2022年09月16日

東南アジア経済の見通し~当面は観光関連産業が持ち直し、景気の回復傾向が続く

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1.東南アジア経済の概況と見通し

(経済概況:感染改善と入国規制などの制限緩和が進み、景気回復が継続)
東南アジア5カ国(マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナム)は昨年半ばに新型コロナウイルス変異株(デルタ株)の感染が拡大して、各国政府が活動制限を厳格化したため、7-9月期の成長率が下振れたが、年後半からワクチン接種が加速するに従って感染状況が改善、各国で活動制限が緩和される中で経済活動の再開が進んでいる。昨年末にはオミクロン株の感染拡大が生じたが、各国の医療体制が逼迫する事態には至らず、活動制限の強化は限定的であり、年明け後も景気の回復傾向が続いた。
(図表1)実質GDP成長率 22年4-6月期は感染状況が落ち着いて各国政府が入国規制などの制限措置の緩和を進めたため、観光関連産業を中心に経済が回復した。実質GDP成長率(前年同期比)はインドネシア(同+5.4%)、マレーシア(同+8.9%)、タイ(同+2.5%)、ベトナム(同+7.7%)の4カ国で上昇した(図表1)。フィリピン(同+7.4%)は1-3月期の同+8.2%からやや鈍化したものの、高成長が続いた。

 
(新型コロナ感染状況:オミクロン株の感染拡大が収束して入国規制の緩和進む)
東南アジア地域の新型コロナ感染動向は、今年1-3月期にオミクロン株が流行して再び感染拡大の波が生じた(図表2)。オミクロン株は感染力が高く、各国の新規感染者数はデルタ株の流行時を上回るペースで増加したが、重症化率が低いため医療体制が逼迫する事態には至らなかった。このため各国政府の行動規制は水際対策や活動制限の一時的な強化にとどまり、都市封鎖のような厳しい制限措置が実施されることはなかった。

オミクロン株の感染拡大が3月頃にピークアウトすると、各国政府は観光産業の早期回復を目指して外国人観光客の受け入れを加速、これまで水際対策として実施していた入国規制(入国時の陰性証明書やワクチン接種証明書の提出義務、入国後の隔離措置など)をほぼ撤廃したほか、オミクロン株の流行に伴い見合わせていた活動制限の緩和を再開した(図表3)。最近では屋外でのマスク着用義務を撤廃する国が増えており、コロナ禍前の生活様式に戻りつつある。

7~8月にはオミクロン株派生型の感染が増加したが、ワクチン接種の普及や自然免疫の獲得などでデルタ株やオミクロン株ほど感染が広がらず、足元の感染状況は落ち着いた水準で推移している。
(図表2)新規感染者数の推移/(図表3)封じ込め政策の厳格度指数
(図表4)消費者物価上昇率 (物価:年内高止まり、来年低下へ)
東南アジア5カ国の消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は昨年、国際商品市況の上昇や世界的なサプライチェーンの混乱の影響が広がる中でも、コロナ禍でサービス消費が抑制されるなど物価上昇は限定的だったが、22年に入って各国でインフレが加速している(図表4)。昨年後半からワクチン接種が加速して経済再開が進むようになったほか、今年2月以降ウクライナ情勢の悪化を受けて燃料や食品、金属などより幅広い商品の価格が上昇、更には3月の米国の金融引き締め開始により東南アジア通貨の減価傾向が強まって輸入インフレが加速したことがインフレ圧力となっている。比較的タイとフィリピンの物価上昇は大きく1-3月期の時点で中銀の物価目標の上限に達した一方、マレーシアとインドネシア、べトナムの物価上昇は緩やかなものとなっている。これはマレーシアとインドネシアは政府の燃料補助金制度、またベトナムは政府の価格統制や付加価値税の減税(22年2月)により物価上昇が抑制されたためとみられる。

先行きのインフレ率は、原油価格の下落により上昇ペースが鈍化するものの、コロナ禍からの経済活動の回復が続いて受給面からの物価上昇圧力が働くことや世界的な食品価格の高騰により年内まで高止まりするだろう。23年は世界経済の減速や各国中銀の金融引き締めの影響が内需に波及するなかで低下に転じ、落ち着きを取り戻していくと予想する。
(図表5)政策金利の見通し (金融政策:23年前半まで金融引き締めが続く)
東南アジア5カ国の金融政策は、コロナ禍で各国中銀が低金利を維持して経済回復を後押ししてきたが、今年に入ってインフレの加速と国内経済の回復、米国の利上げを背景とする自国通貨安を受けて金融引き締め姿勢に転じた国が増えている(図表5)。今年累計の利上げ幅はフィリピンが+1.75%、マレーシアが+0.75%、タイが+0.25%、インドネシアが+0.25%であり、ベトナムはインフレ圧力が緩やかで政策金利を据え置いている。

金融政策の先行きは、当面インフレ率が高止まりすることや米国の利上げ継続により資金流出圧力が強まること、コロナ禍からの経済回復が続くことから各国中銀は来年前半まで金融引き締めを続けるだろう。特に資源輸出国のインドネシアは交易条件の改善による内需の拡大で国内経済が堅調に推移する中、補助金付き燃料の値上げによりインフレ加速が見込まれ、相対的に速いペースで利上げが進むものと予想する。
(経済見通し:当面は観光関連産業の好調により景気の回復傾向が続く)
東南アジア5カ国の経済は、昨年の感染拡大に伴う経済停滞の反動により7-9月期の成長率が押し上げられ、その後は成長ペースが鈍化するものの、概ね景気の回復傾向は続くと予想する。また今後も感染拡大と活動制限措置によって経済活動が抑制される可能性はあるが、ワクチン接種などの感染対策の進展により都市封鎖は回避されると想定している。

今後は徐々にコロナショック前の生活様式に戻るなかで対面型サービス業が持ち直すだろう。足元では新型コロナの感染状況は落ち着いており、各国政府はコロナ規制の緩和を進めている。特に入国規制や飲食店・娯楽施設などの営業制限の緩和が進んでおり、観光関連産業の回復が期待できる。このためサービス業を中心に雇用情勢が改善して賃金の上昇傾向が続くとみられる。足元の物価上昇や政府の消費者支援策の規模縮小が消費への下押し圧力となるものの、民間消費は堅調な伸びを維持すると予想する。

投資は、当面は消費需要の回復による企業収益の増加やコロナ禍で遅れていたインフラ整備の進展などにより堅調に推移するが、輸出の鈍化や金融引き締めによる企業の資金調達コストの増加などにより徐々に増勢が鈍化すると予想する。
(図表6)実質GDP成長率の見通し 純輸出は輸出の増勢が鈍化する一方、内需拡大により輸入の拡大が続くため、成長率寄与度は低下するだろう。世界的な物価上昇を背景に米国をはじめとした各国で金融引き締めが続いて経済は減速傾向にあり、また中国もゼロコロナ政策や不良債権問題により景気が力強さを欠く展開が当面続くとみられる。このため、来年前半までは財貨輸出が鈍化しよう。サービス輸出は外国人旅行者数の増加で好調が続くものの、財貨輸出と比べて規模が小さいため、財・サービス輸出全体では減速傾向が続くだろう。

以上の結果、22年はコロナ禍からの経済正常化が進むため成長率が上昇するが、23年は輸出鈍化やコロナ後の急回復の一巡により成長率が低下すると予想する(図表6)。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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