2022年01月28日

投資家によるESGへの取組み~なぜESG投資に取組むのか~

金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 德島 勝幸

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1――アセットオーナーとアセットマネジャーを分けて考える

機関投資家と呼ばれる投資家は、大別するとアセットオーナーとアセットマネジャーの2種類に区分される。まず、加入者・契約者・受給者等から委託を受けて保険料や掛金等を預かり積立金を運用する主体が、アセットオーナーと呼ばれる存在である。年金基金などをイメージするのが良いだろう。委託者に対して受託者責任を負い、善管注意義務や公平義務など様々な準則に従うことが求められている。基本的には、予め作成してある枠組みに則って、資金を運用し中長期的に予定された利回りの確保を目指すものである。

日本において多くのアセットオーナーは、一部の公的年金などで自家運用を限定的に行っている例はあるものの、基本的には外部のアセットマネジャーに運用を委託している。なお、保険会社の一般勘定は、運用利回りを保証し自ら運用に取組んでいることから、アセットオーナーとアセットマネジャーを兼ねているものと考えられる。いずれにしても、自らが運用する場合には、十分な運用体制を構築しなければならないだけでなく、ガバナンスの観点や年金基金であれば母体企業等との利益相反など種々の問題に対応しなければならない。日本の公的年金に関する議論でも、GPIFが海外の年金ほど積極的にリスクを取っていないといった批判をよく目にするが、人材を主とした運用体制の規模が小さいという面だけでなく、自家運用が主か、外部委託が主か、といった運用の在り方の違いによるところも少なくない。また、損失の発生を恐れる国民性に起因するものもあろう。様々な資産クラスに対して自らが運用を行うためには、伝統的な生命保険会社に見られるように、本来は多くの運用スタッフを抱える必要があるが、GPIFですら実際には出来ていないことに留意しておきたい。

アセットオーナーが外部に運用を委託する際にも、決して具体的な運用を受託するアセットマネジャーにすべての運用を任せきりにするのではなく、定期的な運用報告を受けることに加え、オンサイトでの実態確認や、市場急変時のレポートなどのチェックは、受益者に対する責任を果たす観点からも必須である。アセットマネジャーから報告を徴求するにしても、内容を理解・咀嚼して受益者に伝達するにも、アセットオーナーの側に十分な運用ノウハウを有した専門人材が必要なことは言うまでもない。アセットマネジャーを詳細に管理し運用の内容を理解するためには、外部委託を行うアセットオーナーにも、十分なノウハウと体制が不可欠なのである。もし自前での体制構築が難しいのならば、運用コンサルタントなどにアセットマネジャーの管理などをアウトソーシングする必要がある。アセットオーナーが何もせず運用をすべてアセットマネジャーに任せて結果を聞くだけという取組み姿勢は、今日的には最終的な委託元である加入者などに許容されないだろう。

アセットオーナーとアセットマネジャーの取組みの差を考えるために、ここでは、ERSG投資に着目してみたい。ESG投資への取組みの一つの表れとして、国連のPRI原則の署名数を見ることがある。世界的に見ても、署名する投資家の数と運用資産が急増しており、中でもアセットマネジャーによる署名は大きく増加しているが、日本においては、年金などのアセットオーナーによる署名数の少ないことが問題視されている。海外においてもアセットオーナーからの運用を受託するアセットマネジャーが率先してPRI原則に署名を行うことで、ESG投資に積極的に取組むアセットオーナーの資金を受託できるよう努力している。
図表:国連PRI原則の署名数と純資産残高の増加

2――日本におけるアセットオーナーのESG投資への取組み

2――日本におけるアセットオーナーのESG投資への取組み

日本においてPRI原則の署名を率先して行った年金アセットオーナーとしては、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)と企業年金連合会がある。前者が2015年にPRI原則に署名し、ESG投資に注力すると表明したことが、日本での年金によるESG投資拡大の大きなきっかけとなった。GPIFは、多くの国民が加入する国民年金及び厚生年金の積立金を運用するアセットオーナーであり、同様に、公務員や私立学校の教職員などの同種の資金を運用する国家公務員共済組合連合会、地方公務員共済組合連合会(なお、地方公務員共済制度においては、連合会傘下の共済組合などが独自に積立金を運用するものも残っており、厳密には連合会のみが運用主体ではない)、日本私立学校振興・共済事業団の3団体が存在している。被用者年金の一元化を受けて、GPIFと同様に国民年金及び厚生年金の積立金を運用するこれらの団体も、GPIFと同様に、ESG投資へ取組む姿勢を鮮明にしている。

現在のGPIFの投資方針においてESG投資に関する記述を確認すると、『管理運用の方針』(H28.9.30制定;最終更新R2.3.31)の「第3 管理積立金の管理及び運用における長期的な観点からの資産の構成に関する事項」の6番目の事項として“ESGを考慮した投資等”の記述がある。当該箇所の文言は、「管理積立金の運用において、投資先及び市場全体の持続的成長が、運用資産の長期的な投資収益の拡大に必要であるとの考え方を踏まえ、被保険者の利益のために長期的な収益を確保する観点から、財務的な要素に加えて、非財務的要素であるESG(環境、社会、ガバナンス)を考慮した投資を推進するとともに、その効果を継続的に検証していく。

取組が先行している株式運用以外においても、各資産ごとに異なる特性などを踏まえながら、ESGを考慮した取組を進める。」となっており、株式以外の資産も含めて、ESG投資に取組む姿勢を示している。GPIFは、更に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)への賛同を表明するだけでなく、ESG投資への取組実態などを外部に向けて発信し続けている。早くから専任の担当者を配置していることで、他のアセットオーナーを凌駕するような取組みの蓄積を可能にしている。

毎年8月にGPIFが公表している「ESG活動報告」においては、ESG投資に対する考え方や取組みの実際、更には、採用したESG指数に基づくインデックス運用の運用状況などまで幅広い内容の取組みの状況が公開されている。2021年8月に公表された『2020年度ESG活動報告』の主なコンテンツとしてGPIFが挙げているものは、以下の通りである。
 
【第一章】ESGに関する取組み
・ESG指数の選定とESG指数に基づく運用
・株式・債券の委託運用におけるESG
・スチュワードシップ活動とESG推進
・指数会社・ESG評価会社へのエンゲージメント
・オルタナティブ資産運用におけるESG
・ESG活動の振り返りと今後について

【第二章】ESG活動の効果測定
・ESG指数のパフォーマンス
・ポートフォリオのESG評価
・ESG評価の国別ランキング
・日本企業におけるジェンダーダイバーシティ

【第三章】気候変動リスク・機会の評価と分析
・気候関連財務情報の開示・分析の構成と注目点
・ポートフォリオの温室効果ガス排出量等の分析
・Climate Value-at-Risk等を用いたポートフォリオの分析
・移行リスクと機会の産業間の移転に関する分析
・SDGsへの貢献を通じた収益機会に関する分析
 
また、最近の2年に関しては、10月にESG活動報告の別冊として、『GPIFポートフォリオの気候変動リスク・機会分析』を公表しており、TCFD提言に基づく分析結果として、「カーボンフットプリント等の測定、リスクと機会についてのシナリオ分析、炭素社会への移行リスクと機会の産業間の移転に関する分析、サプライチェーン全体の温室効果ガス排出量に基づく分析」等を示し、更に、2020年度分からは、分析対象を伝統資産のみからオルタナティブ資産へも拡⼤している。他の公的年金団体においては、資産規模に圧倒的な差の存在することもあり、ESG投資についての専任の担当者を置くことはなかなか容易ではないと思われるが、緩やかに同じ方向へと向かうことが期待される。

3――ESG投資に取組む意義と足並みの揃わない企業年金

3――ESG投資に取組む意義と足並みの揃わない企業年金

このようにGPIF が積極的にESG投資に取組む背景には、運用している年金積立金が国民の年金給付のための原資であり、ESG投資に取組むことが将来的に国民のためになるという確信がある。その一方で、金融庁と東京証券取引所が作成したスチュワードシップコードの受け入れ表明の状況を見ても、企業年金によるESG投資への取組みはまちまちである。スチュワードシップコードの受け入れを表明している企業年金の多くは、率先してESG投資に取組んでいることを表明している一部の大型基金等と母体企業が金融庁の監督対象になっている金融関連のものが多い。スチュワードシップコードの受け入れを表明する企業年金は徐々に増えつつあるものの、いまだ多くの企業年金において、何のためにESG投資に取組むかが腑に落ちていないと思われる状況にある。

かつてのESG投資は、非財務諸表情報であって、それを利用することで株式投資における中長期的な超過収益を得られるための手法と認識されていた。しかし、現在のESG投資に対する認識はそのような古いものではなくなって来ている、地球環境のため、社会のために取組むことが、仮に短期的な超過収益の獲得には結びつかないとしても、中長期的な企業および社会のサステナビリティを確保するための手法であって、ESG投資に取組まないアセットオーナーは、ある種のフリーライダーであって軽蔑されるような存在に思われるようになっている。

世界的な気象変動対応への取組み等の高まりを見ていると、もはやESG投資は単なる流行ではなく、この地球でビジネスを行い生活しているすべての人間や企業・団体が取組むべき活動として理解されるようになっている。慌てて“ESG投資”を謳うファンドや投資信託等に飛びつく必要はないが、母体企業の積極的なESG経営への取組みや加入者などのステークホルダーのためになることを考えると、すべてのアセットオーナーは、自ずとESG投資に取組まざるを得ないのではなかろうか。資産運用の根本が、加入者や受給者などのためのものであることを今一度思い返してみてほしい。
 
 

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金融研究部   取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長

德島 勝幸 (とくしま かつゆき)

研究・専門分野
債券・クレジット・ALM

経歴
  • 【職歴】
     ・1986年 日本生命保険相互会社入社
     ・1991年 ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA
     ・2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社に出向
     ・2008年 ニッセイ基礎研究所へ
     ・2021年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・日本ファイナンス学会
     ・証券経済学会
     ・日本金融学会
     ・日本経営財務研究学会

(2022年01月28日「基礎研レター」)

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