2021年04月15日

高まる米国の連邦最低賃金引上げ機運―バイデン大統領、民主党が09年以来の最低賃金引上げを模索

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1――はじめに

米国の連邦最低賃金は09年以来、時給7.25ドルで据え置かれてきた。これは連邦最低賃金を定めた公正労働基準法(FLSA)が1938年に施行されて以来最長となっている。長期間据え置かれた要因は上下院で多数党の異なるねじれ議会の下で、最低賃金の引き上げを求める民主党に対して、雇用や中小企業への影響を懸念する共和党が反対したことが挙げられる。

この結果、連邦最低賃金は1968年をピークに実質ベースで低下が続いているほか、足元では最低賃金労働者の年収が米国の貧困ラインを大幅に下回るなど、最低賃金では最低限の生活さえ維持するのに不十分となっている。

このような状況を受けて、12年に始まった最低賃金として時給15ドルを求める「15ドルのための闘い」(”Fight for $15”)運動が拡大した効果もあって、多くの州政府やアマゾンなど一部企業では独自に最低時給を引き上げる動きがみられている。連邦政府に対しても、連邦レベルで最低賃金の引き上げを求める声は強まっている。

そのような中、連邦最低賃金の時給15ドルへの引き上げを政策公約に掲げたバイデン大統領が誕生したほか、民主党が上下院で多数を占める安定政権となったことから、連邦最低賃金の引き上げの機運が高まっている。

本稿では連邦最低賃金の状況を概観した後、民主党が成立を目指す21年賃金引上げ法の概要、引き上げられた場合の経済への影響、今後の連邦最低賃金の見通しについて解説した。バイデン政権による3月の追加経済対策に連邦最低賃金の引き上げを盛り込む試みは失敗に終わったものの、同政権は引き続き重要政策課題と位置付けており、政策実現への模索が続くとみられる。
 

2――連邦最低賃金の状況

2――連邦最低賃金の状況

1FLSAと連邦最低賃金の適用範囲
米国の最低賃金は州毎に州法で定められているほか、連邦レベルでは前述の公正労働基準法(FLSA)に最低時給の水準が定められている。
(図表1)名目および実質最低賃金 最低賃金は継続的に引き上げられており、同法が発効した時点の時給0.25ドルから22回改訂され、現在は同7.25ドルとなっている(図表1)。しかし、前述のように政治的な対立から議会は09年7月以降最低賃金の引き上げに合意できておらず、史上最長の据え置き期間となっている。

一方、FLSAは連邦最低賃金の適用対象を規定1しているほか、適用対象外となる職種についても規定2しており、FLSAの適用対象労働者は、給与労働者(1億6,450万人)のおよそ85%に当たる1億3,940万人となっている3

なお、FLSAは連邦最低賃金の適用対象であっても例外的に時給7.25ドルを下回る水準が許容される労働者も規定している。例えば、定期的に月30ドル以上のチップを受け取る労働者には、時給2.13ドルが最低賃金として適用されるほか、10代の労働者の勤務最初の90日間には同4.25ドルが適用される。それ以外でもフルタイムの学生、障害者などに対しても同7.25ドルを下回る時給設定を許容している。
 
1 州を超えて営業する企業、州を越えて流通する商品を製造する企業、連邦、州、地方自治体、病院、学校、年商50万ドル以上の事業所等
2 管理職や専門職、コンピュータ関連従事者、特定の季節娯楽施設の職員、小型新聞社の社員、一部農業従事者、ペビーシッター等
3 84 Federal Register 51256, September 27, 2019  https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2019-09-27/pdf/2019-20353.pdf
2|連邦最低賃金適用労働者および実質最低賃金の推移
米国の給与労働者のうち、時間給労働者は20年の統計で7,331万人である。このうち、時給7.25ドルで働いている労働者は24.7万人、同7.25ドルを下回る時給で働いている労働者が86.5万人となっており、両者の合計は111.2万人である(図表2)。これは時間給労働者全体の1.5%に相当する。
(図表2)最低賃金労働者数およびシェア これらを統計が整備された1979年以降でみると、最低賃金の変動に伴い上下しているものの、連邦最低賃金かそれ以下で働いている労働者数は1981年の782.4万人、時間給労働者全体の15.1%をピークに大幅に低下している。これは近年の最低賃金の水準が労働者の平均的な時給水準から下方に大幅に乖離していることを示唆しているとみられる。
(図表3)最低賃金の国際比較(対所得中央値) 実際に、米国のフルタイム労働者の最低賃金は所得中央値の31.6%に留まっており、OECD諸国の中で最低水準となっているほか、米国の次に低いアイルランドの42.1%を大幅に下回るなど、国際的にみて突出して低いことが分かる(図表3)。

一方、連邦最低賃金を、消費者物価を用いて実質化(21年基準)すると、09年以降低下基調が持続しているほか、1968年につけたピーク時の12.20ドルを大幅に下回っている(前掲図表1)。

また、連邦最低賃金で1日8時間労働を週5日(年間2,080時間)行った場合のフルタイム労働者の年収は1万5,080ドルとなる。これは、センサス局が推計する生活に必要なものを購入できる最低限の年収(貧困ライン)を65歳以下の独身者(1万3,465ドル)では上回っているが、2人以上の世帯では下回るほか、1人親で2人の子供がいる世帯(2万852ドル)では▲28%下回る水準である。
(図表4)最低賃金労働者の属性 3連邦最低賃金労働者の属性
最低時給かそれ以下の給与水準で働いている労働者の属性をみると、年齢別では10代が19.9%となっているほか、24歳以下の若年労働者で全体の5割弱を占めている(図表4)。

また、性別では女性が66.8%と高くなっているほか、勤務形態別ではパートタイム労働者が57.3%とフルタイム労働者に比べて高いことが分かる。

最後に、業種別では娯楽・宿泊業が59.9%と他業種に比べて突出して高い。これは、娯楽・宿泊業で最低時給が2.13ドルのチップ受取り労働者が多いためとみられる。それ以外の業種では、小売業も8.3%と高くなっている。

一方、賃金水準が低いこれらの業種では、新型コロナの感染拡大と感染対策として経済活動が制限された影響を大きく受けて雇用者数が大幅に減少しており、生活困窮者の増加が懸念されている。
4「15ドルのための闘い」運動と州別の最低賃金状況
このような状況に対して最低賃金の引き上げを求める社会運動も活発化している。12年にニューヨーク市のファーストフード従業員100人以上が最低賃金の15ドルへの引き上げを求めてストライキを行ったことを契機に「15ドルのための闘い」(”Fight for $15”)運動は始まった。その後、同運動は、介護労働者、空港労働者、ディスカウントストアなどの従業員も巻き込んでストライキの動きが全国的に広がった。

これらの運動の効果もあって、州政府などで最低賃金を引き上げる動きが強まった。21年1月時点の州別の最低賃金水準はワシントンDCが時給15ドルとなっているほか、ワシントンDCを含む30州が連邦最低賃金を上回る水準に設定している(図表5)。
(図表5)最低賃金の水準(州別) 
最低賃金が連邦基準より高い州
このうち、マサチューセッツ州、カリフォルニア州、コネチカット州、ニュージャージー州、メリーランド州、イリノイ州、フロリダ州の7州は段階的に時給15ドルへ引き上げることを法制化している。

とくに、フロリダ州は元々最低賃金の引き上げに消極的な共和党が州議会の過半数、州知事を占めているが、昨年11月に大統領選挙と同時に行われた住民投票で州の最低賃金を時給8.65ドルから26年にかけて同15ドルに引き上げることの是非がかけられ、6割超の賛成をもって引き上げることが決定された経緯がある。このため、州議会で過半数を占めている政党に関わらず、最低賃金の引き上げを求める声は高まっていると言えよう。

このように連邦最低賃金を上回る水準に設定する州が多くある一方、連邦基準に一致させている州が14州となっているほか、ジョージア州とワイオミング州では、FLSAが適用されない労働者に対して5.15ドルと連邦最低賃金の時給7.25ドルを下回る水準に最低賃金が設定されている。また、残りの5州では州法で最低賃金を規定していないなど、州の最低賃金に対する取り組みは大きく乖離しており、連邦レベルで最低賃金水準の引き上げを求める一因ともなっている。

一方、前述の「15ドルのための闘い」運動によって連邦政府の最低賃金とは関係なく、一部の企業は独自の判断で最低賃金を引上げる動きがみられている。実際に、オンライン販売のアマゾンや、小売業のターゲット、ウォルマート、コストコ、家電量販店のベストバイ、ファーストフードのスターバックスなどの企業が最低賃金を時給15ドル以上に引き上げることを決定している。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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