2022年09月08日

気候変動指数化の海外事例-日本版の気候指数を試しに作成してみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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3|損害額を対数換算して、4つの変数の回帰式で表すモデルを構築
ACRIを計算するためには、さまざまな災害による被害を金額換算して、損害額(Loss)を計算することが必要となる。金額換算では、インフレを加味した2016年基準ドル換算が用いられている。Lossは、地域・月ごとに、モデルに含まれる要因以外を考慮して損失を測るための切片(I)、地域・月の資産価値(推定値)を表すエクスポージャー、4つの環境条件(降水、低温、高温、強風)の変数によって表される関数として、つぎのように表現されると仮定している15

Loss = I × (エクスポージャー) e  × (降水) p × (低温) l × (高温) h × (強風) w      [ドル]

算式中のe、p、l、h、wは、それぞれの変数に対する指数。変数の変化に応じて損失が増減する感度を表すパラメータである。過去のデータをもとに、これらのパラメータを推定していくこととなる。

ただし、Lossを実額のまま取り扱うと、損害の発生した地域・月と、発生しなかった地域・月の間の差が大きく、分布が大きく歪んだ形となってしまう。そこで、Lossを対数換算することで、その歪みを小さくして、回帰計算等の作業処理がしやすい形としている。

具体的には、つぎの算式で、ln(Loss)のモデル化を行っている。(ln(☆)は、☆の自然対数を表す)

ln (Loss) = ln (I) e×ln (エクスポージャー) p×ln (降水) l×ln (低温) h×ln (高温) w×ln (強風)

この算式で、84の地域・月(=7地域×12月)ごとに、それぞれパラメータを推定する。ただし、各地域・月のデータは1961~2016年の56個しかない16ため、パラメータの推定値には相当なブレが含まれている点に注意が必要となる。
図表3. 信頼水準90%で有意なパラメータ推定
 
15 ACIの項目のうち、海面水位と、乾燥はACRIには用いられていない。海面水位は、内陸にある「中西部」で観測できないためとしており、予備分析では、海面水位を除外しても説明力があまり失われないことを確認したとしている。また、乾燥は、年データを補間して月データを算出しており、直接獲得できるわけではないためとしている。
16 たとえば、「平原南部」の「3月」のデータは、同地域の1961~2016年の3月のデータ、すなわち56個しかない。
4|地域レベルの推定の安定度は低い
ln(Loss)の算式によるモデル化においては、アメリカ全体では推定の安定度が高かった。一方、地域レベルでの推定や、地域・月レベルでの推定では、安定度が低かった。たとえば、推定の安定度を決定係数でみると、アメリカ全体は0.62なのに対し、各地域は0.22~0.50の範囲にとどまっている。

5|ACRIは、損失額から参照期間中の平均損失額を差し引いて計算する
以上のように、パラメータを推定して、モデルを作ることができる。このモデルに、エクスポージャーや4つの変数(降水、低温、高温、強風)を代入することで、モデル化された損失額が計算できる。そして、モデルにより計算された各年の損失額から、参照期間中の損失額の平均を差し引くことで、ACRIが計算される。ただし、ACRIの計算において、パラメータが統計的に有意でない場合には、モデルによる計算は行われない。この場合は、ACRIはゼロとなる。

6|ACRIは、近年、変動が激しくなってきている
こうして構築されたACRIの実際の推移をみておこう。つぎの図表のとおりとなる。
図表4. ACRIの推移
「モデルにより計算された各年の損失額から、参照期間中の損失額の平均を差し引く」というACRIの計算方法により、参照期間中のACRIの平均は、ゼロとなる。1979年に31億ドルとなり、この間の最高値となっている。 30年の参照期間のうち、22年はACRIがマイナスとなっており、多くの年は平穏であった、とみることができる。

一方、参照期間後の1991年以降、2016年までに、ACRIが40億ドル超となった年は4つあった。特に、2008年には120億ドル近くまで上昇した。これは、同年6月に中西部で発生した、大洪水の損害によるものとみられる。このように、年次によっては自然災害で巨額の損失が発生することを示している。なお、ACRIは1991年以降も14年でマイナスとなっている。近年、年次ごとのACRIの変動が激しくなってきている様子がうかがえる。

4――オーストラリアの気候指数

4――オーストラリアの気候指数

つづいて、オーストラリアで開発・運用されている気候指数(AACI)についても、簡単に見ておこう。

1|オーストラリアを12の地域に分けて、地域ごとに指数を設定
オーストラリアは、日本の20倍にあたる約769.2万平方キロメートルの国土を有している。国土は、南北約3,700キロ、東西約4,000キロに広がっており、北部の熱帯気候、中央部の乾燥帯気候、南部の温帯気候17など、地域ごとに気候が大きく異なっている。

そこで、AACIでは、オーストラリアを12の地域に分けて、地域ごとに指数を設けている。そして、12の地域の指数を平均することで、オーストラリア全体の指数(AACI合成指数)を設定している。

AACIは、アクチュアリーをはじめ、公共政策の立案者、企業、一般市民に、オーストラリアの気候の極端さについて情報を提供することを目的としている。たとえば、洪水、サイクロン、干ばつ、熱波などの気候関連の極端な現象の発生を念頭に置いて作成されている。気候変動の結果、特定のリスクがどのように変化するかについて理解を深める意図が込められている。
図表5. オーストラリアの12の地域区分
 
17 ドイツの気候学者ケッペンが考案した「ケッペンの気候区分法」による。
2|季節単位で、単年と5年移動平均の指数が設けられている
指数は、四半期の季節単位(12月~2月、3月~5月、6月~8月、9月~11月)で設けられている。そして、単年の季節の指数と併せて、5年移動平均と、当該季節の5年移動平均の指数も設定されている。これは、気候変動を、より長いスパンで捉えようとするものと考えられる。

3|指数は、参照期間からの乖離度の大きさで表される
指数は、高温、低温、降水、風、連続乾燥日、海面水位の6つの項目について、計算される。1981年~2010年の30年間を参照期間として、あらかじめ、各項目について、参照期間中の平均と標準偏差を求めておく。

ある1つの項目に、注目しよう。この項目について、ある四半期の乖離度を求めることにしよう。そのためには、その季節の計数値から、参照期間中の平均を引き算する。その引き算の結果を、参照期間中の標準偏差で割り算する。このようにすることで、その季節の計数値が、標準偏差の何倍くらい、平均から乖離しているかという、乖離度が計算できる。

4|AACI合成指数の計算には、高温、降水、海面水位の指数しか用いない
気候の指数として、6つの項目をとっているが、AACI合成指数の計算には、高温、降水、海面水位の指数しか用いない。低温、風、連続乾燥日を除外する理由は、つぎのように説明されている。

低温    : すでに高温が合成指数に用いられており、気温が強調され過ぎないようにするため

風     : 1995年頃の風速計の最新化で測定方法が変更されており、データが一貫しないため

連続乾燥日 : 合成指数に用いられている降水と、強い負の相関を持つため

これにより、合成指数は、高温、降水、海面水位の3つの指数の平均として、計算されることとなる。

(1) 高温は、上側1%に入る日の割合から算出
指数の作成方法を簡単にみていこう。気候の元データは、オーストラリア気象局(the Bureau of Meteorology, BoM)のものを用いている。以下では、項目別にみていこう。

気温については、112ヵ所のBoMの気象観測所のデータが用いられる18

高温は、参照期間中の最高気温の99%閾値(しきいち)を超えた日が、その季節にどれだけあったかという割合でみていく。たとえば、ある年の3月6日については、1981年から2010年までの3月6日とその前後5日間の、合計330日分のデータのうち、4番目に高いデータが99%閾値となる。3月6日の最高気温が99%閾値を上回っていれば、「超過」とカウントされる。このような「超過」の日数が、その季節の日数に占める割合をみる。同様のことを、1日の最低気温についても行い、99%閾値を超えた日数の割合をとる。

この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算してそれぞれの乖離度が計算される。そして、最高気温と最低気温について、乖離度の平均をとって、高温の指数が計算される。
 
18 参照するデータは、Australian Climate Observations Reference Network – Surface Air Temperature(ACORN-SAT)のもの。長期間観測を行っている112の観測所のデータを抽出する。データ取得方法の違いなどを補正するために、“homogenisation”(均質化)と呼ばれる処理を行っている。
(2) 低温は、下側1%に入る日の割合から算出
低温は、AACI合成指数の計算からは除外されているが、高温と同様に指数の計算は行われる。ただし、その際、閾値には1%閾値が用いられる。330日分のデータのうち、4番目に低いデータが1%閾値となる。1%閾値を下回った日数の割合から計算される。

(3) 降水は、5日間の降水量の最大値から算出
降水については、降雨の観測・報告を行っている約2,000ヵ所の観測所のデータが用いられる。

降水は、季節のうち、連続する5日間の降水量をみる。高温と同様に、参照期間中の降水量の99%閾値を超えた日が、その季節にどれだけあったかという割合でみていく。この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、降水の指数が計算される。

(4) 風は、99%閾値を上回る日数の割合から算出
風は、AACI合成指数の計算からは除外されているが、指数の計算は行われる。信頼できる風速の時系列データを提供するとされる、BoMの38ヵ所の観測所のデータが用いられる。高温や降水と同様に、参照期間中の風速の99%閾値を超えた日が、その季節にどれだけあったかという割合でみていく。この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、風の指数が計算される。なお、風は、他の項目より遅れて、1992年冬季(6~8月)以降の分が公表されている。

(5) 連続乾燥日は、雨が1ミリメートル未満となる乾燥日の最大連続日数から算出
連続乾燥日は、AACI合成指数の計算からは除外されているが、指数の計算は行われる。BoMの降水データをベースに、雨が1ミリメートル未満となる乾燥日が何日続くかという、最大連続日数についてデータをとる。気温や降水と同様に、連続乾燥日の指数が計算される。

(6) 海面水位は、季節の最大水位のデータから算出
海面水位は、BoMによって設置された「基線海面水位監視計画」というプロジェクトで観測される、16ヵ所の潮位計によるデータが用いられる。海洋に面した8つの地域区分で指数が計算される。

海面水位は、季節の最大水位のデータをとる。このデータから、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、海面水位の指数が計算される。
これらのうち、高温、降水、海面水位の3項目の指数の単純平均として、AACI合成指数が計算される。ただし、海に面していない観測地点では、海面水位を除いて合成指数が計算される。

5|AACIの合成指数は上昇傾向
ここで、指数のこれまでの推移を見ておこう。指数には、各季節の指数、5年移動平均、当該季節の5年移動平均、の3種類の指数がある。オーストラリアのアクチュアリー会が、主として公表しているのは、5年移動平均の指数となっている。これを、全体のAACIと、各項目について示すと、次の図の通りとなる。
図表6. 指数推移 (5年平均)
1981年から2010年は参照期間であり、この期間には、横軸の付近で推移している。2011年以降、AACI合成指数の値は、徐々に高くなっている。2022年秋季(3~5月)には、0.47となっている。近年、オーストラリアの気候の極端さは上昇傾向にある、ということが、定量的に示されている。

項目ごとに見ると、高温や海面水位は、AACI合成指数を上回って推移している。温暖化により、高温日数の増加や、海面水位の上昇が進んでいる様子がうかがえる。

一方、降水、風、連続乾燥日の3項目については、上下の振幅の幅が大きい。これらについては、今後も振幅の幅が拡大していくかどうかなど、中長期的な動きを、慎重にみていく必要があるものと考えられる。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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