2025年03月27日

空き家所有者が「売る・貸す」選択に踏み出すためには-空き家所有者の意識変容に向けた心理的アプローチの一考察-

社会研究部 研究員 島田 壮一郎

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1――はじめに

近年、空き家問題は日本各地で深刻化しており、地域活性化、防犯、景観維持の観点からも解決が求められている。このような状況の中で、空き家を有効に活用する取り組みが注目される一方で、その実現には様々な課題が存在している。空き家問題の大きな障壁の一つとして、所有者が物件を市場に出さないケースが多いことがあげられる。その要因には、空き家所有者の意識によるものも存在しており、コスト等の課題のように流通しやすい仕組みづくりだけでは、解消できないものである。そのため、所有者に対して心理的なアプローチを行うことが必要不可欠である。

筆者はこれまでの研究1–3を通じて、空き家の活用における「物語」によるアプローチの重要性に注目してきた。空き家のひとつひとつには、所有者にとってそこでの生活や建物の様相など様々な物語が存在しており、そのなかにある地域の魅力や空き家そのものが持つ歴史や背景を「物語」として伝えることで、空き家の活用者および地域住民の関心を引き出し、空き家の活用を促進することに繋がる可能性が示されている。また、広く参加を行って、事業を作っていくような物語を持った事業やプロジェクトが感情的な共感を呼び起こし、空き家や地域全体への愛着を高める効果を持つことを確認した。さらに、物語の活用には語り手の存在が重要な役割を果たす。語り手が自身の経験や思いを語ることで、物語に具体性と説得力が生まれる。更に、空き家の所有者が語り手となる場合には、所有者自身の意識や態度にも以前には見られなかったプラスの変化が生じる可能性がある。このように所有者自身が保有する物件の価値や可能性を再認識し、それを他者に伝えるプロセスの中で、新たな活用の道筋が見えてくることも考えられる。

本稿では、物語を語ることによる語り手の効果を示したこれまでの研究や論文を基に、物語を語ることによって、語り手にどのような効果をもたらすかについて、整理を行う。その結果から、物語を語ることが、自らの空き家を市場に出すように空き家所有者の意識変容に繋がることを明らかにする。

2――空き家活用を巡る主体の意識

2――空き家活用を巡る主体の意識

空き家の活用を促進するためには、所有者が市場に空き家の情報を提供し、それを仲介者や活用者が適切に活用することが必要である(図-1)。ここでは、それぞれの主体および段階における空き家活用を阻害する課題を整理する。
図-1 空き家活用の過程 〇所有者
・空き家を活用するためのコストを掛けられない。
・具体的な活用方法が不明確である(イメージできない)。
・需要(利用ニーズ)に対する理解が出来ていない。
・「思い入れ」があるため、手放したくない。
・空き家の活用のために何をすべきか分からない。
 
〇仲介者
・需要(活用者のニーズ)を把握できていない。
・再建築不可などの条件付き物件の扱い方が分からない。
・自治体と民間の協働の方法が確立されていない。
 
〇活用者
・空き家を活用する方法が分からない。
・どのような空き家が活用できるかが分からない。
・空き家を活用しようとするプレイヤーが少ない。
このように、空き家活用の促進に向けては、それぞれの立場において様々な課題を有しているが、その中には、流通の仕組みを構築するだけでは解決できず、その主体の意識の変化が必要となる場合もある。具体的には、前述の課題のなかでも、所有者にとって次のようなケースがこれに該当すると思われる。

(1) 所有者が具体的な活用方法が不明確なケース(イメージできない)。
空き家をどのように活用すれば良いか分からないため、所有者が行動を起こせない状況にある。

(2) 所有者が需要(利用ニーズ)に対する理解が出来ていないケース。
自身が保有する空き家が、他の人にとっては自身の想定を超えた利用価値があり、これを使いたいと思う人がいることを想像できないため、市場に出す動機が薄い。

(3) 所有者が「思い入れ」があるため手放したくないケース。
空き家には所有者の「思い入れ」があり、そのため利用者が誰でも良いというわけにはならず、提供(譲渡・貸与)しても良いと思う適切な人を探すことを優先する結果、物件の活用を躊躇し、流通が停滞する。

本稿では、空き家の所有者が物語を語ることによって、所有者自らの意識変化を起こすことを目的としている。ストーリーテリングの研究では、語り手への影響について分析をしている。一方、回想法は高齢期において、個人が自身の人生の意味や価値を再認識し、より充実した老後を送ることを目的とする手法である。この点に着目すると、回想法を活用することで、空き家の所有者が自身の住まいに対する思いを整理し、過去の記憶を肯定的に捉え直す契機となり得る。結果として、空き家の新たな活用方法を見出し、適切な形で社会に還元する意識の醸成につながると考えられる。したがって、空き家の活用促進において、回想法は有効なアプローチの一つとなり得る。

そこで、ストーリーテリングや回想法の効果について、既往論文から上げることによって、先述の所有者の意識における課題を解消することを述べる。

3――ストーリーテリングの効果

3――ストーリーテリングの効果

1ストーリーテリングについて
ストーリーテリングとは、物語を用いて情報や価値観を共有するコミュニケーション手法である45。その起源は古代にさかのぼり、人々は文化や歴史を伝えるために物語を活用してきた6。現代においては、教育や医療、エンターテインメント、マーケティングなど多岐にわたる分野で利用されている。この手法は、単なる情報の伝達ではなく、感情的なつながりや記憶の定着を促進する点で特に効果的である7
2ストーリーテリングによる語り手への効果
ストーリーテリングが空き家所有者の意識の変化にどのような効果があるかを示すために、ストーリーテリングの具体的な効果についてまとめる。

(1) 感情的成長
語り手が聞き手との感情的なつながりを構築する中で、共感能力が高まることが示されている9 8。ストーリーテリングは、語り手にとって他者の視点に立つ経験を与え、感情的理解を深める手段となる。また、ストーリーテリングを通じて語り手自身が自らの想いを言語化し、心理的な満足感を得ることで、自己肯定感や心理的安定が促進される効果がある4 7
 
(2) 教育者としての発展
ストーリーテリングは教育の場でも活用される。形式として、教師が語り手として生徒に伝えるもの、生徒が語り手となることで学習効果の向上を起こすものなど様々である。語り手が語彙力や話し方のスキルを向上させることができる5。このプロセスは、物語を通じて教育内容を効果的に伝える方法を習得する機会を提供する。また、生徒の反応を観察することで、語り手としての自己効力感が高まる。特にストーリーテリングが成功した場合、教育者としての自信が大きく向上することが明らかになっている6 7
 
(3) 新たなスキルの習得
ストーリーテリングを行うプロセスで語り手は即興的に対応する能力を磨くことができる5 8。このプロセスは、物語の構成やキャラクターの設定を通じて語り手の創造性を刺激する。
 
(4) 自己効力感と満足感の向上
聞き手からの肯定的な反応が語り手の満足感をさらに増幅させると同時に、教室内での連帯感や生徒との関係性の向上が重要な役割を果たす4 6
3ストーリーテリングの効果まとめ
ストーリーテリングは単なる情報の伝達手段ではなく、語り手自身の成長や満足感を促すとともに、ストーリーテリングを活用することにより、所有者の空き家に対する意識を変化させる重要な要素となる。そこで、感情的成長、教育者としての発展、新たなスキルの習得、自己効力感と満足感の向上という4つの側面から、所有者の空き家に対する見方や関わり方がどのように変わるのかを考察する。

まず、感情的成長の視点では、語り手である所有者が自身の記憶を語ることで、空き家が単なる「不要な建物」ではなく、「かつての生活の場」としての価値を持つことに気づく。この過程で、住まいとしての空き家に対する愛着が再確認され、単に手放すのではなく、何らかの形で活用したいという意識が生まれる可能性がある。

次に、教育者としての発展がもたらす影響として、空き家の歴史や家族の思い出が語り継がれることで、空き家が単なる不動産としての価値ではなく、文化的・社会的な側面から価値が見直される。これにより、「古いから壊す」のではなく、「歴史を継承しつつ活かす」という視点が生まれ、空き家の保存や利活用に対する関心が高まる。

また、新たなスキルの習得の面では、ストーリーテリングを通じて培われた表現力やコミュニケーション能力が、空き家活用の議論を深めるきっかけとなる。所有者がかつての住まいに関する自身の経験を語ることで、家族や地域住民との対話が生まれ、空き家に対する意識が個人的な問題から地域全体の課題へと広がっていく。これにより、空き家の問題が地域住民にとっても「自分事」として認識されるようになる。

最後に、自己効力感と満足感の向上が意識変化に与える影響は大きい。所有者自身の語りが周囲に影響を与え、共感を生むことで、「この空き家にはまだ活用の余地がある」「新しい役割を与えられるかもしれない」といった前向きな捉え方が生まれる。これにより、空き家を負担や問題として捉えるのではなく、新たな価値を見出す対象として捉え直す意識が醸成される。このように、ストーリーテリングは空き家に対する意識を「不要なもの」「管理が大変なもの」から、「価値を持つ資源」「再活用できる場」へと変化させる可能性を持つ。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年03月27日「基礎研レポート」)

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社会研究部   研究員

島田 壮一郎 (しまだ そういちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、住民参加、コミュニケーション、合意形成

経歴
  • 【職歴】
     2022年 名古屋工業大学大学院 工学研究科 博士(工学)
     2022年 ニッセイ基礎研究所 入社
    【加入団体等】
     ・土木学会
     ・日本都市計画学会
     ・日本計画行政学会

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