34歳の子どもがいない女性を対象に行った調査において、ヘルスリテラシー得点の分布は図表2のとおりで、平均は全体で54.91(標準偏差15.12)だった。

因子別に平均をみると、「女性の健康情報の選択と実践」は23.02(標準偏差6.88)、「月経セルフケア」は13.48(標準偏差3.90)、「女性の体に関する知識」は13.38(標準偏差4.00)、「パートナーとの性相談」は5.03(標準偏差2.06)だった(図表3)。
図表3 属性別女性のヘルスリテラシー(因子別)の平均
年齢別にみると、「女性の健康情報の選択と実践」「月経セルフケア」「女性の体に関する知識」は、年齢では20歳代後半以降で高く、「パートナーとの性相談」では年齢による大きな差はなかった。ライフステージ別にみると、概ね、既婚者と結婚を意識する交際相手がいる女性が高く、次いで友人/恋人として交際相手あり、婚約中の順に高く、離死別、交際相手なしで低い傾向があった4。また、理想とするライフコースでは、概ね、両立(結婚し、子どもを持つが、仕事もする)、再就職(結婚し、子どもを持つが、結婚あるいは出産の機会にいったん退職し、子育て後に再び仕事を持つ)で高く、次いでDINKS(結婚するが子どもは持たず、仕事をする)の順に高く、結婚・出産退職(結婚し、子どもを持ち、結婚あるいは出産の機会に退職し、その後は仕事を持たない)やシングルで低い傾向があった。

参考のため、同年代の娘をもつ母親世代5のヘルスリテラシーをみると、平均55.08(標準偏差13.85)だった。因子別に娘世代と比較すると、「女性の健康情報の選択と実践」「女性の体に関する知識」で母親世代が高かったことから、年齢を重ねたり、出産・子育て経験を経ることで、これらの得点が上がると考えられる。一方、「月経セルフケア」「パートナーとの性相談」では娘世代の方が高かった。「月経セルフケア」で、特に娘世代と大きな差があるが、これは母親世代の年齢は60歳代まで含み、閉経を迎えていることが考えられ、娘世代と単純には比較できない。

20~34歳の女性のヘルスリテラシーは、子どもを持つことをライフコースの中でイメージしている人と、既婚者や未婚でも結婚を意識する交際相手がいる等子どもを持つことをイメージしやすいと思われるライフステージの人で高く、子どもを持つ意向と関係していると思われる。ヘルスリテラシーが高い女性で、人生設計が積極的に行われ、その結果、子どもを持つ意識が高くなっている可能性もあるが、反対に、子どもを持つことがより具体的にイメージできる人で、自分の身体に対する関心が高まり、ヘルスリテラシーが高くなっている可能性もある。
 
4 今回の分析で、「婚約中」の女性は、「結婚を意識する交際相手あり」や「友人/恋人として交際相手あり」よりヘルスリテラシーが低い傾向があった。この理由は今回の調査項目からはわからなかった。結婚直前になって、改めて自分の健康や関連する知識に不安を感じ始めたのかもしれない。
5 20~34歳の娘を持つ女性を対象とした。母親世代の年齢は45~64歳だった。
 

3――ヘルスリテラシーと疾病に対する不安

3――ヘルスリテラシーと疾病に対する不安~女性のヘルスリテラシーが高い人は、特に女性特有の疾病を身近に感じている

女性のヘルスリテラシーが高いと、あらゆる疾病へ関心が高い可能性がある。そこで、女性特有の病気を含む一般的な病気13個と、「この中に身近に感じる病気はない」を加えた計14個の選択肢の中から、身近に感じる順に最大3つまで回答してもらい、それぞれの疾病について身近に感じるかを目的変数、女性のヘルスリテラシーを説明変数として線形確率モデルを使って分析をした。年齢、ライフステージ、理想とするライフコース、職業、および、現在、健康について抱えている悩みや不安24項目6を調整変数として投入した。

その結果、ヘルスリテラシーが高いと「この中に身近に感じる病気はない」が低く、疾病を身近に感じていることがわかった。病名別にみると、女性のヘルスリテラシーとプラスの関係があったのは、乳がん、子宮がん(子宮頸がん)、メンタルヘルス不調、子宮内膜症、子宮筋腫、卵巣のう腫、不妊症7/不育症8で、相対的に女性特有の疾患に多かった。脳血管疾患と心疾患もやや関連があった。胃がん、大腸がん、肺がん、糖尿病は、女性のヘルスリテラシーの高さとの関係は見られなかった(図表4)。
図表4 身近に感じるかどうかについての分析結果(女性のヘルスリテラシー得点に係る標準化係数)
 
6 疾病を身近に感じているかどうかは、現在の健康に関する不安や悩みといった自覚症状の有無の影響があると考えられる。本調査では、現在の不安や悩みとして、頭痛や腰痛、ストレス、疲労等の他、生理前や生理中の不調、性交痛、更年期障害、および「その他」を含む23項目から複数回答で尋ねている。
7 妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、一定期間妊娠しないことと定義される。日本産婦人科学会では、この「一定期間」を「1年が一般的である」としている。
8 厚生労働省にの「反復・習慣流産(いわゆる「不育症」)の相談対応マニュアル 平成24年3月」では、妊娠はするけれど2回以上の流産・死産もしくは生後1週間以内に死亡する早期新生児死亡によって児が得られない場合という定義を紹介している。
 

4――ヘルスリテラシーと不妊症等検査・受診状況

4――ヘルスリテラシーと不妊症等検査・受診状況~身近で、かつヘルスリテラシーが高い場合に検査や受診

図表5 過去に不妊について、不安を感じたり受診したことがあるか 既婚者について、過去に不妊について不安を感じたことがある(「受診したことがある」「検査したことがある」「受診には至っていない」)女性は、全既婚者の60.2%だった。ただし、医療機関で検査・治療経験がある(「受診したことがある」「検査したことがある」)女性は、26.0%で、不安に思っても受診に至っていない人が多かった(図表5)。
図表6 検査・治療経験有についての分析結果 過去に不妊について不安を感じたことがある人を対象に、医療機関での検査・治療経験9を年齢や理想のライフコースの影響を調整したうえで線形確率モデルで分析したところ、不妊症/不育症を身近に感じていて、かつ、女性のヘルスリテラシーが高いほど、治療を目的とする受診や検査を行っていた(図表6)。

このことから、どちらか一方でも欠けていると受診が遠のいている可能性がある。
 
9 「治療を目的として受診したことがある」「過去に子どもができないのではないかと心配して、検査したことがある」の2つを医療機関での検査・治療経験有とした。
 

5――おわりに

5――おわりに

以上のとおり、20~34歳の女性のヘルスリテラシーは、ライフコースの中で子どもを持つことを理想としている人と、既婚者や結婚を意識する交際相手がいる未婚者等の子どもを持つことをイメージしやすいと思われるライフステージの人で高く、子どもを持つ意向と関係しているようだった。ヘルスリテラシーが高い女性で、人生設計が積極的に行われ、その結果、子どもを持つ意識が高くなっている可能性もあるが、反対に、子どもを持つことを具体的にイメージすることで、自分の身体に対する関心が高まり、ヘルスリテラシーが高くなっている可能性もあると考えられる。

女性のヘルスリテラシーが高い人で、疾病全般、特に、女性特有の疾病を身近に感じていた。また、今回は、子どもがいない人を調査対象としており、子どもがいない既婚者の6割以上が過去に不妊について不安に感じた経験を持っていた。ただし、心配したことがあっても受診には至っていない人が多く、心配したことがある人に限って分析すると、不妊症や不育症を身近に感じていて、かつ女性のヘルスリテラシーが高い人で医療機関での検査・治療経験が高かった。このどちらかが欠けていても検査や受診が遠のいている可能性があった。

今回、身近に感じるかと女性のヘルスリテラシーとの相関を示した子宮内膜症、子宮筋腫、卵巣のう腫は、妊娠を妨げる要因となり得るだけでなく、出産意向がない人にとっても、場合によっては治療を必要とする疾病や症状である。ヘルスリテラシーの不足によって疾患に気付くのが遅れたり、気付いたとしても医療機関の受診が遠のくことがあるとすれば、ヘルスリテラシーを向上させることはとても大切なものとなってくる。

近年、女性特有の疾患や不妊症等の体験談をはじめ、疾病に関する話題がインターネットや雑誌等にあふれている。これらは、様々な疾病や症状を身近に感じるきっかけになると思われるが、ヘルスリテラシーが不足している場合は、そういった多くの情報に関心が持てなかったり、正しい情報を選べない可能性がある。ライフコースやライフステージ、リテラシーに関係なく誰もが、女性のヘルスリテラシーを向上させるような情報を得られる環境が必要だろう。
 
結婚後も継続して就労する女性は増えており、妊娠・出産期や、更年期等、これまであまり企業で対策の関心を持てていなかった年代の働く女性が増えている。働く女性の多くが結婚や出産と同時に退職をしてきた日本において、出産前から高齢期にかけて、女性が継続して就労するためのノウハウが蓄積された状態とは言えない。たとえば、職場や自治体における健康診断は、生活習慣病とがんの早期発見を主な目的としており、今回扱った女性特有の疾患については検査する機会はない。一方で、前出の「働く女性の健康増進調査報告書2018」によれば、会社の健康診断時の勧めが、定期的に婦人科・産婦人科を受診するきっかけとなっている女性も多い。今後、効果的な受診推奨や情報提供が行われることを期待したい。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

(2019年12月25日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【女性のヘルスリテラシーと疾病不安、不妊症検査・受診の動向】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

女性のヘルスリテラシーと疾病不安、不妊症検査・受診の動向のレポート Topへ