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2025年09月01日

急上昇した日本株に潜む落とし穴~コロナ禍の成功体験は再現するか~

金融研究部 主席研究員 チーフ株式ストラテジスト 井出 真吾

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1――サマリー

日経平均、東証株価指数(TOPIX)が史上最高値を更新した。トランプ関税の影響で25年度は大幅減益が予想されるが、市場では「26年度のV字回復を見込めば買える」との見方が広がったからだ。こうした例は過去にもあったが、今から買っても遅くないだろうか。最大のリスクは株式市場で楽観ムードが続かなかった場合だが、その場合でも中長期投資なら大きな問題はないだろう。

2――合意ドミノ、決算発表で株価上昇

2――合意ドミノ、決算発表で株価上昇

25年4月に米トランプ政権が公表した相互関税は金融市場を大混乱させたが、7月下旬以降、米国が日本、欧州連合(EU)、中国と立て続けに関税について合意した“合意ドミノ”等をきっかけに、投資家心理が和らぎ株価が上昇した。

一方、同時期に発表された日本企業の最新の業績見通し(2月・3月決算企業約750社の純利益合計額)は、会社予想が前年度比9.7%減、市場予想も4.1%減と冴えない内容だ(図表1)。日本は関税率が25%から15%に引き下げられることになったとはいえ、昨年度よりも税率が上がることに変わりはなく、輸出企業を中心に業績が圧迫されるのは当然といえよう。
【図表1】日本企業の業績見通し
ところが、この業績見通しを受けて日経平均、東証株価指数(TOPIX)ともに連日で史上最高値を更新するなど、株価上昇に弾みがついた(図表2)。米連邦準備制度理事会(FRB)が9月にも利下げを再開するといった観測が高まったことなども株価を押し上げたが、25年度の大幅減益予想にもかかわらず株価が上昇ペースを速めたのは、「26年度は2桁増益が見込まれる」点に市場が着目したからだ。
 
要は、「今期は大幅減益を免れなくても、来期の大幅増益を前提にすれば今買ってもいい」という楽観的な見立てだ。今後、関税率が15%よりも高くならないことや、米国はじめ世界景気が失速しないことを前提にすれば、関税の影響が一巡する来年度の大幅増益を期待するのは、あながち間違いともいえない。
【図表2】連日で史上最高値を更新

3――来期業績を早々に織り込むケースは過去にもあった

3――来期業績を早々に織り込むケースは過去にもあった

とはいえ今年度の第1四半期しか終わっていない時点で来年度業績を株価に織り込むのは早すぎるようにも見えるが、前例はある。コロナ禍で世界経済が機能不全に陥ったときだ。20年度は多くの企業で大幅減益が確実視されたが、株価は21年度の業績回復を先取りする形で上昇した。
 
業績予想と株価の推移を詳しく見てみると(図表3)、株価はコロナ禍初期の20年3月に大底をつけた後、主要国政府・中央銀行が大規模な財政出動・金融緩和をスピーディーに実施したことも金融市場の支えとなり、急速に回復した。20年7月時点で20年度利益ベースの予想PER(図表3緑線)は20倍程度まで上昇していた。通常、予想PERは14倍~16倍程度が標準とされており、20倍は明らかに割高だ。
 
しかし、21年度利益ベースの予想PER(図表3赤線)は14倍程度で数字的には割高ではなかった。さらに、その後の上方修正期待もあり実質的な予想PERはもっと低く見積もられていたようだ。問題は来期業績のV字回復や今後の上方修正を信じてよいかだが、業績回復を先取りする形で株価上昇が続いた。後述するように、結果的にはその後の業績予想は上方修正され(図表4緑線)、21年中に株価が大きく崩れることもなかった。つまり、21年度のV字回復を見込んだ買いは「正解」だったといえる。
【図表3】来期の業績回復を見込んで株価上昇

4――今後の上昇余地と潜む落とし穴

4――今後の上昇余地と潜む落とし穴

コロナ禍の経験を元に、今後の株価上昇余地とリスクを考えてみよう。コロナ禍のときは来期予想を本格的に折り込み始めたとみられる20年秋頃から21年末までにTOPIXは約15%上昇した。
 
図表4のとおり、この株価上昇は同じ期間に21年度の業績予想が3割ほど改善した効果が大きいと考えられる。株価に織り込み済みの分を差し引いて、業績改善度の半分ほど株価が上昇したのだろう。さらに、22年度の連続増益が見込まれていたことも株価上昇を後押しした。
【図表4】21年度業績予想の上方修正が株価上昇を支えた
今後26年度の業績予想が改善すれば、それに見合う株価上昇は期待できよう。たとえば、これまで企業がマージン圧縮で対応してきたトランプ関税によるコスト増加分を、徐々に価格転嫁していくことが想定される。その結果、期を追うごとに関税のマイナス影響が緩和し、業績が改善する可能性がある。コロナ禍の経験に従えば、業績予想が上振れた分の半分くらい株価が上昇する可能性がある。
 
リスクは今後26年度業績の上振れが限定的となった場合だ。図表5のとおり26年度ベースの予想PERは14.4倍で、十分に割安とはいえない。今後26年度の業績予想が改善しなければ、株価の上昇余地も限られる。その場合「来期を見れば買える」状況は既に終わったことになる。
【図表5】業績改善がなければ株価上昇余地は乏しい
他にもリスクはある。市場は楽観的なときほど来期・再来期など将来を見る傾向がある。その典型が今後の業績拡大を“口実”に高値を買い続けるバブルだ。反対に景気後退などを警戒して悲観に傾くと近視眼的になり、株式市場は「今期しっかりと黒字を確保できそうな銘柄はどこか」を気にするようになる。4月のトランプ関税のときも同様だった(関税の影響が小さい企業が買われた)ことは記憶に新しい。
 
今の株式市場は「来期を見れば買える」とやや楽観的に考えているようだが、いつまで「来期を見続ける」ことができるかは不透明だ。突如として市場が近視眼的になるリスクへの注意は必要だ。その場合、25年度ベース予想PERの水準から考えると10%~15%程度の株価下落が起こり得る。
 
ただ、仮にこうした落とし穴にはまったとしても、リーマンショックのように世界経済が大きく毀損するような事象でなければ、「調整の範囲内」として1年以内に株価が回復するだろう。そう考えれば、中長期投資家なら「来期を見て」今から買っても遅くはないはずだ。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年09月01日「基礎研レポート」)

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金融研究部   主席研究員 チーフ株式ストラテジスト

井出 真吾 (いで しんご)

研究・専門分野
株式市場・株式投資・マクロ経済・資産形成

経歴
  • 【職歴】
     1993年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 (株)ニッセイ基礎研究所へ
     2023年より現職

    【加入団体等】
      ・日本証券アナリスト協会認定アナリスト

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