2022年08月22日

決済手段の選択が「粋(いき)な計らい」になる日-2021年の日本のキャッシュレス化の進展状況の振り返りと今後の注目点について

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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1――キャッシュレス決済比率は33%に

政府は2025年の大阪万博までにキャッシュレス決済比率1を40%とするKPI(重要業績評価目標)を掲げている。2021年のキャッシュレス決済比率は、分子のキャッシュレス決済額が前年比で約10.6%増加、分母の民間最終消費支出が1.1%増加して32.5%に達した(図表1)。
図表1:キャッシュレス決済比率の推移
キャッシュレス決済比率は決済額を民間最終消費支出で除して測られる指標である。キャッシュレス決済比率は指数関数的に増加しており、この3年間で2.8%(年率)の上昇となっている。このペースで指数関数的にキャッシュレス決済比率が上昇していくことができれば、2025年に40%のKPIの達成がみえてくる。

このキャッシュレス決済比率の指数関数的な伸び2をこれまで牽引しているのがクレジットカードである。日本クレジット協会によると、2021年のクレジットカードの決済額は81兆円で前年よりも8.8%、実額で6.6兆円増えている。2021年の民間最終消費支出に対するクレジットカードの決済額の比率は27.8%となっており、キャッシュレス決済額全体の85%を占めている。経済産業省の特定サービス産業動態統計調査(クレジットカード業)の月次データを確認すると、クレジットカード決済額が中長期で指数関数的に増加してきたことが分かる(図表2)。新型コロナウイルス感染症の拡大により、緊急事態宣言が発出されるなど外出自粛が呼びかけられた際に変動費を中心に各種支出が落ち込み、一時的に決済額は伸び悩んだが、2021年以降は指数関数的な伸び率に回復している。
図表2:クレジットカードによる決済額の推移(兆円:月次)
次に電子マネーの利用状況について確認する。2021年の決済額はほぼ横ばいの6兆円だった。2021年の民間最終消費支出に対する電子マネーの決済額の割合は2.1%となっている。電子マネーはチャージの上限額が数万円程度のサービスが多く、少額決済での利用が中心になっている。電子マネーによる決済額はこれまで直線的に増加してきており、新型コロナウイルス感染症の拡大の最中でも上昇傾向を維持してきたが、徐々に頭打ちになってきている(図表3)。この背景としては、同じく少額決済で使用されるQRコード決済(ただし、クレジットカード・デビットカードからの紐づけ利用・チャージ分を除く、以降、本稿の「QRコード決済」はこれらを差し引いた決済額を指す)との競争が激化してきていること、国際ブランドのクレジットカードでも電子マネーと同様のタッチ決済が主流になりつつあること、新型コロナウイル感染症拡大による外種自粛等で電子マネー決済が多い交通機関の利用が控えられたこと、カード型電子マネーについてはチャージに手間がかかること、などがあげられるだろう。ただし、チャージの手間については、モバイルチャージなどの活用によって解決されつつある。例えば、2021年よりこれまでカード型電子マネーの形態でサービス提供されてきたWAONやnanacoにおいて、クレジットカードに紐づけすれば、スマートフォンのアプリを活用したチャージだけではなく、オートチャージにも対応できるようになった。このような効率化によって、電子マネーの決済額が再び増加傾向を取り戻すのか推移を見守りたい。
図表3:電子マネーによる決済額の推移(兆円:月次)
デビットカードも徐々に利用額が伸びている。デビットカードは銀行口座にある預金額の範囲内でのみ決済できるサービスのため、節約志向の強い消費者や学生などの与信額が大きくない消費者が利用しているものと見られる。また、新型コロナウイルス感染症拡大に伴ってATMを利用する消費者が減っており、現金決済の代替としてデビットカードを活用している人も増えているものと見られる。しかし、民間最終消費支出に対する決済額の割合でみると、0.9%程度の利用にとどまっている。

QRコード決済は、2021年の決済額は5.3兆円で、昨年より1.1兆円増加している。民間最終消費支出に対する決済額の割合は約1.8%に達した。QRコード決済がキャッシュレス決済比率のKPIに含まれたのは2018年からだが、約4年間で電子マネーの決済額と同等の水準にまで規模が拡大したことになる。QRコード決済の決済額は決済事業者による大規模なポイント還元キャンペーンが実施されると一時的に決済単価が上がるものの、そうでない場合は店舗利用件数とおおよそ連動しており決済単価が伸びてないのが課題と言える(図表4、図表5)。今後、消費者向けの大規模な還元キャンペーンに頼らず、また、加盟店向けの安価な手数料設定が終了(後述)しても、QRコードの決済額が拡大していくのかどうかが注目される。
図表4:QRコード決済の決済額(左軸:兆円)と店舗利用件数(右軸:千件)の推移(月次)
図表5:QRコード決済の決済単価(円)の推移(クレジットカードとデビットカードの紐づけ利用分を含む)
図表6は2019年第1四半期から2022年第1四半期までのクレジットカード、電子マネー、デビットカード、QRコード決済、民間最終消費支出の伸び率(前年同期比)の推移をまとめたものである。先述したように、新型コロナウイルス感染症拡大に伴って、QRコード決済の決済額伸び率が年率65%と驚異的なペースで拡大している。デビットカードも20%前後の伸び率を維持している。クレジットカードの決済額の伸び率は2020年第2四半期に一時的にマイナスに落ち込んだが、2021年第2四半期以降は伸び率が回復している。これらの決済手段は決済額の規模が拡大しているものの、電子マネーの決済額の伸び率はゼロ%近辺にある。2019年の消費増税による駆け込み需要や2020年3月以降の新型コロナウイルス感染症拡大の影響があり、消費活性化の効果を測るのは難しいが、民間最終消費支出の伸び率は向上しておらず、キャッシュレス化の進展が民間最終消費支出の増加に必ずしもつながってないようにみえる。経済活動が徐々に再開されるにつれて、キャッシュレス化の進展が経済成長につながっているのかについても合わせてモニタリングしていく必要があるものと考えている。
図表6:各キャッシュレス決済手段と民間最終消費支出の伸び率の推移(前年同期比)
 
1 クレジットカード、デビットカード、電子マネー、QRコード*(ただし、クレジットカード・デビットカードからの紐づけ利用・チャージ分を除く)による決済額を民間最終消費支出で除したものである。
 *「QRコード」は株式会社デンソーウェーブの登録商標です。
2 「指数関数的な伸び」は、増加幅が徐々に拡大する特徴を持つ。
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

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