2024年05月28日

女性と「定年」~男性との違いに着目して

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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1――はじめに

男女雇用機会均等法の施行から40年近く経ち、長期勤続の女性が徐々に増加し、今後、定年を迎える女性も増加すると見込まれる。しかし、巷にあふれている「定年」に関する指南書は、概ね「会社一筋で働き続けてきた男性」が想定されているようだ。実際に、定年を経験した女性のロールモデルが少ないため、働く中高年女性たちの中には、定年後のセカンドキャリアや、引退後の生活に対するイメージを持てない人が多いのではないだろうか。また企業にとっても、「女性社員の定年」というトピックに対して、どのような対応が必要になるのか、見当がつかないのではないだろうか。

そこで本稿では、女性に焦点を当てて、定年後に継続雇用や再就職によって働き続ける場合には、仕事面でどのような変化があるのか、また仕事を引退する場合には、生活面でどのような変化があるのかについて、男性との差に着目しながら、先行研究や政府統計を基にまとめる。なお、中高年女性会社員の「定年」や働き方への意識については、前稿にまとめたので参照されたい1

定年に関する男女の違いは、仕事と生活の両面で多数あると考えられるが、筆者が考える主なものを挙げるとすれば、(1)定年前後のギャップの度合い、(2)定年後も働くためのリスキリングの必要性、(3)定年後の年金水準、(4)家族形態の多様性、(5)定年後の長さ――の5点ではないだろうか。(1)と(2)は、主に定年後に就業継続する場合の仕事面の変化、(3)から(5)は生活面の変化に関わる。次項より、これらの点について解説し、女性の定年に対する理解を広げることで、これから定年を迎える中高年女性たちの心構えの一助になればと考えている。同時に、定年を控える中高年女性社員に対して、企業に取り組んでもらいたい点についても検討する。

2――「定年」に関わる男女の違い

2――「定年」に関わる男女の違い

2-1│定年前後のギャップの度合い
(1) 定年前後の仕事面のギャップの度合い~働き続ける場合~
従来、「男性と定年」に関する話題としては、「会社一筋で働き続けてきたので、会社を辞めた途端に、家庭や地域に居場所がない」、「定年退職して継続雇用になったら給料が大幅に下がり、モチベーションが湧かない」といったような、定年前後のギャップに対するショックや戸惑いに関するものが多く見受けられる。それに比べると、女性の場合は、定年前の会社での役職や家族構成にもよるが、ギャップ自体が、より小さいと考えられる。この点に関し、公益財団法人21世紀職業財団が2019年に公表した調査レポート「女性正社員50代60代におけるキャリアと働き方に関する調査――男女比較の観点から――」の中から、主な特徴を男女別に紹介する2
 
2 なお、当調査の対象者は、50歳時に300人以上の企業に正社員として勤務しており、現在も正社員として勤務している50歳~64歳の男女2,397人と、50歳時に300人以上の企業に正社員として勤務しており、定年を経て、現在も何らかの仕事をしている60~64歳の男女計423人である。
1) 定年前後の年収の低下幅
初めに紹介するのが、定年前の自身の年収に比べた、定年後の年収水準である。同調査で、定年後の60~64歳の男女に対し、「定年直前の年収を100%とした場合、今の年収は」と尋ね、50歳時の役職・コース等によって分類・集計した結果が図表1である3。これによると、定年後の年収が、定年前の半分未満になった人の割合(「30%未満」と「30~50%未満」の和)は、「男性・管理職/総合職」では半数に上ったが、「女性・管理職/総合職」と「女性・一般職」では約3割にとどまった。つまり、女性は男性に比べて、年収が大幅ダウンする人が少ない。最も年収の低下幅が小さいのが「女性・一般職」で、約4割の人が、定年前の7割以上の年収を確保していた。ただしこれは、女性、特に一般職の女性では、定年前の年収が低かったためだと考えられる。
図表1 定年前に比べた定年後の年収水準(定年前を100とした場合)
 
3 同調査では「男性・一般職」はnが小さいため、分析の対象外とされている。
2) 社内的地位の落差
定年後には、非管理職で働く人が多いが、現役時代に管理職だった人は、この社内的地位のギャップに抵抗を覚えることがある。そこで次に、同調査より、定年後の男女に、管理職経験の有無を確認すると、男性では「経験がある」が7割近くに上ったが、女性では約2割にとどまり、大きな男女差があった(図表2)。つまり、そもそも女性は定年前に高い役職に就いていた人が少ないため、それ自体の良し悪しは置いておけば、定年後に非管理職として働いていても、男性に比べれば、心理的な戸惑いは小さいと言えるだろう。

因みに、このような管理職経験の違いは、男女が経験してきた仕事の経験の幅に違いがあるためだと考えられる。同調査の別の設問で、50歳代男女に仕事で経験したことを尋ねると、「他部門への異動」は男性が67.1%に対して女性は45.1%、経営企画や人事などの「全社的な仕事」人は男性が21.3%に対して女性が16.3%――などとなっていた。つまり、女性は男性に比べて、配置によるキャリア形成が行われてこなかったと言える。
図表2 管理職経験の有無
3) モチベーションの低下
このように、年収の低下幅や、管理職からのステップダウンの状況などに違いがある中で、仕事へのモチベーションが男女でどう違うかを確認する。図表3は、同調査で、定年後の男女に対し、これまでの職業生活で最もモチベーションが高かった時に比べた、現在のモチベーションの大きさを示している。これによると、男性は「現在の方が低い」が44.8%に上ったが、女性では30.9%にとどまった。つまり、女性の方が、定年後に明白なモチベーションダウンに陥る人の割合が小さいことが分かった。
図表3 最高期と比べた定年後のモチベーション
4) 定年前後の仕事面のギャップの度合いに関するまとめ
3)までに見た内容をまとめると、定年後も継続雇用や再就職などで働き続ける場合に、女性は男性に比べて、現役時代に管理職に就いた人が少ないため、社内的地位の落差も、年収水準の低下幅も小さく、モチベーションが大幅に低下する人も少ない。従って、女性が定年後も働き続ける場合には、定年前後のギャップによる戸惑いやストレスが相対的に小さいと考えられる。ただし、男性に比べて定年前後のギャップが小さい要因は、そもそも定年前の役職や年収が低いためであり、定年後の生活水準自体は、女性の方が厳しいという点には注意が必要である。これについては2-3|で解説する。
(2) 定年前後の生活面のギャップの度合い~引退した後の「居場所」~
次に、定年退職後に仕事を引退する場合の生活面のギャップについて、男女の違いを考える。仕事をやめて、生活の場が「会社から地域へ」とスムーズに移行できるかどうかには、定年前から、どのような社外ネットワークを持っていたかが影響するだろう。社外ネットワークが何もなければ、毎日、「行くところがない」、「することがない」という状態になる。

そこで次に、同じく21世紀職業財団の調査より、定年前の社外ネットワークの幅について確認する。図表4は、定年前の50歳代男女に対し、「社外のネットワークで大切にしているもの」(複数回答)を尋ねた結果である。

これを見ると、割合の男女差が大きい項目は「子供等を通じたネットワーク」である。50代男性は、別の設問によれば、子がいる割合は71.2%に上るが、「子供等を通じたネットワーク」を大切にしているのは、男性50代前半、男性50代後半ともに、全体の5%前後に過ぎない。これに比べて、50代女性は、子がいる割合は46.8%と男性より大幅に少ないが、「子供等を通じたネットワーク」を大切にしている割合は50代前半、50代後半とも全体の1割を超えている。つまり、女性の方が、育児経験を通じて形成したネットワークを今も維持している人が多いことが分かる。

図表4に戻り、他の項目を見てみると、「趣味を通じたネットワーク」を持っている人は、50代前半では、女性が男性を3.3ポイント上回っていただけだが、50代後半になるとその差は5.2ポイントに広がっていた点が注目される。50代後半になって、女性のポイントが上昇したためである。女性は60歳が間近になると、引退後を見据えて、仕事以外の活動を増やしている可能性がある。

このように、引退を前にした50歳代では、女性は子供を通じたネットワークや、趣味を通じたネットワークなど、男性よりも層の厚い社外ネットワークを持っていることが分かった。このネットワークは、引退後の「居場所」や「遊び相手」、「話し相手」になると考えられるため、女性は男性に比べれば、引退後に「することがない」、「行くところがない」、「居場所がない」といった事態に陥る人が相対的に少ないと考えられる。
図表4 大切にしている社外のネットワーク(複数回答、%)

(2024年05月28日「基礎研レポート」)

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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性のライフデザイン、高齢者の交通サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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