2024年11月07日

低下する独仏経済の牽引力-政治の分断がブレーキに-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

文字サイズ

減速傾向を強めるユーロ圏

10月30日公表のユーロ圏の7~9月期実質GDP(速報値)は前期比0.4%(前期比年率1.5%)と4~6月期の同0.2%(同0.8%)を上回った。主要国では、イタリアが同0.0%(同マイナス0.0%)は4~6月期の同0.2%(同0.6%)から失速したが、スペインは前期比0.8%(同3.4%)で前期に続く高い成長を維持、フランスとドイツは4~6月期よりも改善した。フランスはパリ五輪の押し上げ効果が働いたことで、同0.4%(同1.5%)と4~6月期の同0.2%(同0.8%)を上回った。一進一退の推移が続いたドイツも同0.2%(同0.7%)と4~6月期の同マイナス0.3%(同マイナス1.1%)からプラスに転じた(表紙図表参照)。

7~9月期の実質GDPは改善したものの、足もとではユーロ圏の景気減速懸念が強まっている。実質GDPとの連動性が高い総合PMI(購買担当者指数)は、9月は49.6、10月(速報値、以下同じ)は49.7と2カ月連続で活動の拡大と縮小の分かれ目となる50を下回り、10~12月期のマイナス成長すら意識される。

停滞が続くドイツ経済、フランス経済にも鈍化の兆し

停滞が続くドイツ経済、フランス経済にも鈍化の兆し

ユーロ圏経済には部門毎のばらつきが観察されてきたが、ここにきて製造業の停滞が続く一方、堅調を保ってきたサービス業が勢いを失いつつある。

国別には、ドイツの停滞が目立ってきたが、フランスも失速の兆候が見られるようになってきた。ドイツの総合PMIは、今年7月以降、4カ月連続で50を下回っている。ドイツ経済の屋台骨である製造業が、22年7月以降、50を割り込んだままで、10月も42.4という低空飛行が続き足を引っ張った。フランスの総合PMIも、10月は47.3とドイツの48.4%を下回る水準に沈んだ。フランスも製造業は振るわず、サービス業は、8月が五輪要因で55まで押し上げられた反動もあり、50を割り込む水準まで低下した。

この間の独仏間の成長格差の主な要因は個人消費

この間の独仏間の成長格差の主な要因は個人消費

7~9月期までのフランス経済は、ドイツ経済に比べて順調だった(図表1)。この間の独仏間の成長格差は主に個人消費によるものだ(図表2)。

個人消費の基調を決めるのはインフレ要因を調整した実質可処分所得である。コロナ禍やエネルギー危機によるインフレと所得支援などの危機対策の影響で振れ幅が大きくなっているが、均してみるとフランスの伸びがドイツよりも高かった。2022年秋をピークとするインフレの高進による実質可処分所得の減少局面を脱して、購買力を回復する局面に入るタイミングも、フランスの方が早かった(図表3、図表4)。
図表1 独仏実質GDP/図表2 独仏実質個人消費
図表3 独仏HICP/図表4 独仏実質家計可処分所得

財輸出の不振がドイツ停滞の原因

財輸出の不振がドイツ停滞の原因。サービス輸出も財に関わるサービスが伸び悩む

輸出のパフォーマンスもフランスの方が良好だった(図表5)。ドイツ経済の最大の特徴は輸出型製造業への依存度の高さにある。ドイツの輸出依存度(財・サービス輸出のGDP比)は、40%を超え、およそ30%のフランスを大きく上回る。サービス輸出の依存度はGDP比10%程度で独仏間に大きな差はない。GDP比で10%に達する輸出依存度の差は、経済活動に占める財輸出の重みの違いによるものである。

近年の輸出パフォーマンスの差の多くはサービス輸出によるものだ(図表6)。フランスのサービス輸出は「その他業務サービス(研究開発サービス、専門・経営・コンサルティング・サービス、技術・貿易関連・その他業務サービス)」が最も多く、「旅行」、「輸送」「通信・コンピューター・情報サービス」、「金融サービス」が続く(図表7-右)。「その他業務サービス」と「金融サービス」輸出は拡大傾向にある。「その他業務サービス」と「金融サービス」の収支の黒字幅は旅行に続いで大きく、稼ぎ頭となっている。

ドイツも、輸出額は、技術・貿易関連・その他業務サービスを中心とする「その他業務サービス」がトップで、「輸送」、「通信・コンピューター・情報サービス」、「知的財産権等使用料」、「旅行」、「金融サービス」が続く(図表7-左)。「その他業務サービス」、「通信・コンピューター・情報サービス」、「旅行」、「金融サービス」の輸出は堅調だ。しかし、ドイツのサービス輸出「輸送」や「知的財産権等使用料」など財に関わるサービスの輸出の比重がフランスに比べて高く、これらが伸び悩んでいる。フランスとは異なり、ドイツの「旅行収支」は赤字である。いわゆる「デジタル赤字」の多くを占める「通信・コンピューター・情報サービス」は独仏ともに赤字で拡大傾向にある。「その他業務サービス」は、先述のとおりフランスは黒字だが、ドイツは赤字基調で、かつ、赤字が拡大している。
図表5 独仏実質財・サービス輸出/図表6 独仏実質サービス輸出
図表7 独仏サービス輸出構成比(2023年)/図表8 独仏実質財輸出

立地競争力の低下

立地競争力の低下でドイツの主力輸出製品は医薬品を除いて総崩れ

財輸出は、コロナ禍による落ち込みと回復のプロセスでは、独仏が同じようなトレンドで推移してきた。しかし、2023年以降、緩やかな拡大が続いたフランスと伸び悩むドイツという構図となっていたが、7~9月期はフランスも減少に転じた(図表8)。

ドイツ連邦統計局の「対外貿易統計」によれば、2024年のドイツの1~8月期の輸出は前年同期を0.8%下回っている。輸出全体の67.6%を占める上位7品目(自動車、機械類、化学製品、 データ処理機器・電気製品・光学製品、 医薬品・医薬用化学物質、植物性製品 電気機器、 金属)のうち、輸出額が前年を上回っているのは医薬用化学物質のみである。

2024年9月に公表されたドイツ産業連盟(BDI)とボストンコンサルティンググループ(GCG)、ドイツ経済研究所(IW)による報告書(以下、 BDI・GCG・IW報告書)は、付加価値ベースで高いシェアを占める産業は2つの脅威から、「産業立地としてのドイツ」が競争力を失っており、産業空洞化(deindustrialization)のリスクが増大しているという。脅威の1つは、ロシア産パイプラインガスの供給停止によるエネルギーコストの上昇であり、化学、金属などのエネルギー集約型の装置産業は永続的な競争条件の悪化に見舞われている。もう1つの脅威はドイツ企業が技術的な優位を確立した市場の縮小であり、内燃機関車の市場縮小圧力に直面する自動車関連産業が直面している。2つの脅威に直接さらされていないセクターも、産業連関を通じて脅威に晒されているセクターからの間接的な圧力を受けている。医薬品等をごく少数の例外に輸出が総崩れとなっている理由である。

景気停滞下でドイツは大幅な経常黒字を維持

景気停滞下でドイツは大幅な経常黒字を維持、フランスの経常収支はほぼ均衡

ドイツは、経済の屋台骨である財の輸出が構造的な要因から停滞、競争力の危機が叫ばれているものの、これまでのところ財の貿易収支は大幅な黒字である。貿易黒字が、拡大傾向にあるサービス赤字を大きく上回っているため、経常収支は2023年時点でGDP比6.2%という大幅な黒字である。他方、フランスはサービスの黒字と財の赤字がほぼ均衡している。

国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し(2024年10月)」では、2024年のドイツの経常収支は同6.6%に拡大、フランスは2023年の同1%の赤字から2024年は同0.1%の黒字に転化すると予測している(図表9)。ドイツ連銀の「国際収支統計」によれば、2024年入り後のサービス赤字は拡大しているが、輸出を上回るペースで輸入が減少しており、サービス赤字を上回るペースでの貿易黒字の拡大が見込まれる。フランス中銀の「国際収支統計」によれば、貿易赤字はエネルギー価格の低下とエネルギー以外の財の収支の改善で縮小する一方、サービス黒字は拡大しており、経常赤字の解消が見込める状況にあることがわかる。

固定資本形成は独仏ともに減少傾向

固定資本形成は独仏ともに減少傾向、投資計画も慎重化

固定資本形成はともに減少基調にある(図表10)。先行して減少に転じたのはドイツである。ドイツではコロナ禍による落ち込みからの反動増が一巡した後、緩やかな減少基調を辿ってきた。フランスは、コロナ禍後の回復一巡後の減少から持ち直す動きも見られたが、7~9月期までの直近5四半期は連続で前期の水準を下回っている。

欧州委員会が年4回実施している投資計画調査でも、独仏ともに製造業、サービス業共に投資計画が弱気になっているが、ドイツの動きが先行し、より慎重なことがわかる(図表11、図表12)。

ドイツの製造業企業の計画は、土地・建物・インフラへの投資は前年比4%減、機械設備投資は同6%増、無形資産(研究開発、データ、知的財産、職業訓練など)は同12%増となっており、投資の内容による濃淡が見られる。研究開発やデータ、知的財産などへの投資に関しては、「産業立地としてのドイツ」の競争力の問題の影響は相対的に小さいのかもしれない。フランスの製造業企業の場合、機械設備投資は同22%増で最も高く、土地・建物・インフラへの投資は前年比10%増、無形資産は同12%増であり、5四半期にわたり縮小する固定資本形成のデータとはギャップがある(図表10)。今後、計画通りに投資が上向き、固定資本形成の減少傾向に歯止めがかかるのか、10~11月期の調査以降、計画が下方修正されることでギャップが縮まるのか注目される。
図表9 独仏経常収支対GDP比/図表10 独仏実質固定資本形成
図表11 独仏投資計画(製造業)/図表12 独仏投資計画(サービス業)

(2024年11月07日「Weekly エコノミスト・レター」)

Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【低下する独仏経済の牽引力-政治の分断がブレーキに-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

低下する独仏経済の牽引力-政治の分断がブレーキに-のレポート Topへ