2025年03月28日

韓国における最低賃金制度の変遷と最近の議論について

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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2.韓国における最低賃金の決定過程
韓国の最低賃金が日本と異なる大きな特徴は、産業や地域を問わず全国一律の最低賃金が適用されていることだ。韓国は最低賃金の決定方式として「賃金審議会方式」を採用している。韓国における最低賃金は雇用労働部傘下の「最低賃金委員会」(労働者委員、使用者委員、公益委員それぞれ9人で構成される。委員の任期は3年で再任可能、以下、委員会)という審議機関で毎年決定され(最低賃金法第12 条)、雇用労働部長官が告示をすることにより効力が発生する。しかし、1988年から行われた最低賃金委員会で政労使の合意(労使合意案に公益委員側が賛成したケース2回と公益委員側提示案に労使側が賛成したケース2回を含めて)により最低賃金が決定されたのは過去7回に過ぎない(図表2)。
 
図表2 韓国における労使の最低賃金の提示状況等
図表2 韓国における労使の最低賃金の提示状況等(続き)
委員会の労働者側委員と使用者側委員は、雇用労働部長官の推薦により大統領が委嘱するが、労働者側委員と使用者側委員はそれぞれ全国規模の労働者団体(ナショナルセンター)と使用者団体より推薦された人の中から選ばれる。過去にナショナルセンターが一つしかなかった時代には、「韓国労総9」が労働者側委員を独占し、使用者側委員は経済5団体10で選ばれたため、代表性に問題があるという指摘があった。そこで、使用者側は代表性を強化するため、2015年からは中小企業代表を使用者側委員として参加させている。労働者側委員は2000年から「民主労総11」が参加し、現在は最低賃金と関連性の高い他の団体も参加している12

韓国の最低賃金委員会が公表している韓国における最低賃金の決定過程は次の通りである(図表3)。
図表3 韓国における最低賃金の決定過程
(1) 雇用労働部長官は毎年3月31日までに委員会に次の年の最低賃金について審議を要請する。

(2) 最低賃金委員会の委員長は審議要請について全員会議で報告・上程する。

(3) 委員会では審議基礎資料について分析を行い,現場の意見を聴取する。

(4) 最低賃金委員会に設けられている専門委員会では労使が提示した生計費算出案と賃金水準案について審査を行う。

(5) 全員会議で最低賃金案を審議・議決を行う。

(6) 審議要請を受けた日から90日以内に雇用労働部長官に最低賃金案を提出する。

(7) 雇用労働部長官は提出された最低賃金案を遅滞なく告示する。但し、委員会が提出した最低賃金案に基づいて最低賃金を決定することが困難であると認められた場合、又は最低賃金法の第9条により労働者を代表する者又は使用者を代表する者が最低賃金案が告示された日から10日以内に長官に異議を申し立て、その理由が認められる場合、雇用労働部長官は20日以内にその理由を明らかにし、委員会に10日以上の期間を定めて再審議を要請することができる。再審議の要請を受けた委員会は、期間内に再審議を行い、その結果を雇用労働部長官に提出する必要がある。

(8) 雇用労働部長官は、委員会が在籍委員の過半数の出席及び出席委員の3分の2以上の賛成によって最低賃金案を採択した場合は、最低賃金を決めて8月5日までに告示をしなければならない。告示した賃金は次の年の1月1日から効力が発生する。

使用者は、告示された当該年度に適用する最低賃金に関する事項を所属労働者に周知する義務があり、これに違反した場合には100万ウォン以下の過料が課せられる。また、使用者が最低賃金を違反した場合には、3年以下の懲役又は2000万ウォン以下の罰金に処せられるか、この二つを併科することができる。
 
 
9 韓国労働組合総連盟の略称で1960年に設立されたナショナルセンターである。保守政党を主に支持してきたが、民主化以降は民主党を支持することが多くなった。
10 韓国経済人協会・韓国貿易協会・韓国経営者総協会・大韓商工会議所・中小企業中央会。
11 全国民主労働組合総連盟の略称で1995年に設立されたナショナルセンターである。戦闘的労働組合として知られている。
12 イム・ムソン(2021)pp.152~153を参照。

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(2025年03月28日「基礎研レポート」)

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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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