コラム
2021年02月19日

20年を迎えた介護保険の再考(21)ケアラー支援-介護離職対策に関心、現金給付は創設時に論争に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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2|紛糾した家族介護慰労金の導入
介護保険制度の創設に至る経緯を振り返る(上)で述べた通り、介護保険法は当時の政局の影響を受けました。具体的には、制度創設が決まるまでのプロセスでは、自民、社会、さきがけの連立与党を中心に議論が進んだものの、制度スタート時には自民、自由、公明の枠組みになりました。こうした政治変動の中、制度開始直前の1999年10月、自民党の亀井静香政調会長が「子どもが親の面倒を見るという美風を損なわない配慮が必要」と訴えたのです。つまり、「介護保険制度の導入による介護の社会化→介護を介護保険サービスに委ねる子の増加→子が親の面倒を見なくなる→子が親を貴ぶ『美風』の損失」という経路を恐れていたと言えます。

結局、こうした意見を踏まえ、政府は1999年11月、家族介護を支援する施策の一環として、家族介護慰労金の創設を打ち出しました。現在、家族介護慰労金は2006年度に創設された地域支援事業の一つに位置付けられており、7年前の調査研究事業では4割程度の保険者(保険制度の運営者)で実施されています17が、極めてマイナーな制度です。

これは「折角、介護保険を作り、家族(主に女性)の介護負担を軽減しようとしているのに、その流れを止めかねない」といった批判が出たことで、マイナーな制度になっている面があります。例えば、制度創設に関わった有識者は当時の国会参考人質疑で、「家族慰労金という形で現金をばらまき、社会的サービスの利用を阻害するとするならば、それは逆に家族崩壊につながりかねない愚策であることを思い知るべき」と激しく批判しています18。つまり、「現金給付→介護サービスの発展を阻害→主に女性を縛り付けている家族介護の固定化」という経路が介護の社会化を掲げた介護保険の流れを逆行させるという意見を引き起こしたわけです。

しかし、少子化で家族の役割が小さくなったり、地域の繋がりが減退したりしている中、ケアラー支援は重要になって来ると思われます。以下、今後のケアラー支援の論点として、(1)家族と福祉国家システムの関係、(2)ジェンダーとケアラー支援の関係、(3)家族と要介護者の難しい関係、(4)現金給付、介護保険との関係――の4つを挙げたいと思います。
 
17 三菱総合研究所(2014)「地域支援事業の実態及びその効果に関する調査研究事業」(老人保健健康増進等事業)。有効回答数は1,252保険者。
18 1999年11月17日、第146回国会衆議院厚生委員会における池田省三龍谷大学助教授による発言。
 

6――今後のケアラー支援の論点

1|家族と福祉国家システムの関係
まず、ケアラー支援は福祉国家システムにおける家族と絡みます。福祉国家の比較研究によると、家族、市場、政府は相互補完的であり、「福祉や介護に関する過程の責任を、福祉国家または市場の働きを通じて、どの程度まで緩和できるか」という視点が重要になると指摘しています19。つまり、一般的な傾向として、家族の役割が大きい国では、福祉制度は発展しにくい面があるわけです。

この点で言うと、1978年版『厚生白書』に興味深い一節があります。具体的には、「老親と子の同居は我が国の特質」としつつ、現実的には同居が難しくなっているとして、「わが国のいわば『福祉における含み資産』ともいうべき制度を生かすに際しては、少なくとも同居することが大きな経済上の負担を意味することのないよう、老人に対する所得保障を充実すると共に同居を可能にする住宅等の諸条件を整えることが必要」と訴えています。つまり、家族同居という「含み資産」を活用できるようにするため、年金制度の充実や住宅整備が必要と指摘していたわけです。

この「含み資産」という「上から目線」の表現がどうにも引っ掛かるのですが、確かに日本では「親の介護については家族で対応すべきだ」と長らく考えられて来ました(子育ても同じです)し、制度創設時に「介護保険制度が日本の美風に反する」という批判が出たことについても、政府と家族のトレードオフ関係を示す一例と言えます。
 
19 Gosta Esping-Andersen(1999)“Social Foundations of Postindustrial Economics”[渡辺雅男・渡辺景子訳(2000)『ポスト工業経済の社会的基礎』桜井書店p86]を参照。
2|ジェンダーとケアラー支援の関係
さらに、ジェンダーの問題も絡んで来ます。先に触れた通り、介護保険制度が必要と判断された一つの切口として、介護労働に従事していた女性の負担軽減がありました。つまり、家族内で実施していた無償のケア労働を社会化したわけです。しかし、それでも介護離職者やダブルケアによる離職者は女性の非正規雇用に偏っている可能性があります。例えば、先に引用した図1を見ると、介護離職者は男性よりも女性に多く、図2でもダブルケアに伴う離職、収入減のリスクは男女間で偏在している様子を見て取れます。つまり、制度創設時に意識されていたジェンダー問題は今も残っていると考えられます。

しかも、日本の社会保障制度は社会保険料を主な財源とした社会保険方式を採用しており、「社会保険方式のように雇用ないし職歴に基礎を置いて資格付与を行うシステムでは、暗黙のうちに一家の稼ぎ手である男性が有利になる」という側面があります20。言い換えると、社会保険方式は男性の正規雇用を前提としたシステムであり、女性は排除されやすい面があります。このため、企業が介護離職の対策を打っても、女性、中でも非正規雇用の女性が見落とされる危険性があり、介護離職対策やケアラーの支援を考える時、絶対に欠かせない視点と思います。
 
20 同上[p85]。
3|家族と要介護者の難しい関係
家族と介護を必要とする人の難しい関係にも留意する必要があります。家族にとっては、要介護者が介護保険サービスを使うことは負担軽減に繋がりますが、もし要介護者が「デイサービス(通所介護)で『夕焼け小焼け』を歌いたくない」と思っているのに、「家族が働きに出ている間、足手まといになるからデイサービスに行く」と考えているのであれば、家族と要介護者の利害は対立していることになります。

一方、単純な対立構図では考えられない側面もあります。やはり家族は要介護者にとって身近な存在ですし、認知症ケアでは要介護者の人生を知っていることが一種の「特権」となるという指摘もあります21。具体的には、過去の経験や記憶、知識は認知症になっても全て消えるわけではないため、専門職が本人を中心としたケアを構築する上で、要介護者が元気だった頃を知る家族もケアチームの一員になることで、新たな役割を持つようになっているというわけです。

もちろん、第1回の映画『花いちもんめ』で述べた家族介護を是とするわけではありませんが、「家族だからOK」、あるいは「家族だからダメ」と言い切れない難しさがあります。
 
21 木下衆(2019)『家族はなぜ介護してしまうのか』世界思想社を参照。
4|現金給付、介護保険との関係
最後に、制度創設時に甲論乙駁だった現金給付、あるいは介護保険制度との関係性について、論点を簡単に整理します。まず、現金給付については、(1)高齢者本人に対する慰労・激励、(2)高齢者本人の選択による介護者の確保、(3)高齢者本人に対する介護費用の補填、(4)サービスを受給している人との均衡確保、(5)介護者に対する慰労・激励、(6)介護労働に対する対価、(7)介護者の経済的損失の補填、(8)介護者が支払う介護費用の補填――に整理する意見があります 。確かに現金給付は多義的な側面を持っており、議論が拡散しやすい面があります。

ただ、第20回で述べた人手不足の制約条件を踏まえると、今後はヘルパー不足でサービスを提供できなくなり、保険料だけ取られてサービス給付を受けられない地域が生まれる可能性もあります。このため、こうした地域では先の整理で言うと、(2)あるいは(4)の観点に立ち、家族介護慰労金を充実する選択肢も考えられそうです。もちろん、その際には家族が必要以上に負担を背負わない配慮(いわゆる「再家族化」のリスク)、ケアラー支援策の充実なども意識する必要があります。

さらに介護保険との関係性で述べると、制度が元々、要介護高齢者の支援を想定している以上、介護保険だけでケアラー支援を考えるのは難しい面があります。このため、介護保険の枠組みだけでなく、制度・分野ごとの縦割りを超えた支援を目指す「地域共生社会」の一環として、障害者福祉や社会的孤立の解消なども意識した支援が必要になると思われます。
 
22 増田雅暢(2016)『介護保険の検証』法律文化社p160を参照。

7――おわりに

今回は介護保険制度の創設時に見送られた現金給付の話も含めて、ケアラー支援の問題を取り上げました。ややもすると、この問題は「家族介護の温存vs介護保険の充実」という対立構図で捉えられがちでしたが、地域の繋がり減少や家族の役割の低下、介護保険を巡る人手不足などを踏まえると、ケアラー支援の重要性は増していくと思われます。その際には国、自治体、企業、個人(高齢者本人、家族)がどう関わるべきか、対立構図に囚われ過ぎない議論が必要ではないでしょうか。

次回も介護保険制度創設時に意識されなかった問題として、2021年度介護報酬改定で話題となった感染症対策、災害対策を取り上げます。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2021年02月19日「研究員の眼」)

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