2022年05月27日

2022年度診療報酬改定を読み解く(下)-医療機能分化、急性期の重点化など提供体制改革を中心に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~医療提供体制改革の改定項目はどうなったのか~

2022年4月から新しい診療報酬体系がスタートした。医療サービスの対価として医療機関に支払われる診療報酬本体は2年に1回の頻度で見直されており、今回の改定では新型コロナウイルスへの対応を踏まえて、新興感染症対策に取り組む診療所への加算など数多くの改定項目が盛り込まれた。

本レポートでは2回シリーズで、改定の狙いや背景、今後の展望などを考察する。今回の(下)では、病床機能分化や在宅医療の充実などを目指す医療提供体制に関する改定項目を中心に、その意味合いや目的などを考察する。

具体的には、高度急性期に対して高い加算(ボ-ナス)が付いた点とか、患者の在宅復帰などを支援する「地域包括ケア病棟」の報酬体系が大幅に見直された点など、医療提供体制改革に関して、一部で思い切った改定が見られたことを概観する。

さらに、その背景として、新型コロナウイルスが日本の医療提供体制の論点を浮き彫りにした点、昨年末の財務、厚生労働両相が交わした合意文の影響などを指摘し、医療提供体制改革を診療報酬で誘導する傾向が浮き彫りになった点など今後の方向性を考察する。

2――提供体制改革の論点

2――提供体制改革の論点

1|同時並行で進む様々な医療提供体制改革
診療報酬改定の内容は細かく、膨大であり、いきなり個別改定の加算(ボーナス)の点数や要件から入っても、その細かさにウンザリするだけである。しかも、医療提供体制に関して、人口比で世界一となっている病床数の削減や在宅医療の充実、外来機能の分化、医師偏在の是正1、医師の働き方改革、薬剤師・薬局の改革2など、現在は様々な改革が同時並行で進んでおり、その全体像を踏まえないと、「木を見て森を見ず」の結果になりかねない。

そこで、2022年度診療報酬改定に関係する部分を中心に、医療提供体制改革の全体像を最初に把握することにする。具体的には、(1)地域医療構想、(2)外来機能分化、(3)医師の働き方改革――の3つを述べる。
 
1 医師偏在是正の論点に関しては、2020年2月17日拙稿「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か」(全2回、リンク先は上)を参照。
2 薬剤師・薬局の業務見直しに関しては、2021年10月15日拙稿「かかりつけ薬剤師・薬局はどこまで医療現場を変えるか」を参照。
2|地域医療構想の狙い
まず、医療提供体制改革で重視されている「地域医療構想」から論じる3。これは人口的なボリュームの大きい「団塊世代」が75歳以上となる2025年を目指し、病床削減や在宅医療の充実などを目指す改革であり、各都道府県が2017年3月までに地域医療構想を策定した。

その際には一定の数式の下で2025年時点の病床数を推計。さらに「病床機能報告」という制度を通じて、各医療機関が都道府県に対して報告する病床数の現状と比較し、2025年時点のベッド数がどれだけ余剰または不足するかどうか試算した。

さらに、病床の機能については、難しい手術に対応する「高度急性期」「急性期」、リハビリテーションなどを実施する「回復期」、高齢者に長期療養の場を提供する「慢性期」に区分。それぞれの病床機能における将来の病床数に関しても、2次医療圏をベースとした「構想区域」ごとに推計した。

全都道府県の地域医療構想に盛り込まれた病床数のデータを集計した結果は表1の通りである。このデータから言えることは「将来余剰となる高度急性期、急性期を削減」「将来不足する回復期を充実」「将来余剰となる慢性期を削減」「その受け皿として在宅医療が必要」という将来の方向性である。その簡単なイメージと必要な対応は図1の通りである。
表1:地域医療構想に盛り込まれた病床数
図1:地域医療構想で目指す提供体制改革のイメージ
つまり、急性期病床数の削減と病院再編・統廃合、回復期や在宅医療の拡充、急性期と回復期の連携、回復期と在宅医療の連携、医療・介護連携などを同時に進める必要がある。その際には薄く広く点在する急性期病院の再編・統廃合も視野に入る。

しかし、日本は民間中心の医療提供体制であり、国や都道府県は病床削減などをダイレクトに命令できない。このため、地域の医療機関経営者や医師会、市町村などの関係者で構成する「地域医療構想調整会議」(以下、調整会議)を構想区域ごとに組織し、都道府県を中心とした調整会議による合意形成と自主的な対応が重視されている。

こうした病床機能再編、高度急性期・急性期病床の重点化、在宅復帰支援などを担う「地域包括ケア病棟」の役割明確化、在宅医療の充実などは2022年度診療報酬改定の重点項目の一つとなった。
 
3 地域医療構想については、2017年11~12月の拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2020年5月15日「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。
3|外来機能分化
第2に、外来機能の分化である、日本の医療制度では、患者が自由に医療機関を選べる「フリーアクセス」が採用されており、難しい手術や検査・治療に対応するため、高度な機器や専門人材を配置している大病院でさえ外来機能を担っている。

だが、これは非効率的な仕組みと言わざるを得ず、日常的な病気やケガは診療所や中小病院で、難しい手術や治療は大病院で担う役割分担を果たすことが望ましい。具体的には、紹介状や中小病院が必要に応じて紹介、逆に手術や検査が終わった後に大病院から中小病院、診療所に逆紹介する流れが求められる。

このため、政府は2016年度診療報酬改定で、紹介状なしで大病院に行った患者に対し、追加負担を徴収する仕組みを導入。2018年度改定、2020年度改定では、対象となる病院を少しずつ広げて来た。

さらに2021年通常国会で成立した改正医療法では「外来機能報告制度」が制度化され、2022年度からスタートした。この仕組みでは、各医療機関が担っている外来機能を各都道府県に報告させ、その現状をベースに地域で外来機能の分化を議論することが目指されており、現状の可視化と合意形成に力点を置いている点では「地域医療構想の外来版」と言える。最終的には、都道府県を中心とした調整会議における合意形成と自主的な対応を通じて、紹介された患者を中心に受け入れる「紹介受診重点医療機関」を各地域で明確にすることが目指されている。

一方、この関係では日常的な病気・ケガへの対応や健康相談などを受け付ける「かかりつけ医」機能の強化も論点となっている。外来機能分化のイメージは図2の通りであり、こちらも2022年度診療報酬改定でポイントの一つに位置付けられた。
図2:外来機能分化のイメージ
4|医師の働き方改革
第3に、医師の働き改革である4。この改革では、医師の残業時間を960時間、さらに地域医療の体制確保や研修医の技能向上などで必要な場合には1,860時間まで許容することになっており、2024年4月の本格施行が予定されている。

今後、各医療機関は医師の勤務時間削減とか、勤務環境の改善、健康管理措置の実施、業務の一部を多職種に移譲する「タスクシフト」の推進などを迫られる。さらに、それぞれの医療機関における見直しにとどまらず、例えば医師の超過勤務で維持されている医療機能の見直しとか、医療機関の集約化・連携強化など地域全体の医療提供体制も影響を受ける可能性がある。

このため、日本医師会(日医)は「働き方改革を拙速に進めると全国で医師の争奪戦が起こりかねない」として週1回を限度とする宿直基準の緩和を求めている5ほか、2022年度診療報酬改定に際しては、「もっと大胆に財源を投入して診療報酬上で働き方改革を進める手当てをすることが必要」という声も出ていた6

こうした状況の下、医師の働き方改革に関する財源措置として、消費税収を活用した補助金である「地域医療介護総合確保基金」で既に一定の予算額が確保されているほか、2020年度診療報酬改定でも最大の論点になった7経緯があり、同じく2022年度診療報酬改定でも一つの焦点となった。
 
4 医師の働き方改革については、2021年6月22日拙稿「医師の働き方改革は医療制度にどんな影響を与えるか」を参照。
5 2021年12月15日の記者会見における日医常任理事の松本吉郎氏の発言。2021年12月15日『m3.com』配信記事を参照。
6 日医常任理事の城守国斗氏に対するインタビューでの発言。2021年9月14日『m3.com』配信記事を参照。
7 2020年度診療報酬改定に関しては、2020年4月24日拙稿「2020年度診療報酬改定を読み解く」を参照。

3――新型コロナウイルスの影響

3――新型コロナウイルスの影響

1|コロナ対応と医療提供体制改革の関係
これらの改革の多くは新型コロナウイルスの影響を受けており、中でも地域医療構想に関しては、病床削減の要素を持っているため、病床を確保しなければならないコロナ対応と真逆と受け止められている感がある。実際、多くの医療機関が陽性者の受け入れなどを余儀なくされている中、地域医療構想に関する国・地方の協議は停滞している。

さらに、コロナ禍の患者の受診控えで医療機関は収入減に直面している一方、コロナ対策の診療報酬の各種加算が創設されているため、医療機関の経営はコロナの影響を大きく受けている。このため、日医は診療報酬改定に際して実施される医療機関の経営調査を通じても、「2020年度改定と新型コロナの影響を峻別して医療機関の経営実態を把握することは極めて難しい」として、「大幅な改定は絶対にやってはいけません」との見解を示していた8

しかし、日本の医療提供体制の課題はコロナ対応で一層、明確になった面がある。一例を挙げると、重度化した患者が回復した後、軽症者や一般病床、宿泊療養などに転院を調整できれば、病床の回転率が向上することになり、多くの患者を受け入れることが可能になるが、必ずしも転院調整は捗らず、患者の「目詰まり」が発生した。さらに、急性期病床を標榜しているのに、規模が小さいために陽性者と非陽性者を分けられないゾーニングの問題などで、コロナ患者を受け入れない中小病院の存在もクローズアップされた。

こうした新型コロナウイルスへの対応と、平時の医療提供体制改革の共通点に関しては、多かれ少なかれ、筆者を含めて多くの関係者に共有9されており、新型コロナウイルスへの対応が医療提供体制改革を加速させる方向に働いた。

実際、厚生労働省の幹部は2022年度改定の意義について、「(筆者注:コロナで)浮き彫りになった医療提供体制の課題へ対応が重要なポイントになった」と総括している10

その結果、大幅な改定を望んでいなかった診療側の期待に反し、一部で思い切った点数が付いた。実際、診療側の関係者や医療機関経営者からは「入院医療を中心として、かなり大幅な改定が行われた。(略)大変遺憾」11、「我々の要望はかなわず、医療機関経営に大きな影響をもたらすであろう見直しが多数の項目にわたって盛り込まれた」12、「現に実施されている医療政策の方向に医療機関を向かわせるための誘導型診療報酬改定になっている」13との声が出ている。

では、実際の改定プロセスで何がターニングポイントになったのだろうか。診療報酬改定のプロセスを振り返ると、2022年度予算編成の決着時に交わされた財務、厚生労働両相の合意文が影響していると考えられる。以下、合意文の内容や影響などを探ることにする。
 
8 日医常任理事の城守氏に対するインタビューでの発言。2021年8月31日『m3.com』配信記事を参照。
9 2021年10月26日拙稿「なぜ世界一の病床大国で医療が逼迫するのか」を参照。
10 厚生労働省保険局医療課長の井内努氏に対するインタビューでの発言。『日経ヘルスケア』2022年4月号を参照。
11 日医常任理事の城守氏に対するインタビューでの発言。2022年3月2日『m3.com』配信記事を参照。
12 全日本病院協会長の猪口氏に対するインタビューでの発言。2022年3月29日『日経メディカル』配信記事を参照。
13 2022年2月9日記者会見における日本病院会長の相澤孝夫氏の発言。2022年2月10日『m3.配信記事』を参照。
2|診療報酬改定の決着で交わされた合意文の影
(上)で述べた通り、2022年度診療報酬改定の決着に際しては、医療機関向け本体のプラス改定を望む日医や自民党と、「医療提供体制改革なくして診療報酬改定なし」というスタンスでマイナス改定を強く求める財務省の意見対立が起きた。

財務省のスタンスは昨年12月に示された財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の建議にほぼ凝縮されており、新型コロナウイルスへの対応で病床が逼迫した遠因として、(1)病院数・病床数の多さに比して医療従事者が少なく手薄な人的配置であり、医療資源が散在し、その投入量が少ない「低密度医療」となっている、(2)医療機関の役割分担や連携が不足している――などと医療提供体制の構造的な課題を指摘していた14

結局、本体の改定率は+0.43%で決着したが、その際には中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働相の諮問機関)での議論に向けて、表2のような改革に取り組む旨が財務、厚生労働両相の間で合意された。
表2:財務、厚生労働両相の折衡で決まった医療提供体制の改革項目
具体的には、患者7人に対して看護師1人を配置する「7:1基準」と呼ばれる急性期病床の適正化とか、急性期から回復期への移行などの機能分化、医師の働き方改革、かかりつけ医機能の強化、多店舗を有する薬局の評価適正化といった内容が盛り込まれており、「医療提供体制改革なくして診療報酬改定なし」とする財務省のスタンスが反映されたと言える。さらに、中医協における医療提供体制改革の議論に向けて、財務省が厚生労働省から「言質」を取ったと解釈することも可能15であり、実際に報酬改定で思い切った点数が付いた理由と考えられる。

以下、(1)高度急性期、急性期の重点化、(2)地域包括ケア病棟の役割明確化、(3)在宅医療のテコ入れ策、(4)外来機能分化、かかりつけ医機能の明確化、(5)医師の働き方改革――という5つの点で、改定の概要を述べる。

ただ、2022年2月9日の中医協総会で決まった答申は全体で約500ページの分厚さであり、5つの分野だけでも改定項目は多岐に渡る。こうした複雑怪奇な診療報酬の細目まで全て理解している人は恐らく関係者でも僅かであろう。ここでは、新設・拡充された案件など筆者の目を惹いた改定項目を中心に取り上げることにしたい16
 
14 2021年12月3日、財政制度等審議会建議を参照。
15 この点は2022年1月17日拙稿「2022年度社会保障予算を分析する」でも言及した。
16 煩雑さを避けるため、発言の引用などを除き、出典の紹介は最小限にとどめるが、『社会保険旬報』『週刊社会保障』の各号や『日経メディカル』『m3.com』配信記事、『日経ヘルスケア』2022年4月号、『Phase 3』2022年4月号などを参照した。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

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【2022年度診療報酬改定を読み解く(下)-医療機能分化、急性期の重点化など提供体制改革を中心に】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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