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2025年09月29日

「東京都心部Aクラスビル市場」の現況と見通し(2025年9月時点)

金融研究部 上席研究員 吉田 資

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(2)テレワークの普及がオフィス需要に与える影響
新型コロナウイルス感染拡大への対応で、東京ではテレワークが急速に普及した。都内企業のテレワーク実施率は、2023年4月以降40%台で推移していたが、2025年7月は51%に上昇した。感染拡大時と比べると低い水準であるものの、一定の割合でテレワークが定着している(図表-11)。

コロナ禍以降、テレワークの経験を積んだことで、当初懸念されていた生産性の低下4は改善に向かっている模様だ。公益財団法人日本生産性本部「働く人の意識に関する調査」(2025年7月)によれば、自宅勤務の業務効率について「向上した」との回答は82%となり、過去最高を更新した。また、自宅での勤務の満足度についても、「満足している」との回答が88%に達した。こうした状況から、多くの就業者がテレワークを取り入れた働き方を希望しているといえよう。

また、企業側でも人材確保や従業員のエンゲージメント向上等の観点から、テレワーク導入にメリットを感じている。東京都産業労働局「東京都 多様な働き方に関する実態調査(テレワーク)」(2024年11月実施)によれば、テレワーク導入企業を対象に、テレワーク導入の効果やメリットをたずねたところ、「非常時(感染症、自然災害、猛暑等)の事業継続対策(83%)」との回答が多く、次いで「柔軟な働き方への対応(71%)」、「従業員の通勤時間、勤務中の移動時間の削減(58%)」、「育児・介護中の従業員への対応(51%)」、「従業員のエンゲージメント向上のため(28%)」との回答が多かった(図表-12)。また、同調査では、テレワークの継続意向に関して、現状と同程度の水準でテレワークを継続するとの回答が75%を占めた。

一方、一部の企業はAI時代の到来に備え、社員間の対話機会を充実させる5等の目的から、「出社回帰」の方針を打ち出している。Job総研「2025年 出社に関する実態調査」によれば、出社回帰を行う企業は25%であった。

こうした状況を背景に、東京都心部ではオフィス勤務にテレワークを取り入れた「ハイブリッドワーク」が広がっている。ハイブリッドワークは、従業員のウェルビーイングを高める効果もあり6、普及を後押ししている模様である。

ハイブリッドワークの普及に伴い、オフィスの利用形態も変化している。イトーキ中央研究所「働き方の意識調査 働き方とオフィス2024」によると、オフィスの座席状況について、「フリーアドレス7」との回答は8%(コロナ禍以前)から25%(2024年調査)へと約3倍に増加した。また、ザイマックス総研「大都市圏オフィス需要調査2025春」によれば、「オフィスに現在あるスペース」について、「固定席」(77%)との回答が最も多く、次いで「会議室(個室)」(67%)、「オープンなミーティングスペース」(55%)、「フリーアドレス席」(44%)の順に多かった。ハイブリッドワークが拡大するにつれ、リモート会議用の個室会議室やミーティングルーム、フリーアドレス席等を充実させている企業が増加している。

また、「多様な働き方」が定着するなか、働く場所を柔軟に選択できることが求められている。国土交通省「令和6年度テレワーク人口実態調査」によれば、テレワークの実施場所として、「サテライト8」との回答が25%を占めた。こうした「サテライト」のオフィスを開設する際には、「レンタルオフィス9」や「シェアオフィス10」、「コワーキングスペース11」等の「サードプレイスオフィス」が多く利用されている。また、最近の研究ではシェアオフィスの利用が生産性やウェルビーイングの向上に寄与すること12が報告されている。

テレワークを取り入れた働き方の広がりにより、「サードプレイスオフィス」市場の拡大が見込まれ、東京都心部のオフィス需要を引き続き下支えすると考えられる。
図表-11 都内企業のテレワーク実施率/図表-12  テレワーク導入の効果やメリット
 
4 日本の労働者と企業に対し、職場勤務と比較した在宅勤務の生産性を問うたところ、「在宅勤務の方が生産性が低い」と回答した割合は、労働者の82.0%、企業の92.3%(令和3年2月 内閣官房 成長戦略会議事務局・経済産業省 経済産業政策局「コロナ禍の経済への影響に関する基礎データ」)。
5 日本経済新聞「ソフトバンク、週2日は出社 AI時代、社員対面を重視 リモート継続、分かれる対応」(2025年9月14日)
6 月刊総務「ウェルビーイングに関するアンケート調査」によれば、ウェルビーイングが高まる働き方についてたずねた所、テレワークを取り入れたフレキシブルな働き方である「ハイブリッド勤務」との回答が45%を占めた。
7 従業員が固定した自分の座席を持たず、業務内容に合わせて就労する席を自由に選択するオフィス形式。
8 自社の他事業所、またはコワーキングスペース等。
9 会議室などを共用部分に設置して共有し、専用の個室をそれぞれ持つ、いわば合同事務所のようなオフィス形態。
10 フリーアドレスでデスクを共有して利用するオフィス形態。
11 オープンなワークスペースを共用し、各自が自分の仕事をしながらも、自由にコミュニケーションを図ることで情報や知見を共有し、協業パートナーを見つけ、互いに貢献しあう「ワーキング・コミュニティ」の概念およびそのスペース(コワーキング協同組合による定義)。
12 三井不動産株式会社「シェアオフィスの利用が生産性やウェルビーイングの向上に寄与 三井不動産「ワークスタイリング」と東京大学が4千人以上のワーカーを対象に共同調査」(2025年8月20日)
(3)企業のオフィス環境整備の方針
東京都心部では、企業のオフィス拡張意欲が強い状況にある。三幸エステート・ニッセイ基礎研究所「オフィス拡張移転DI13」によれば、2025 年上期はA クラスビルが72%、Bクラスビルが72%、C クラスビルが76%と高水準で推移している(図表-13)。

三菱地所リアルエステートサービス「不動産施策に関するアンケート調査2025Q1」によれば、オフィス移転検討・実施理由について、「人員増・事業拡大」が最も多く、次いで「オフィス環境改善」が多かった。また、ツナグ働き方研究所「オフィス環境が与える就業意向影響の調査」によれば、求職者の83%が、オフィス環境が魅力的だと志望度が高まると回答している。企業は優秀な人材確保などを目的に、立地やスペックの優れたオフィスビルに移転するなどして、オフィス環境の改善に引き続き取り組むことが予想される。

オフィス環境整備については、生産性向上や業務効率化とともに、従業員満足度やモチベーション向上、コミュニケーションの活性化が重視されている。ザイマックス総研「大都市圏オフィス需要調査2025春」によれば「オフィス施策を実施する上で重視すること」は、「生産性の向上 (70%)」が第1位となり、次いで「従業員の満足度向上(64%)」、「従業員のモチベーション向上(57%)」、「業務の効率化(作業の効率化)(50%)」、「社内のコミュニケーション活性化(49%)」の順に多かった(図表-14)。上位5項目の順位は前年から変動がなかった。

また、コロナ禍以降、「従業員がコミュニケーションを図り共創する場」としてのオフィスの役割が重視されている。ニューオフィス推進協会「ニューノーマル時代のオフィスづくりに関する調査2024」によれば、オフィスに求められる役割として、「インタラクション:交流を促し、つながりを育てる」と「コラボレーション:チームの協働環境を提供する」との回答が上位に挙がっている。従業員間のコミュニケーション促進や従業員のエンゲージメント向上などを目指したオフィス環境整備の動きは、今後も継続すると考えられる。
図表-13 オフィス拡張移転DI/図表-14 オフィス施策を実施する上で、重視すること
 
13 オフィス拡張移転DI は、0%から100%の間で変動し、基準となる50%を上回ると企業の拡張意欲が強いことを表し、50%を下回ると縮小意欲が強いことを示す。
(4)生成AIの導入がもたらすオフィス需要への影響
2022年11月にOpenAI「ChatGPT」が一般公開されて以降、生成AIはビジネスの現場で急速に浸透している。東京商工リサーチ「2025年生成AIに関するアンケート調査」によれば、生成AIの活用を推進している企業は25%を占め、大企業に限定すると43%に達している。

総務省「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」(2024年)によれば、「生成AI活用による効果・影響」に関して、「業務効率化や人員不足の解消につながると思う」との回答が75%に達した。また、「斬新なアイデア/新たなイノベーションがうまれると思う」との回答も75%に達している(図表-15)。生成AIには、業務効率化や人手不足の解消、イノベーションの創造等、多くの期待が寄せられている。一方で、「解雇や配置換えの必要があると思う」との回答が過半数を占めている。

労働政策研究・研修機構「AIの職場導入による働き方への影響等に関する調査」によれば、AI 導入企業で働く労働者に、自身の企業で、AI により職を失った人を知っているかをたずねたところ、「知っている」との回答は17%となり、一定の割合を占めた。また、経済協力開発機構(OECD)「雇用創出と地域経済発展2024」によれば、従来の自動化技術は「都市部以外の地域」や「製造・生産等の職種」に大きな影響を与えたが、生成AIは「大都市圏」や「経営・管理等の職種」に影響を与えると指摘している。

以上を踏まえると、生成AIは、喫緊の課題である人手不足の解消等に寄与することが期待される一方、中長期的には「経営・管理等の職種」のオフィスワーカーを減らす要因となる可能性もあり、今後の動向を注視したい。
図表-15 生成AI活用による効果・影響

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年09月29日「不動産投資レポート」)

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金融研究部   上席研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所
     2025年7月より現職

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

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