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クリエイティブオフィスのすすめ-創造的オフィスづくりの共通点

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹
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5――不動産の所有・賃借の選択
不動産(建物・土地)の所有・賃借の選択においては、企業財務が決定的な制約条件になるため、それとの整合性を取ることが前提となる。実際の所有・賃借の選択では、企業財務の要素に加え、賃料・地価等の不動産市況や建築費などのコスト面、顧客等関係先や自社の既存事業所との近接性や交通アクセス(従業員の通勤アクセス等)などのロケーション、収容人員数に応じた必要なオフィス規模の確保、入居時期、BCP要因、ワークプレイスづくりの自由度(個別性の強弱の程度)、事業の成長ステージに応じたオフィス規模のフレキシビリティ、使用期間、施設の機密性などセキュリティ面など、複数の要因を勘案し最適化して決定されるとみられる。
例えば、成長期にある企業なら、財務体質が良好でも所有を選択せず、社員増に機動的に対応できる賃借を選択するかもしれない。また、新築ビルの一棟借りなら、自社ビルと遜色のない最新のオフィスインフラを取り込めるケースが多い。
さらに、経営層が企業財務に対する方針として、バランスシート(財務体質)と損益・キャッシュフローのどちらを重視しているかにも、大きく影響を受けるとみられる。経営層がバランスシートを重視する場合は、バランスシートが膨らまない賃借を、損益・キャシュフローを重視する場合は、賃料負担のない所有を選好する可能性が高まると考えられる。
いずれにしても、財務体質との整合性が取られている限り、オフィスの所有・賃借の選択は大きな問題にならず、着目すべき点は、従業員の創造性を引き出すオフィスづくりの巧拙となる。
前述した通り、大まかに言えば、企業財務との整合性が取られている限り、オフィスの所有・賃借の選択は大きな問題にならないと考えてよいが、本社、研究拠点、工場の事務棟などワークプレイスのタイプによって、その選択の際に重視される要因が異なるように思われる。
本社オフィスの場合は、1で挙げた考慮され得る要因の多くに影響を受けるため、企業によって最適解は異なり、「持たざる経営」のようにどちらか一辺倒の選択がなされるわけではなく、所有を選択する企業もあれば賃借を選択する企業もあるだろう。一方、工場の場合は、ワークプレイスづくりの自由度が高くなければならない(=個別性が非常に強い)、使用期間は移転・撤収がなければ半永久的で極めて長い、施設の機密性が高いなどの要因の影響が大きく、所有を選択する企業が極めて多いとみられる。研究拠点は、アセットタイプとしては、執務エリアは本社オフィス、実験エリアや試作エリアは工場に近いが、ワークプレイスづくりの自由度、使用期間、施設の機密性などは工場とほぼ同じであり、所有を選択する企業が多いと思われる。
しかし、最近では、三菱商事系の産業ファンド投資法人など物流施設、研究開発施設、工場など産業用不動産へ専門に投資を行うREIT(不動産投資信託)が登場しており、事業会社はオフィスだけでなく、産業用不動産についても、REITとセール・アンド・リースバック取引を行う選択肢が出てきている。例えば、ソニーは、2013年に当時自社所有していた研究開発型大規模オフィスビル「ソニーシティ大崎」(東京都品川区、2011年竣工)のセール・アンド・リースバック取引を三井不動産系の日本ビルファンド投資法人等と行った(譲渡価額は総額1,111 億円、ビル名はNBF大崎ビルへ変更)。
6――組織スラックを備えた経営の実践
グーグルが従業員に贅沢なまでの快適なオフィス空間を提供するのは、オフィス空間が従業員の創造性に大きく影響を与えることを熟知しているからだ。優秀な人材を採用しているとの確信の下に、創造的で自由な環境さえ提供すれば、優秀な従業員の創造性は最大限に引き出され、イノベーションが生み出されるとの考え方が、経営陣に浸透しているのである。
グーグルとは対照的に、人材採用に自信を持てない経営トップは、従業員を性悪説的にとらえがちとなり、創造的なオフィス空間を提供するとの考えには至らない。
アップルでは、2017年にカリフォルニア州クパチーノの広大な敷地(約71万㎡)に構築した、新本社屋Apple Parkに約12,000人の従業員が移転した20。Apple Parkの総工費は50億ドル21と言われており、自社ビルへの投資としては極めて巨額だ。
この新キャンパスの構築は、創業者の亡きスティーブ・ジョブズ氏が直接指揮・主導したプロジェクトだった。アップルから一時退いていたジョブズ氏が1986年に買収した、ピクサー・アニメーション・スタジオ22において、ジョブズ氏は、従業員間のコラボレーションを促す先進的・創造的なオフィスデザインをいち早く取り入れ、創造的なオフィスづくりを指揮・主導した。Apple Parkについても、ジョブズ氏は、「創造とコラボレーションの拠点たれ」と思い描いていたという23。アップルのChief Design Officer(CDO:最高デザイン責任者)であるジョナサン・アイブ氏が述べている通り、ジョブズ氏ほど、「従業員にとって活気あるクリエイティブな環境の創造と支援に多大なエネルギーを費やしてきた」経営者は、いないのではないだろうか。
Apple Parkのメインのオフィス棟は、世界最大規模の曲面ガラスですっぽりと覆われた、円環状(ドーナツ状)をした低層の4階建ての壮大かつ巨大な建物(床面積は約26万㎡)であり、宇宙船のようなリング形の建築のため、「リング(指輪)」と呼ばれる。Apple Park内には、リングの他に、Apple Store(アップル直営の小売店舗)、一般にも開放されるカフェを併設したビジターセンター、10万平方フィート(=約9,290㎡)規模の社員向けフィットネスセンター、セキュリティで管理された研究開発施設、「Steve Jobs Theater」と命名された席数1,000のシアターなどが設置されている。また、リング内側の広大な緑地部分(中庭)には、社員用として各2マイル(=約3.2km)の長さに及ぶウォーキングおよびランニングコース、果樹園、草地、人工池も設けられており、従業員の健康にも十分配慮した設えとなっている。
環境面では、乾燥に強い約9,000本ものカリフォルニア原産の樹木をキャンパス内に植樹している。またCEO(最高経営責任者)のティム・クック氏が「Apple Park内の建物は、世界で最もエネルギー効率に優れたものの1つで、新キャンパスは完全に再生可能エネルギーだけで運営される」と述べている。屋上部分に17メガワット分のソーラーパネルを設置したApple Parkは、敷地内で太陽エネルギーを運用する世界最大規模の施設になるという。自然換気型の建物としては世界最大で、1年のうち9か月間は暖房も冷房も不要になると見込まれている。
最先端の建築技術や環境技術などを惜しげもなく駆使し、従業員の創造性やコラボレーション、健康の促進に重点を置いた、Apple Parkは、ジョブズ氏にとってクリエイティブオフィスの集大成だったのではないだろうか。アイブ氏は、「新キャンパスでは、最も先進的な複数の建物をなだらかな起伏の緑地と連結させることで、人々の創造、協力、協働の場としてふさわしい、開放的な環境を生み出すことができた」と述べている。また、クック氏は「ジョブズ氏は、Apple Parkを今後何世代にもわたってイノベーションの拠点とすることを企図していた」と述べており、ジョブズ氏は、会社がこだわり続けて変えてはいけない、世界を良くしたいという社会的ミッションや経営理念・企業文化の象徴として、Apple Parkを位置付けていたのではないかと思われる。
Apple Parkの事例考察から導出できる、日本企業へのインプリケーションは、従業員の創造性・コラボレーション・健康の促進を通じたイノベーションの継続的な創出、企業文化の醸成や経営理念の体現のためには、ワークプレイスへの戦略投資を惜しんではいけないということだろう。アップルのように、ワークプレイスへの投資に50億ドルもの巨額の資金を投下できる企業は、世界的にもそう多くはないだろう。日本企業にも50億ドル規模のオフィス投資を推奨するわけではないが、クリエイティブオフィスの重要性を十分に認識せずに、オフィス投資に根拠も無く保守的なスタンスを取ることだけは避けて欲しい。さもなければ、国際競争の土俵に上がることすら出来ないということを、日本企業は肝に銘じるべきではないだろうか。
20 2017年2月22日発表のプレスリリースでは、2017年4月から移転を開始し、移転の完了には6か月以上かかり、建設工事は2017年夏一杯まで行われる予定としていた。旧本社もクパチーノに立地していた。米国の大企業の本社は、広大な敷地に構築されることが多いため、本社施設全体を「キャンパス」と呼ぶことが多い。
21 アップルは公表していないが、多くのメディアが50億ドルと報道している。
22 ジョージ・ルーカス氏が設立した映像製作会社ルーカスフィルムのコンピュータ部門をジョブズ氏が買収し、ピクサーとして独立させたもの。2006年よりウォルト・ディズニー・カンパニーの完全子会社となっている。
23 アップル「Apple Parkを社員向けに4月オープン」『プレスリリース』2017年2月22日より引用。Apple Parkの施設概要、ティム・クック氏やジョナサン・アイブ氏のコメントに関わる以下の記述については、同プレスリリースを引用・参考とした。
(2018年03月14日「基礎研レポート」)
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社会研究部 上席研究員
百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)
研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営
03-3512-1797
- 【職歴】
1985年 株式会社野村総合研究所入社
1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
2001年 社会研究部門
2013年7月より現職
・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)
【受賞】
・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
(1994年発表)
・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)
百嶋 徹のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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