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特別展「チ。 ―地球の運動について― 地球(いわ)が動く」に行ってきた!!-今日もまたエンタメの話でも。(第2話)

生活研究部 研究員 廣瀬 涼
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日本科学未来館 特別展「チ。―地球の運動について―地球(いわ)が動く」
会期:2025年3月14日(金)~6月1日(日)
1――「天動説」と「地動説」
あらためて簡単に整理すると、天動説は「地球が宇宙の中心にあり、すべての天体が地球のまわりを回っている」という考え方である。一方の地動説は、「地球を含む惑星が太陽のまわりを回っている」とするものである。天動説は古代ギリシャの哲学者アリストテレスや天文学者プトレマイオスによって提唱され、神が創造した人間が住むこの地球こそが宇宙の中心だという考え方が、中世のキリスト教世界で大いに支持された1。
一方地動説の考え方も、紀元前3世紀にはアリスタルコスが、「天球の中心に太陽があり、それは不動で、地球が太陽をめぐっており、恒星の天球までの距離はとてつもなく遠い」という説2,3を唱えていたが、前述した通り、キリスト教の影響もあり、プトレマイオスの天動説が支配的で、中世ヨーロッパで地動説は退けられた。その後、1543年にニコラウス・コペルニクスが著書『天体の回転について』を出版し、地動説を主張したことを機に、ガリレオ・ガリレイが望遠鏡で木星の周りを回る衛星の観測を記した『星界の報告』出版し、ティコ・ブラーエの精密な惑星の観測データから、ヨハネス・ケプラーが惑星運動の法則を導きだし、それが万有引力の法則によって説明されることをアイザック・ニュートンが示して地動説が確立した4。地動説は、最初は異端とされながらも、観測技術と科学の発展により、徐々に受け入れられたのだ5。
なぜ筆者が「天動説」と「地動説」に「今」興味を持ったかというと、2024年10月から2025年3月までNHK総合にて放送されていた『チ。-地球の運動について6』というテレビアニメを視聴したことがきっかけだ。同作品は「地動説」を命懸けで探究する人々を描いたフィクションで、単行本累計発行部数は500万部7を超える漫画家「魚豊」氏の人気作品である。
物語の舞台は、15世紀前半のヨーロッパの架空国家「P王国」。そこでは、宗教組織「C教」の教義に反する思想──たとえば地動説──を研究すること自体が、拷問や火あぶりといった厳しい刑罰の対象であった。そんな世界で、ある少年が地動説を追い求める一人の学者と出会い、自らも知の探究の道へと足を踏み入れていく、というストーリーだ。
あくまでもフィクションではあるが、物語の中に登場する人物たちの思想や行動、そして彼らが直面する社会的圧力の描写には、実際の歴史と重なる部分が多く含まれており、地動説が人類史における壮大な革命だったことを、作品を通して知る事ができるコンテンツであった。
1 Try iT「5分でわかる!ルネサンスは発明の時代!?」https://www.try-it.jp/chapters-11565/lessons-11576/point-2/
2 公益社団法人日本天文学会 天文学辞典「アリスタルコス」参照 https://astro-dic.jp/aristarchus-of-samos/
3 天文学辞典によれば、コペルニクス以前の説は一般には地動説とは呼ばない。
4 公益社団法人日本天文学会 天文学辞典「地動説」参照 https://astro-dic.jp/heliocentrism/
5 本稿における地動説および天動説に関する記述は、筆者が歴史教科書や株式会社トライグループの提供する映像授業「Try IT」、公益社団法人日本天文学会 天文学辞典などの一般向け教材を参考に執筆したものであり、学術的・歴史的な完全な正確性を担保するものではありません。内容に不備や解釈の偏りが含まれる可能性があることを、あらかじめご承知おきください。
6 2020年9月~2022年4月に小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」で連載
7 2025年2月時点
2――コンテンツ×科学館
アニメを通じて得た「フィクションと事実が混ざり合った知識」は、科学未来館の展示を通して、何が史実であり、何が創作であるかを整理・区別されていく。しかし、来場者の多くは、そもそも科学や地動説そのものに強い関心があるわけではなく、『チ。―地球の運動について―』という作品への興味を入り口として会場を訪れている。そのため、展示が単に「史実を正確に伝える」だけでは、関心が持続しにくい場合もある。そこで展示側は、物語の中で描かれた出来事や登場人物の視点を出発点にしつつ、フィクションを「あの描写には実は科学的な根拠がある」と裏づけながら科学的な知識を提示している。そうすることで来場者は、「作品の中で見たあの場面」が現実とどうつながっているのかを確かめるようにして展示に向き合い、自然と科学的な視点や史実への関心が生まれていく。科学未来館は、こうした“フィクションの魅力を損なうことなく、科学へ橋渡しする仕組み”を備えた場として、作品と現実の知をつなぐ役割を果たしているのである。
中でも印象的だったのは、「金星の満ち欠け体験:オクジーが見た金星の満ち欠けを実験!」という体験型展示だ。これは作中で登場人物・オクジーが異常な視力で“満ちた金星”を観察したというエピソードに基づいた展示で、実際に金星がどのように見えるか、そしてそれが地動説の証拠となり得た理由を視覚的に理解できる構成となっていた。
天動説では、金星の位置は太陽より常に「内側」にあって、満ち欠けの仕方にも制限がある。たとえば満ちた金星を見る事は出来ないのだ。しかし、満ちた金星を確認できたという事は、金星が太陽のまわりを回っていることを意味しており、地球も同じように太陽のまわりを回っている(=地動説)という根拠となるのだ。史実では、ガリレオ・ガリレイが17世紀に望遠鏡を使って発見しているため、オクジーによる金星の満ち欠けの確認は、もちろんフィクションではあるものの、どちらも「金星の満ち欠けから、地動説の正しさにたどりついた」という知の到達点は共通しているのだ。本展示ではそれぞれの知の到達点である「なぜ金星の満ち欠けを観測すれば地動説を立証できるのか」という理由を、地動説と天動説のそれぞれの場合の金星の満ち欠けから体験することができる。ファンにとっては「へぇ、これって本当にあったんだ!」とフィクションと現実の橋渡しをする場の1つとなっている。
「『チ。』のアフレコにあたり、原作やシナリオはもちろん、オンエアされた映像もすべてチェックしました。ですが、理解はしているけど自分の中で確信できていない部分もあって。それがこの展示会を見て、ぼんやりとしていたものが明確になりました。」
と話していた。筆者自身、作品を見ながら金星の満ち欠けと地動説の関係について、わかったようなわからないような感じのまま作品の視聴を続けてしまったのだが、少なくとも、本展示を通して、地動説と天動説は全然違うというその本質を、没入感をもって体験することができた。
また、作中のキャラクターたちが用いた道具や技術も展示されており、ラファウが天体観測に使用していた「アストロラーベ」や、ドゥラカが地動説の本をつくるために用いた「活版印刷」を体験できるコーナーなど、物語を通じて興味を持った人が、展示を通じてその裏にある科学史や技術の発展を追体験できる点は、本展示の大きな魅力のひとつである。
8 本コラムで使用する画像は一部を除き、プレス参加者向けに提供されたものです。
3――コンテンツは、現代における非常に有効な「学びの入口」
このように近年、アニメや漫画、小説といったエンターテインメントコンテンツと、博物館や科学館での展示が連携する取り組みが増えている。これらは単なるタイアップではなく、「学び」の場としての新しい可能性を切り拓いている。筆者は、学びにおいて「入り口」が何よりも重要であると考えているが、筆者自身もこの「チ。―地球の運動について―」という作品に出合わなければ、地動説に興味を持つこともなかっただろう。
そして、博物館や科学館の展示は、実際の資料や再現、インタラクティブな体験を通して、作品の中で描かれた出来事や現象が、展示を通じて「実際にあったこと」として裏打ちされることで、フィクションが知識とつながり、学びが立体的に広がっていく場となる。
このような連携が教育にもたらす最大の価値は、「知ることは面白い」という感覚を育てる点にある。というのも、多くの学校教育では、学ぶことの目的が「テストで点を取るため」にすり替わりがちであり、知識を “覚える”ことが中心になってしまうからだ。その結果として、学ぶことそのものが目的を失い、興味や関心とは切り離されたものになりがちだ。しかし、コンテンツをフックとしたこのような展示は「自分から知りたくなる」動機づけを与えてくれる。物語で芽生えた疑問が展示で深まり、体験として記憶されることで、学びは一過性の情報ではなく、人生に残る知識となる。このように考えると、教育の本質は、情報を伝えることではなく、「学びたい」という内発的な動機を引き出すことにあるのではないだろうか。その意味で、アニメやマンガを始めとしたコンテンツは、現代における非常に有効な「学びの入口」としての可能性があると考えている。
(2025年04月08日「研究員の眼」)

03-3512-1776
- 【経歴】
2019年 大学院博士課程を経て、
ニッセイ基礎研究所入社
・公益社団法人日本マーケティング協会 第17回マーケティング大賞 選考委員
・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員
【加入団体等】
・経済社会学会
・コンテンツ文化史学会
・余暇ツーリズム学会
・コンテンツ教育学会
・総合観光学会
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