コラム
2024年12月19日

韓国における最近の最低賃金に関する議論について-最低賃金の地域・業種別差別化の提案に対して労使間に隔たり-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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最低賃金を決定する韓国の最低賃金委員会は、今年7月12日に2025年度(1月~12月)の最低賃金を2024年度の9,860ウォンから1.7%引き上げ、1万30ウォン(約1,113円、1ウォン=約0.11円)に決定したと発表した(8月5日に雇用労働部が最終発表)。韓国の最低賃金が1万ウォンを超えるのは、1988年の最低賃金制度導入以来初めてのこととなる。しかしながら、使用者側と労働者側の双方が、来年度の最低賃金の決定結果に対して不満を示した。

韓国経済人協会は、7月12日に発表した「2025年度最低賃金決定に対する立場」で、次のように述べた。「多くの自営業者が経営難に直面し、来年の最低賃金の凍結または引き下げを望んでいるにもかかわらず、2025年の最低賃金が1.7%引き上げられ、1万30ウォンに決定されたことについて残念に思う。(中略)今後、最低賃金の合理的な決定のためにも、使用者の支払能力や生産性を優先的に考慮し、業種別最低賃金の適用など現実を反映した制度改善案が早急に実現されることを期待する。」

一方、韓国労働組合総連合会は、最低賃金決定直後に次のように述べた。「限られた条件の中で決定された時給であり、残念な結果である。(中略)公益委員は、労働界が最低賃金決定基準に基づき提案した労働者の生計費などを無視し、労使間の格差が縮小している状況にもかかわらず、無理やり結論を出そうとした。韓国労働組合総連合会は、低賃金労働者の賃金引き上げのための苦渋の選択として投票に参加した。」さらに、全国民主労働組合総連盟は、ホームページに公開した声明で次のように強調した。「最低賃金制度が形骸化せざるを得ない現在の決定構造が最大の問題である。労使が攻防を繰り広げ、最終的に公益委員が『政府の意志』を実現する現在の最低賃金委員会の議論構造では、現実的に意味のある最低賃金を決定することは不可能である。(中略)民主労総は、現行の最低賃金委員会の決定構造では、低賃金労働者の生活安定という最低賃金制度本来の趣旨を達成できないことを、今回の最低賃金委員会会議の過程で再度確認した。民主労総は、最低賃金決定構造をより現実的かつ合理的に変えるための制度改善闘争に直ちに突入する。これ以上、低賃金労働者の生活を政府の意向に沿って急いで決定する公益委員に任せることはできない。」と現行の最低賃金委員会の決定構造を強く批判した。

さらに、最近、韓国では使用者側と与党「国民の力」の一部の議員を中心に、最低賃金を差別化する必要があるという主張が広がりつつある。2024年7月2日に開かれた最低賃金委員会で使用者側のリュ・ギジョン委員(韓国経営者総協会専務理事)は「宿泊・飲食業の未満率は37.3%に達するとともに、フルタイム労働者の賃金中央値に占める最低賃金額の割合は87.8%で高い。製造業に比べて21%に過ぎない1人当たりの付加価値水準などを考慮すると、最低賃金受容能力が最も劣悪な業種である。(中略)現実的な可能性を考慮し、宿泊・飲食業全体ではなく、零細自営業者が多い飲食店(韓国食堂、分食レストランなど)、チェーン化されたコンビニエンスストア、タクシー運送業食のみ最低賃金を差別適用しよう」と提案した。

また、小商工人連合会は、同日開かれた記者会見で、最低賃金水準が小商工人の支払能力を越えたと主張しながら、「労働強度や労働生産性、使用者の支払い能力などを考慮し、経営状況が劣悪な業種に対しては試験的にでも最低賃金の差別適用を実施しよう」と要求した。

このような主張に対して、労働者側は低賃金業種というスティグマ効果の発生、統計データ不足などを理由に業種別差別に反対した。投票の結果、賛成11票、反対15票、無効1票で使用者側が提案した議案は否決された。

一方、与党「国民の力」のナ・ギョンウォン議員は8月21日に国会議員会館で行われた「外国人労働者の最低賃金区分適用セミナー」で「少子高齢化、労働力不足の深刻化により、外国人労働者の拡大はもはや選択ではなく、必須の時代になった。しかし、現場では高い最低賃金で零細自営業者・小商工人、中小企業、農民の苦労が大きくなっている。(中略)外国人労働者は収益の80%は本国に送金している。労働者1人の生計費は国内生計費を基準にしなければならないが、彼らが送金して使われる家族の生計費は韓国の生計費基準と同じと見ることはできない」と指摘した。

ナ・ギョンウォン議員の発言に対して、チョン・ホイル全国民主労働組合総連盟代表は「最低賃金は、労働者の基本的な生存権を保障するために法的に強制した制度で、最低賃金に対する差別は人間に対する差別である。最低賃金を差別適用することは低賃金労働者の賃金を引き下げ、労働者全体の賃金が下落する結果を招く」と批判した。

韓国における最低賃金の差別化に関する議論は、最近、最低賃金を一元化しようとする日本とは反対の動きである。最低賃金の差別適用については既に導入している日本、ドイツ、オーストラリアなどの事例を参考により慎重に検討すべきである。ドイツとオーストラリアは、業種別の最低賃金が法定または国の最低賃金より高く設定されており、日本は各都道府県内の特定の産業の労働者に適用 · 地域別と産業別の両方の最低賃金が同時に適用される場合には、高い方の最低賃金以上の賃金を払うことになっている。

政権により政策の優先度が大きく変わり、与党と野党の間で、そして使用者側と労働者側の間で意見が大きく分かれている韓国において最低賃金がどのように変わっていくのか今後の動きに注目したいところだ。

(2024年12月19日「研究員の眼」)

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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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