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大学の不動産戦略
金融研究部 主任研究員 吉田 資
続いて、本項では、大学の不動産投資について、本調査の結果をもとに、「(1)保有不動産の賃貸・貸付の状況」、「(2)賃貸・貸付を行う目的」、「(3)資産運用目的での賃貸不動産の保有状況」の3点を確認する。
(1) 保有不動産の賃貸・貸付の状況
本調査で「保有不動産の賃貸・貸付の有無」について質問したところ、「行っている」との回答が6割弱を占めた(図表-20)。国公立大学と私立大学に分けてみると、「行っている」との回答は、国公立大学が7割、私立大学が約5割であった。2011年時点調査によれば、「保有不動産の賃貸を行っている」との回答は30%であった。保有不動産の賃貸経営(賃貸・貸付)を行う大学は以前と比べて増加していると考えられる。
例えば、東京工業大学は、東京・田町の同大付属高校の跡地を2026年から75年間の定期借地権を設定し、NTT都市開発、鹿島建設、JR東日本、東急不動産の4社に貸付を行うとのことである15。このように、今後も保有不動産の貸付を通じて長期安定的な収入を確保する大学が現れると予想される。
13 文部科学省「国立大学法人法第三十四条の二における土地等の貸付けにかかる文部科学大臣の認可基準について」
14 日本経済新聞 「東京学芸大、遊休地貸与で安定資金 敷地に専門学校誘致」(2022 年4 月26 日)
15 4社は、オフィスやホテル、商業施設等が入る地上36階、地下2階のビルと、地上7階のビルの開発を計画。また、「週刊東洋経済 臨時増刊 本当に強い大学 2021」によれば、貸付による賃料収入は年間45億円(総額3,375億円)とのことである。
本調査で、保有不動産の賃貸・貸付を実施(検討)している大学16に対し、「賃貸・貸付を行う目的」について質問したところ、「収入の多様化」(61%)が最も多く、次いで「未利用施設・未利用地の有効利用」(54%)、「地域社会への貢献」(41%)が多かった(図表-22)。
2011年時点調査によれば、「保有不動産の賃貸を行っている目的」について、「キャンパス内への飲食・物販施設等の誘致」との回答が最も多かった。以前は、学生・教職員のために食堂やコンビニ等をキャンパス内に誘致し保有施設の賃貸を行う大学が多かった。しかし、少子化の進行等を背景に、大学運営の財源多様化を主眼として施設の賃貸を行う大学が増えている模様である。
また、約4割の大学が「未利用・低利用施設」を所有するなか(図表-2) 、保有不動産の有効活用に取り組む状況がうかがえる。
さらに、「地域社会への貢献」との回答も上位にあり、大学は、学生への教育・研究だけでなく様々な地域貢献活動を行う場であることを意識していると推察される。
16 上記図表-20において「ある」、「現在はないが、検討している」と回答した大学が対象。
本調査で「資産運用目的での賃貸不動産の保有の有無」について質問したところ、「現在、保有しておらず、今後も取得する計画はない」との回答が約9割を占めた(図表-23)。
大学経営協会「第8回全国大学の資産運用調査」(2020年9月調査)によれば、資産運用に関する課題について、「資産運用に精通した人材が学内で見当たらない」との回答が36%(国立大学60%・私立大学27%)を占めた。賃貸不動産が運用対象とならない理由として、不動産運用・投資に関するノウハウ等の不足が考えられる。また、約4割の大学が未利用・低利用施設を保有するなか、更に不動産を取得することに抵抗感があることも理由として挙げられそうだ。
ただし、近年では、賃貸運用を前提とした不動産取得を行う事例17もあり、資産運用目的での不動産保有に関心を示す大学は増加傾向にある18と思われる。
17 日経不動産マーケット情報によれば、上智大学は、2014年に老舗料亭保有ビル(延床面積1万m2)を取得し、賃貸資産として保有。また、東京理科大子会社が土地を取得し、延床面積2千m2の賃貸ビルを建設(2019年着工)、賃貸資産として保有。
18 2011年時点調査では、「資産運用目的での賃貸不動産を保有している」との回答は2%。一方、本調査では、「資産運用目的で、賃貸不動産を保有している」は9%、「現在、保有していないが、取得を検討している」は4%。
4――大学が不動産市場に与える影響
少子化の進行に伴い大学進学者の減少が見込まれるなか、大学の収入構成において大きな割合を占める授業料等の収入が減少し、大学運営における財政課題が顕在化する可能性がある。
立地(大学所在地人口)と規模(大学収容定員19)に着目し、大学経営(私立大学)を分析した先行研究20によれば、大学所在地人口が20万人未満でかつ、大学収容定員が4,000人未満の場合、大学経営が悪化21する傾向にあると指摘されている。図表-24は、X軸に大学所在地人口(2022年時点)、Y軸に大学収容定員として、全国817校をプロットした散布図である。所在地人口が20万人未満でかつ、収容定員が4,000人未満である大学は196校(24%)が該当する。国立社会保障・人口問題研究所の人口予測22に基づくと、2045年には216校(対2022年比+10%)へと増加することが見込まれる。
このように、大学の経営環境が厳しさを増す局面において、資産運用収入の拡大に期待が高まるなか、大学の資産運用方針と親和性の高い不動産の運用・投資が活発化する可能性が考えられる。なかでも、大学が所有する「未利用・低利用不動産の有効活用」の観点から、保有不動産の賃貸・貸付を行い、長期安定収入の確保を目指す大学が増えることも予想される。
また、大学経営において重要な「規模」を維持する目的などから大学の合併・統合が実施される場合、新キャンパス開設に向けた用地取得や、旧キャンパス閉鎖に伴う用地売却などの取引事例が増加する可能性がある。通学利便性等に優れた都心部では、学生確保を意図したキャンパス移転やサテライトキャンパスの新設を行う大学による不動産取得等もあるだろう。
今後、不動産売買市場や賃貸市場において大学の存在感が高まることが予想され、その動向を注視する必要があると思われる。
19 大学が、その教員組織や校地校舎等の施設などに照らし、受け入れることができる学生数。
20 福山 敦「私立大学経営における立地および規模」国立大学法人 東京大学大学院教育学研究科 大学経営・政策コース「大学経営政策研究」 2018 年 8 巻 p. 199-215
21 学生数が4年間で10%以上減少し、平均帰属収支差額比率がマイナスと定義。「帰属収支差額比率」は、「帰属収入から消費支出を差し引いた帰属収支差額の帰属収入に対する割合」であり、この比率がプラスで大きくなるほど経営に余裕があるものとみなすことができる。現在は、「事業活動収支差額比率」へ名称が変更。
22「日本の地域別将来推計人口(平成30(2018)年推計)」
(ご注意)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
03-3512-1861
- 【職歴】
2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
2018年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)
(2023年07月26日「ニッセイ基礎研所報」)
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