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- ウクライナ侵攻後のロシア経済-制裁は効いているのか
2022年10月06日
1―経済・金融制裁の影響
ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始し、半年以上が経過した。
西側諸国は軍事侵攻を受けて協調してロシアに迅速かつ厳しい経済・金融制裁を課してきた。具体的には経済(貿易)面では半導体などの戦略物資のロシアへの輸出停止やロシア産資源の輸入停止、金融面ではロシアの個人・企業・銀行(中銀含む)の資産凍結や一部銀行の国際決済網からの排除などが挙げられる。
制裁は、ロシアの物資・戦費調達を困難にし、経済・金融面から戦争を続けることを難しくさせることを目的としている。ロシアにとっては西側諸国との貿易縮小や輸入品の価格上昇を通じて実体経済にマイナスの影響が及ぶことが想定される。また、制裁ではないが外資系企業がロシアでの事業停止やロシアから撤退することは生産力の低下につながる可能性がある。
一方で戦争開始から天然ガス価格などの価格が高騰している。ロシア側に立てば主要輸出品目の価格上昇は、交易条件の改善を通じて実体経済にプラスの恩恵を得ることができる。
戦争が長期化し、西側諸国の制裁やロシア側の対抗措置が強化されるなか、戦争開始後のロシアの実体経済に関するデータも明らかになってきた。ここでは、主にロシア政府や中銀が公開しているデータをもとに、戦争開始後のロシア経済の現状を確認していきたい。
ただし、そもそもロシアの公的統計の信憑性に疑問を呈する向きがある点は留意事項として補足しておきたい。
さて、次節で実際の統計データを確認していくが、その前に、戦争や制裁によって想定される影響を概観しておくと、次のようになるだろう。
ロシアはエネルギーの輸出国としての存在感が大きく、資源輸出が経済成長の原動力になっている。ロシアはエネルギーを武器に西側諸国(特にエネルギーをロシアに依存してきたEU)に揺さぶりをかけることができるが、エネルギー輸出の減少はロシアの成長率低迷に直結する。
他方、輸入に関する制裁の影響はより複雑と言える。ロシアにとって経済制裁により輸入が困難になったモノやサービスについて、質は悪化したとしても国内品への代替が進み国内需要が増加すると、消費者の満足度は低下するかもしれないが、ロシアの国内生産は増加し、GDPを押し上げる可能性がある。一方で、輸入品の価格上昇や生産力の低下により生産コストが増加して、物価が上昇すると購買力が低下して国内生産が減少する可能性もある。
中長期的には輸入(モノ)の減少だけでなく外資系企業の撤退や、戦争や制裁によって将来的にヒトやカネ、技術が集まりにくくなることによる影響が増すとみられる。
このように経済・金融制裁の影響は様々なものが想定されるが、必ずしも足もとのマクロ経済指標の悪化に直結しない可能性がある点に留意が必要だろう。
加えて、ロシアも西側諸国の経済・金融制裁への対抗措置として、主力輸出品目(エネルギーや食料など)を武器に揺さぶりをかけつつ、西側諸国の「脱ロシア」による影響を軽減するために代替貿易先(輸出側では代替市場、輸入側では調達源)の確保や、国内での生産力強化による経済の下支えを図っている。
西側諸国は軍事侵攻を受けて協調してロシアに迅速かつ厳しい経済・金融制裁を課してきた。具体的には経済(貿易)面では半導体などの戦略物資のロシアへの輸出停止やロシア産資源の輸入停止、金融面ではロシアの個人・企業・銀行(中銀含む)の資産凍結や一部銀行の国際決済網からの排除などが挙げられる。
制裁は、ロシアの物資・戦費調達を困難にし、経済・金融面から戦争を続けることを難しくさせることを目的としている。ロシアにとっては西側諸国との貿易縮小や輸入品の価格上昇を通じて実体経済にマイナスの影響が及ぶことが想定される。また、制裁ではないが外資系企業がロシアでの事業停止やロシアから撤退することは生産力の低下につながる可能性がある。
一方で戦争開始から天然ガス価格などの価格が高騰している。ロシア側に立てば主要輸出品目の価格上昇は、交易条件の改善を通じて実体経済にプラスの恩恵を得ることができる。
戦争が長期化し、西側諸国の制裁やロシア側の対抗措置が強化されるなか、戦争開始後のロシアの実体経済に関するデータも明らかになってきた。ここでは、主にロシア政府や中銀が公開しているデータをもとに、戦争開始後のロシア経済の現状を確認していきたい。
ただし、そもそもロシアの公的統計の信憑性に疑問を呈する向きがある点は留意事項として補足しておきたい。
さて、次節で実際の統計データを確認していくが、その前に、戦争や制裁によって想定される影響を概観しておくと、次のようになるだろう。
ロシアはエネルギーの輸出国としての存在感が大きく、資源輸出が経済成長の原動力になっている。ロシアはエネルギーを武器に西側諸国(特にエネルギーをロシアに依存してきたEU)に揺さぶりをかけることができるが、エネルギー輸出の減少はロシアの成長率低迷に直結する。
他方、輸入に関する制裁の影響はより複雑と言える。ロシアにとって経済制裁により輸入が困難になったモノやサービスについて、質は悪化したとしても国内品への代替が進み国内需要が増加すると、消費者の満足度は低下するかもしれないが、ロシアの国内生産は増加し、GDPを押し上げる可能性がある。一方で、輸入品の価格上昇や生産力の低下により生産コストが増加して、物価が上昇すると購買力が低下して国内生産が減少する可能性もある。
中長期的には輸入(モノ)の減少だけでなく外資系企業の撤退や、戦争や制裁によって将来的にヒトやカネ、技術が集まりにくくなることによる影響が増すとみられる。
このように経済・金融制裁の影響は様々なものが想定されるが、必ずしも足もとのマクロ経済指標の悪化に直結しない可能性がある点に留意が必要だろう。
加えて、ロシアも西側諸国の経済・金融制裁への対抗措置として、主力輸出品目(エネルギーや食料など)を武器に揺さぶりをかけつつ、西側諸国の「脱ロシア」による影響を軽減するために代替貿易先(輸出側では代替市場、輸入側では調達源)の確保や、国内での生産力強化による経済の下支えを図っている。
2―ウクライナ侵攻後の経済状況
次に物価の状況を確認すると、消費者物価指数は22年1月の前年同月比8.7%から、戦争開始後の4月には17.8%まで急上昇した。足もとでは物価上昇圧力が軽減しているが、依然として前年同月比で2桁台の上昇率となっている。戦争開始直後は、ルーブル安に転じたことがインフレ加速の一因なったが、その後にルーブル安が改善しても2桁台のインフレが継続しているのは、制裁を背景にした物資不足や国際的な商品価格の上昇という影響が継続しているためと考えられる。
高インフレで実質賃金の伸びは大きく押し下げられているため、消費への悪影響が想定される。ただし、ロシア政府はこうした状況を受けて、最低賃金の引き上げ、年金増額、子どものいる家計への補助金支給などを実施し、景気の下支えを図っている。
続いて貿易については、ロシア中銀が公表する国際収支統計で確認できる経常収支項目(四半期ごとの財・サービスの合計データ)を確認したい。なお、貿易データは西側諸国が課した経済制裁の効果とも直接関係するため、注目されるところであるが、ロシア連邦税関局が貿易統計の公表を停止しているため、戦争開始後の詳細な貿易データは入手できない。
国際収支統計によると前年同期比では、1-3月期には財・サービス輸出(ドル建て)の伸び率は58.8%、同輸入は12.3%であり、前期(21年10-12月の輸出の伸びは58.8%、輸入の伸びは23.4%)と比較しても堅調に推移していたが、4-6月期は輸出が20%、輸入が▲22%となり、輸出の伸びが急鈍化し、輸入についてはマイナスに転じている(ただし4-6月期はロシア中銀が公表する推計値ベース、図表2)。
高インフレで実質賃金の伸びは大きく押し下げられているため、消費への悪影響が想定される。ただし、ロシア政府はこうした状況を受けて、最低賃金の引き上げ、年金増額、子どものいる家計への補助金支給などを実施し、景気の下支えを図っている。
続いて貿易については、ロシア中銀が公表する国際収支統計で確認できる経常収支項目(四半期ごとの財・サービスの合計データ)を確認したい。なお、貿易データは西側諸国が課した経済制裁の効果とも直接関係するため、注目されるところであるが、ロシア連邦税関局が貿易統計の公表を停止しているため、戦争開始後の詳細な貿易データは入手できない。
国際収支統計によると前年同期比では、1-3月期には財・サービス輸出(ドル建て)の伸び率は58.8%、同輸入は12.3%であり、前期(21年10-12月の輸出の伸びは58.8%、輸入の伸びは23.4%)と比較しても堅調に推移していたが、4-6月期は輸出が20%、輸入が▲22%となり、輸出の伸びが急鈍化し、輸入についてはマイナスに転じている(ただし4-6月期はロシア中銀が公表する推計値ベース、図表2)。
ロシア中銀は、輸出に関して、石油輸出のうちEU向け供給が減少する一方で、トルコやアジア(中国、インド)向け供給がその一部を相殺、天然ガス輸出はEU向けの供給が減少する一方で、中国向けがその減少の一部を相殺していると評価している。また、輸入についてはEUを中心とした西側諸国の制裁による影響(ハイテク部品のロシア向け供給の禁止)が生じているほか、外資系企業が撤退したことによる悪影響も見られると評価している。
一方、戦争により主要国の対ロシア貿易がどのように変化したかを、主要国が公表する貿易統計から確認すると(図表3・4)、特に対ロシア輸出(ロシアから見ると輸入)について、戦争開始直後に多くの主要国がロシア向け輸出シェアを減少させていることが分かる。対ロシア輸入(ロシアから見ると輸出)は、特にEUでの減少が目立つ。一方で、足もとではトルコや中国などはロシア向け輸出を増加させており、トルコやインド、中国がロシア向け輸入シェアを増加させている。ただし、前述の通り、金額ベースで見ると、4-6月期時点では全体の財・サービス輸出は伸びの急減、財・サービス輸入ではマイナス成長となっていることから、ロシア中銀が述べるとおり、これらの国との貿易による相殺は現時点ではあくまでも「一部」にとどまっているということになるだろう。
一方、戦争により主要国の対ロシア貿易がどのように変化したかを、主要国が公表する貿易統計から確認すると(図表3・4)、特に対ロシア輸出(ロシアから見ると輸入)について、戦争開始直後に多くの主要国がロシア向け輸出シェアを減少させていることが分かる。対ロシア輸入(ロシアから見ると輸出)は、特にEUでの減少が目立つ。一方で、足もとではトルコや中国などはロシア向け輸出を増加させており、トルコやインド、中国がロシア向け輸入シェアを増加させている。ただし、前述の通り、金額ベースで見ると、4-6月期時点では全体の財・サービス輸出は伸びの急減、財・サービス輸入ではマイナス成長となっていることから、ロシア中銀が述べるとおり、これらの国との貿易による相殺は現時点ではあくまでも「一部」にとどまっているということになるだろう。
3―今後の注目点
以上、戦争後のロシアについて、実体経済の状況を中心に確認してきた。
総括すれば、ロシアは西側諸国の経済・金融制裁によって、実体経済面では景気の減速感が強まっていると評価できる。また、今後のロシア経済に関して、例えば、IMFは成長率を22年▲6.0%、23年▲3.5%、ロシア中銀は22年▲6.0-▲4.0%、23年▲4.0-▲1.0%と2年連続のマイナス成長を見込んでいる(いずれも7月時点の見通し)。
ただし、ロシア経済の将来は戦争や制裁の行方に大きく左右されるだろう。例えばG7では、ロシア産石油価格に上限を設け、上限以上の価格で取引する場合は船舶への保険提供を禁止し、実質的に高価格での石油取引を困難にすることが検討されている。上限設定措置が実施されれば、これまでロシア経済の成長を支えてきたエネルギー収入が抑制される可能性がある。また、欧州が痛みを伴いつつも来年にかけ、ロシアが代替貿易先を確保する前に、迅速に「脱ロシア」達成の目途を付けることができれば、来年以降、ロシアはエネルギー輸出の大きな市場を失うことになる。これらはいずれもロシア経済の下押し圧力となる。逆に、石油価格の上限設定がうまく機能しない、あるいは「脱ロシア」が遅れれば、ロシアのエネルギー収入の維持につながり、経済への悪影響も軽減されるだろう。
それだけに、この冬の欧州の「脱ロシア」の進展具合や、西側諸国のさらなる制裁措置とその実効性、代替貿易先としての中国やインドの動向が引き続き注目される。
総括すれば、ロシアは西側諸国の経済・金融制裁によって、実体経済面では景気の減速感が強まっていると評価できる。また、今後のロシア経済に関して、例えば、IMFは成長率を22年▲6.0%、23年▲3.5%、ロシア中銀は22年▲6.0-▲4.0%、23年▲4.0-▲1.0%と2年連続のマイナス成長を見込んでいる(いずれも7月時点の見通し)。
ただし、ロシア経済の将来は戦争や制裁の行方に大きく左右されるだろう。例えばG7では、ロシア産石油価格に上限を設け、上限以上の価格で取引する場合は船舶への保険提供を禁止し、実質的に高価格での石油取引を困難にすることが検討されている。上限設定措置が実施されれば、これまでロシア経済の成長を支えてきたエネルギー収入が抑制される可能性がある。また、欧州が痛みを伴いつつも来年にかけ、ロシアが代替貿易先を確保する前に、迅速に「脱ロシア」達成の目途を付けることができれば、来年以降、ロシアはエネルギー輸出の大きな市場を失うことになる。これらはいずれもロシア経済の下押し圧力となる。逆に、石油価格の上限設定がうまく機能しない、あるいは「脱ロシア」が遅れれば、ロシアのエネルギー収入の維持につながり、経済への悪影響も軽減されるだろう。
それだけに、この冬の欧州の「脱ロシア」の進展具合や、西側諸国のさらなる制裁措置とその実効性、代替貿易先としての中国やインドの動向が引き続き注目される。
(2022年10月06日「基礎研マンスリー」)
03-3512-1818
経歴
- 【職歴】
2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
2009年 日本経済研究センターへ派遣
2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
2014年 同、米国経済担当
2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
2020年 ニッセイ基礎研究所
2023年より現職
・SBIR(Small Business Innovation Research)制度に係る内閣府スタートアップ
アドバイザー(2024年4月~)
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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