2024年06月21日

現役世代の実質賃金下落が年金額の目減りに影響し続ける可能性-2024年度の年金額と2025年度以降の見通し (4)

保険研究部 主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任 中嶋 邦夫

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2|2025年度分の改定率(粗い見通し)のポイント:2つの要因で、物価に対する目減りが進行
2025年度分の改定率の見通しのポイントは、次の4点である。

第1のポイントは、2023年度(2025年度改定の2年度前)の賃金変動率が、名目ではプラスになるものの物価の伸びを下回るため、実質ではマイナスになる見込みである点である。改定率には3年平均が使われるため2023年度のマイナスの影響は3分の1になるが、2022年度(2025年度改定の3年度前)も実質賃金変動率がマイナスだったため、3年度分を平均した値もマイナスとなり、本来の改定ルールが例外に該当する。この結果、67歳以下も68歳以上も本来の改定率が物価変動率よりも低い値となり、年金額が物価に対して目減りする要因の1つとなる。

第2のポイントは、物価上昇率が実質賃金変動率のマイナス分を上回る(すなわち名目手取り賃金変動率がプラスとなる)ため、年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)が発動される点である。年金財政の健全化、すなわち将来の給付水準の低下抑制には効果があるが、年金額が物価に対して目減りする、もう1つの要因となる。

第3のポイントは、前述した2つの要因によって、年金額の物価に対する目減りが進む点である。マクロ経済スライドの発動は2023年度から数えて3年連続となるが、2023年度は実質賃金変動率がプラスだったため、目減りの要因はマクロ経済スライドだけだった。しかし、2024年度(実績)と2025年度(見通し)は、前述した2つの要因で物価に対して目減りとなる。特に2025年度の見通しでは、高齢期の就労が増加する影響でマクロ経済スライドの調整率が2024年度よりも小幅になるものの9、実質賃金変動率のマイナス幅が2024年度よりも拡大するため10、物価に対する目減りは2024年度よりも大きくなる11

第4のポイントは、初めて3年連続で年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)が完全に発動される点である。マクロ経済スライドは発動される機会が少ないという批判もあるが、2022年から物価上昇が続いている影響で、初めての3年連続での発動となる見込みである(図表5)。
図表5 年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)の適用状況のイメージ
 
9 マクロ経済スライドの調整率は、2024年度(実績)が-0.4%で、2025年度(見通し)が-0.3%。図表3参照。
10 実質賃金変動率は、2024年度(実績)が-0.1%で、2025年度(見通し)が-0.4%)。図表3参照。
11 2024年度(実績)は、物価上昇率が+3.2%で年金改定率が+2.7%のため、両者の差である物価に対する目減りは-0.5%。
2025年度(見通し)は、物価上昇率が+2.6%で年金改定率が+1.9%のため、物価に対する目減りは-0.7%。
3|2026~2027年度分の注目点:現役世代の実質賃金の下落が年金額の目減りに影響し続ける可能性
2025~2026年度分の見通しは、値自体にかなりの不確実性を伴うが、改定ルールの適用において次の事象が起こる可能性を示唆している。

第1は、実質賃金変動率の3年平均がマイナスとなる状況が、当面は続く可能性である(図表3上段の②の列)。この結果、前述した2025年度分の見込みと同様に、2026~2027年度も本来の改定ルールが例外に該当し、67歳以下も68歳以上も本来の改定率が物価変動率より低くなる見込みである。2024年度(2026年度改定の2年度前)の実質賃金変動率の見込みは不確実だが、2022年度(2026年度改定の4年度前)と2023年度(2026年度改定の3年度前)の実質賃金変動率が-1%を下回るため、当面はこの影響が現れる形になる。

第2は、2027年度には年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)の繰越しが発生する可能性である(図表3下段の最右列)。2023~2026年度の改定では前年の物価上昇率が高い影響で調整率がすべて適用されて繰越しが発生しないが、政府の見通し(現状投影ケース)では2026年の物価上昇率は+1.2%に低下する。そのため、図表4右の特例aに該当して調整率が部分的にしか適用されず、繰越しが発生する可能性がある。今回の試算では2024年度(2026年度改定の2年度前)以降の加入者数に2019年に政府が公表した加入者数の見通しを使っているため、繰越しが発生するかは、かなり不確実ではある。しかし、2024年に政府が公表した経済見通し(現状投影ケース)では2027年以降の物価上昇率が+0.8%と見込まれているため、繰越しが早晩発生する可能性がある。

4 ―― 総括

4 ―― 総括:現役世代の実質賃金の下落で、目減りは2025年度以降も継続する可能性

本稿では、別稿で確認した年金額改定のルール(図表1)が、2025年度分以降の改定でどのように機能するかを展望した。その要点は、次のとおりである。
 
  • 当面は賃金の伸びが物価の伸びを下回り、実質の賃金変動率はマイナスになる見込み。その結果、本来の改定率には特例が適用され、年金額が物価に対して目減りする要因の1つとなる。
     
  • 他方で、物価が一定程度の上昇を続ける見通しであるため、年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)が機能する見込み。年金財政の健全化、すなわち将来の給付水準の低下抑制には効果があるが、年金額が物価に対して目減りする、もう1つの要因となる。
     
  • ただし、2024年に政府が公表した経済見通し(現状投影ケース)では2027年以降の物価上昇率が+0.8%と見込まれているため、マクロ経済スライドの繰越しが早晩発生する可能性がある。
 
今度の動向は不透明だが、将来の状況を想像したうえで、個人の対応策を検討することや、制度改正を議論することが必要だろう。

(2024年06月21日「基礎研レポート」)

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保険研究部   主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

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