2022年02月04日

ECB政策理事会-インフレリスクは短期的には上方に傾く

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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(リスク評価)
  • 我々は引き続き経済見通しに関するリスクを総じて中立的(balanced)と見ている
    • 消費者の景況感がより改善し、予想以上に貯蓄を減少させれば経済活動も予想以上に強くなるだろう
    • 対照的に、コロナ禍に関連した不確実性は低下したが、地政学的な緊張が高まっている
    • さらに、エネルギー価格の高止まりが消費や投資の予想以上の重しとなる可能性がある
    • 12月の予想と比較して、インフレ見通しへのリスクは特に短期的には上方に傾いている
    • 物価上昇圧力が予想以上に賃金上昇に波及する、あるいは経済の稼働率がより早く完全に戻れば、インフレ率がより高くなる可能性がある
 
(金融・通貨環境)
  • 市場金利は12月の会合以降、上昇している
    • しかし、銀行の調達費用は現在のところ、落ち着いている
    • 銀行の企業や家計向けの貸出金利は引き続き歴史的な低水準にあり、経済の資金調達環境は引き続き良好である
    • 企業向け貸出は短期、長期ともに増加している
    • 住宅購入需要の強さが家計向け貸出を維持している
    • 銀行は今やコロナ禍前程度の収益性があり、財務諸表の健全さは維持されている
 
  • 銀行貸出動向調査によれば、21年10-12月期の企業の借入需要はかなり増加した
    • 供給制約による運転資金需要と、長期投資の資金需要の双方が強かった
    • 加えて、銀行は経済見通しに対する肯定的な評価を主因に、引き続き信用リスクについて総じて楽観的な見方を維持している
 
(結論)
  • 要約すれば、ユーロ圏経済は回復が続いているが、1-3月期の成長は引き続き弱いと見られる
    • インフレ率の見通しには不確実性があるが、インフレ率は予想よりも長く高止まりし、その後、今年中には低下すると見られる
    • 我々は引き続き今後のデータを注視し、中期的なインフレ見通しへの含意について丁寧に評価する
 
(質疑応答(趣旨))
  • ユーロ圏の1月のインフレ記録に関して、理事会ではどのような議論が行われたか。摩擦や行動を求める声は大きくなっているか
    • 理事会ではインフレの数値とその短期的な影響、欧州の人々に与える影響についての懸念が全会一致(unanimous)であった
    • 中期的な見通しについては、3月の理事会で深い分析をするつもりで、現在はその機会ではない
    • 我々は適切な時に、適切な行動を行うことに配慮しており、今後数週間で実施されるデータとその分析に基づいた適切かつ徹底した評価を行う前に急いで決定を下さないようにしている
 
  • 市場では22年に2回の利上げが織り込まれている。あなたは今年の利上げの可能性は非常に低いと言ったが、いまも同じで利上げの可能性は「非常に低い(highly unlikely)」か、それとも変わったのか
    • 私は無条件での誓約はしていないが、現在は、その点により気を付けることがより重要になっている
    • 我々は状況を注意深く評価し、データ依存であり、3月にそれらを行うつもりだ
 
  • イングランド銀行は数時間前に0.25%の利上げを実施し、9人中4人の委員が0.5%の利上げを望んだ。異なる経済なので異なる決定がされたと言えるが、英国の5.4%のインフレ率とユーロ圏の5.1%のインフレ率の違いは何か。なぜECBは同じ行動に至らなかったのか
    • 第一に、英国は歴史的にユーロ圏よりも高いインフレを経験してきた
    • また、労働市場に決定的な違いがある
    • 英国では職に対して労働力が不足していて、政治的なスタンスを抜きにすれば、非英国の労働力が英国を離れてしまっており、補完されていない
    • 労働力不足が英国の労働市場には関係している点が大きく異なる
       
  • 賃金上昇について。ユーロ圏の賃金上昇はどうか、何か兆しや懸念材料があるか
    • ユーロ圏の失業率は7%という記録的な低水準にある
    • 労働市場では雇用者もコロナ禍前の水準まで戻っている
    • これらは祝うべき良いニュースである
    • 賃金上昇については、大きな動きを観測できていない
    • 賃金交渉に関連した動きも大きくない
    • 今後の動向にも注意を払っており、3月と6月の会合でフォワードガイダンスの3つの基準が満たされているかを判断することが重要と言える
 
  • 政策姿勢のガイダンスについて、「いずれの方向にも(in either direction)」という表現を削除したことにはどれほどの意味があるのか。金利のガイダンスでは(政策金利を現在もしくは)「より低い水準で(or lower)」と残している。双方向ではなく下方のみが選択肢であるように思えるが、下方のみに向かうのか、そんなことは意図していないのか
    • 双方向を示す部分を削除したのは事実
    • 「適切に(as appropriate)」という言葉で、我々のすべての利用可能な選択肢とその行動を示すのに十分であると考えている
    • なされた議論を思い出すと、「いずれの方向にも」という言葉は方針の変更と、低インフレ環境が長期化しないという変化を示す意味で1度だけ挿入された
       
  • 見通しについて。ECB見通しの最近の実績はかなりまちまちである。一生に一度の出来事をモデル化できていないのは明らかに見える。見通しについてどう考えているか
    • 我々は予測を額面通りに受け取るわけではなく、現状の直面している不確実性の水準やとりまく地政学的リスクを考慮すると、特にそう言える
    • 理事会での判断に使われる1要素である
       
  • 先の利上げの質問に関連して再確認したい。あなたは利上げの可能性について「非常に低い(highly unlikely)」を繰り返すつもりはないのか
    • 私は無条件での誓約はしていないし、前回の会見でも、データとその評価に基づいて発言している
    • 今は、3月なれば追加データを得て、ここ数日で入手したデータを分析・統合して、データに基づく徹底的な評価ができる、としか言えない
    • どのような決定をするかと言えば、データに基づいて決定する、金利でいえばフォワードガイダンスに基づいて決定する、ということになる
 
  • 短期的に上方に傾いたとするインフレリスクについて。中期的な見通しはどうか、23年や24年は2%を下回るのか
    • 残念ながら、短期的な上方リスクしか評価していない
    • 1点言えば、中期的には目標に近づいており、中期的な要因も幸運にもインフレ率を目標へ到達させる原動力になっている
    • これは良い展開だが、欧州の人々、特に、ガソリンを満タンにし、食卓に食事を置く人々にとって、どれほどの困難となるかを認識しており、懸念もしている
 
  • 需要ではなく、供給要因によってインフレ率が加速している場合のECBの最良の策は何か。ユーロ圏ではエネルギー価格が高騰しており、あなたが述べたように需要の重しになっている
    • 少し注意しておきたい点は、高インフレが長く続けば、波及効果が起きる可能性が高まることである
    • その場合には、明らかに金融政策手段を講じる必要がある
 
  • イタリアとフランス政府のアドバイザーが安定成長協定(Stability and Growth Pact)に関する提案をしているが、それを見たか。特にECBの部分、金融政策の余力を増やすためにECBの保有する国債を何らかの欧州機関に移管するという点についてどう考えるか
    • 新聞の社説に掲載された記事を読み、財政ルールがどう適用されるかという点に興味があるため、安定成長協定について関心があり、ECBの理事会としての見解も持っている
    • ただし、個別の提案について、判断をするつもりはない
    • 理事会としては、単純で、使いやすく、景気変動に抑制的(counter-cyclical)な対応ができるルールを望んでいる
    • 我々の観点では、財政同盟が強いほど金融政策にとっては好ましい
 
  • 市場が今年数回の利上げを織り込んでいることは、先走っているのか
    • 金利については、フォワードガイダンスの3つの基準に照らして、利上げの条件が満たされた状況になったら行う
    • ただし、純資産購入が終了するまで利上げを実施しない、という順序を忘れてはいけない
    • 3月には、利用可能なデータに基づいて、22年の残りの期間の純資産購入に関して、どのようなペース、速度、金額を適用するかを決定する
 
  • ロシアとウクライナの緊張が経済見通し、特にインフレ率に及ぼす影響をどう見ているか
    • 政治的なスタンスを取るつもりはないが、端的にはリスクが顕在化すれば(materialise)、エネルギー価格の上昇を通じて、物価全体に波及する可能性がある
    • その結果、所得の減少、消費の減少、投資の先送りにも影響を及ぼし得る
 
  • インフレについて。12月と1月のインフレ率の上振れは、12月のECB見通しがすでに古いということを意味しているか。特に23年と24年に2%を下回るという部分について、どうか
    • 最近は金融政策声明でインフレリスクの言及をしてこなかったが、20年間再確認(double-check)をしている
    • インフレリスクへの言及はかなり明示的な表現で、年末時点の予想よりも今年は高くなりそうだ、ということだと考えている
       
  • 金融緩和度について。インフレ率が予想より高いということは、実質金利は予想より低下している。したがって、金融政策も予想より拡張的であり、これ自体が金融引き締めをする理由になるのではないか
    • (明確な回答なし)
    • 金融政策で経済を支え続けなければいけないのは明らかであり、現在の政策は、経済に良い結果をもたらしている
 
  • 3月の見通しについて。3月の更新された見通しで、23年と24年のインフレ率が目標の2%を超えていたら、資産購入策を現在の予定よりも減速させる理由になるか
    • 理事会でどのような決定を下すかについて、この場で推測するつもりはない
       
  • TLTROの特別金利終了に関して、金融収縮の度合いが決定要因となるのか
    • TLTROについては理事会で議論されなかった
    • 3月もしくはその後に議論される事項の1つだろう
 
  • 本日の政策決定は全会一致(unanimously)だったか
    • インフレへの懸念と同じく、本日の決定には一般合意(general consensus)があった
       
  • コロナ禍で政府債務が拡大しているが、国債利回りスプレッドのリスクがECBの金融政策の正常化ペースを決める要因になるか
    • 現時点では、利回りは上昇したが、スプレッドは大きく拡大していない
    • 状況を注視し、もし変化があれば、様々な手段や正当性があれば柔軟性が利用できる
 
  • ドルがユーロに対してかなり上昇していることが、ドル建てで計算されるエネルギー価格の上昇要因と言える。そのため、ECBの現在の金融政策姿勢は、インフレを煽っているという批判があるが、どう回答するか
    • 欧州外で主に決定される原油価格を決めることは金融政策の範疇ではない
    • インフレ率の50%に影響を及ぼすエネルギー価格はECBに帰属できないと考えるものの、ECBと理事会は物価安定という責務に焦点をあてている
    • 責務であり、必要があり条件が整えば、行動するつもりであり、信じて欲しい
 
  • インフレ率は2%の目標に対してかなり高いが、マイナス金利の下限から対応しなければならない。ECBはこの下限から高インフレにどのように対応するのか、できるのか
    • 金利を引き上げて対応する
    • 取り決められ、合意した順序でそれを行う。データ依存で、まずは純資産購入に着手し、次に金利に着手する
 
  • 段階的アプローチについて。理事会ではAPPの純資産購入は利上げの直前(shortly before)まで行うとしている。インフレが長期に高止まりした場合、「直前」とは何を意味するのか
    • 「直前」は、ただの「前」よりは短いという意味だろうが、理事会にて、データとその評価に基づいて決定するつもりである
    • PEPPの純購入を3月に終了し、次はAPPに目を向けるつもりだ
    • 急な利上げがあると思い込まないで欲しい、我々は手続きを急ぐつもりはない
 
  • 賃金と物価の波及効果を避けることは重要である。組合に賃金交渉を穏当にして、波及効果を避けるようにお願いするつもりはあるか
    • 物価と賃金の波及効果でインフレが抑制できなくなることは見たくないことだが、賃金上昇を穏当に抑制すべきと言っているわけではない
 
  • 世界銀行副総裁のカーメンラインハート氏が本日のシュピーゲルで、中央銀行の独立性は紙上だけで、公的債務水準が大きいために行動することをためらっていると述べていたが、どう思うか
    • 私は読んでいないのでコメントするつもりはない
    • 彼女は政府債務の専門家であり、彼女は過剰な政府債務は国家の負担で、取り組むべきことという見解を持っている
    • 彼女が世界銀行のチーフエコノミストとしてその問題に取り組んでいることについては驚かないし、新興国や低所得国に焦点をあてたものだと考えている
(参考)ECBの金融政策ツール
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2022年02月04日「経済・金融フラッシュ」)

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【ECB政策理事会-インフレリスクは短期的には上方に傾く】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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