2023年11月28日

気候変動が運輸にもたらす影響-材料の改善や技術の進展により、強靭化が可能な部分もある

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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2|鉄道輸送 : 鉄道インフラにはさまざまな影響が及ぶ
鉄道輸送は、軌道や架線等のインフラを必要とする点で、海運、航空輸送と異なる。気候変動がもたらす影響を見るうえで、インフラに与える影響も考慮する必要がある。鉄道輸送については、数多くの文献がある。10,11,12,13 それらを参考に、筆者がまとめてみた。
 
10 Palin, E.J., I.S. Oslakovic, K. Gavin, and A. Quinn, 2021: Implications of climate change for railway infrastructure. Wiley Interdiscip. Rev. Clim. Change, 12(5), e728–e728, doi:10.1002/WCC.728.
11 Forero-Ortiz, E., E. Martínez-Gomariz M. Cañas Porcuna, L. Locatelli, and B. Russo, 2020: Flood Risk Assessment in an Underground Railway System under the Impact of Climate Change  – A Case Study of the Barcelona Metro. Sustainability, 12(13), 5291, doi:10.3390/su12135291.
12 Pérez-Morales, A., F. Gomariz-Castillo, and P. Pardo-Zaragoza, 2019: Vulnerability of Transport Networks to Multi-Scenario Flooding and Optimum Location of Emergency Management Centers. Water, 11(6), 1197, doi:10.3390/w11 061197.
13 Dawson, D., J. Shaw, and W. Roland Gehrels, 2016: Sea-level rise impacts on transport infrastructure: The notorious case of the coastal railway line at Dawlish, England. J. Transp. Geogr., 51, 97–109, doi:10.1016/j.jtrangeo. 2015.11.009.
(1) 軌道
極端な熱は、普通鋼のレールを膨張させ、座屈リスクを招く。また、洪水や高潮等により線路が冠水すれば、車両の脱線等の重大な事故を引き起こす恐れがある。線路が冠水しやすい水路の近くにある場合、線路を支持する盛土が削られたり流されたりすることがある。さらに、強風によって倒木などが線路を塞ぐ。線路脇のポイントが、洪水、高温(交換機構の過度の拡張)、低温(氷や雪による詰まり)により故障して輸送サービスの停止につながる、といったリスクもある。

(2) 架線
架線は、熱または寒さによって影響を受ける可能性がある。また、強風は送電線やそれを支える構造物を崩壊させることもある。さらに、浸水と凍結の影響を受ける可能性もある。一方、冷たい雨は、ワイヤや支持構造物に急速に氷を蓄積させる可能性がある。この大きな余剰負荷は、強風時にケーブルの過剰な移動を引き起こし、ケーブルや接合部の故障につながる可能性がある。信号装置は、通気性の悪い筐体(きょうたい)14に収納されている場合、暑熱により過熱する可能性がある。そして、線路の横では、洪水の影響を受ける可能性がある。
 
14 機器をおさめているはこ。(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)
(3) 線路の勾配
線路の勾配には、近代的な設計基準が存在する前に建設されたものも多い。これらの中には、現代の交通インフラの基準よりもはるかに急勾配となっているものもある。そのようなケースでは、大量の降水によって引き起こされる表層部の地滑り、荷重の増加や斜面形状の変化がもたらす深層部の地滑り、凍結の融解によって生じる落石などが問題となる。

(4) 擁壁
近年の擁壁15は、地盤の強度を安定させるために柔軟な埋込式構造が多いが、過去に造られた擁壁は重力式構造が多く、安定性を高めるために構造の自重と保持土の組み合わせに依存している。これらの壁は均質ではなく、荷重の変化の影響を受けやすい。
 
15 崖などの土留めのために造った壁。(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)
(5) トンネル
浸水や排水の問題による応力16の増大、浸透氷の形成などの問題が考えられる。氷が形成され、通過車両に氷が衝突したり、線路に落ちたりして、脱線を引き起こす。また、大雨は洪水や一時的な閉鎖を引き起こす可能性がある。
 
16 物体が荷重を受けたとき荷重に応じて物体の内部に生ずる抵抗力。(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)
(6) 橋梁
洪水時には、水中の基礎の周囲から材料が取り除かれることがある。これは、洗掘と呼ばれる。材料が失われると、橋梁自体の崩壊につながる可能性がある。

(7) 地下鉄
都市部では、地下鉄網が発達していることが多い。地下鉄には、豪雨などに伴う洪水のリスクがある。インフラの防水の状況や降雨条件によっては、線路や駅が洪水に見舞われることもある。特に、ヨーロッパなどで古くからある地下鉄の場合、高いリスクにさらされているものと見られる。
3|水運 : 海面水位の上昇が港湾施設に影響を及ぼす可能性もある
海運では、港湾施設が不可欠となる。カリブ海の島嶼国であるジャマイカとセントルシアの4つの空港と4つの港湾について、海面水位上昇の影響を予測した研究もある。それによると、産業革命前に比べて1.5℃以下の平均気温上昇のシナリオであっても、ほとんどの港湾で、今世紀中に浸水が予測されるという。島嶼国等では、海面水位の上昇により港湾が機能しなくなるリスクがある。17

一方、河川や運河による内陸水路による水運では、水位の変化による船舶の航行への影響が問題となる。国連欧州経済委員会が2020年にまとめた報告書では、干ばつに伴うライン川の水運低下が論じられている。2018 年に発生した流量の低下は、気候、水文学、内陸航行、輸送市場、関連産業を含む因果関係の連鎖を引き起こし、最終的には各国の経済に大きな影響を与えたとしている。18
 
17 Monioudi, I. N. et al., 2018: Climate change impacts on critical international transportation assets of Caribbean Small Island Developing States (SIDS): the case of Jamaica and Saint Lucia. Reg. Environ. Change, 18(8), 2211–2225, doi:10.1007/s10113-018-1360-4
18 “Climate Change Impacts and Adaptation for Transport Networks and Nodes” (United Nations Economic Commission for Europe, 2020)
4|航空輸送 : 気候変動によりジェット気流が増強し空輸に影響をもたらす可能性も
前節で取り上げた研究によると、産業革命前に比べて1.5℃以下の平均気温上昇のシナリオであっても、調査した国際空港でいくつかの滑走路は、今世紀中に浸水が予測されるという。島嶼国等では、海面水位の上昇により空港が機能しなくなるリスクもある。

空輸の場合は、気候変動によってもたらされるジェット気流の増強が注目される。気候変動による北大西洋におけるジェット気流の変化をモデルによって試算した研究がある。それによると、冬の大西洋横断飛行ルートにおける中度以上の晴天乱気流の量が、気候の変化に伴って将来大幅に増加することが示されている。19,20

また、南半球別の中緯度での大規模な大気循環について、ジェット気流の変化を、40個の気象モデルをアンサンブルに用いてモデル試算した研究もある。その研究では、今世紀中にジェット気流が強化されることが、1年のすべての季節で見出されたという。21
 
19 “Increased Light, Moderate, and Severe Clear-Air Turbulence in Response to Climate Change”Paul D. Williams (Advances in Atmospheric Sciences, VOL. 34, 576-586, MAY 2017)
20 “Mechanisms Influencing Cirrus Banding and Aviation Turbulence near a Convectively Enhanced Upper-Level Jet Stream” Stanley B. Trier and Robert D. Sharman (National Center for Atmospheric Research, Monthly Weather Review, 144, 3003–2037, May 2016)
21 “Highly significant responses to anthropogenic forcings of the midlatitude jet in the Southern Hemisphere” Abraham Solomon and L. M. Polvani, (Journal of Climate, 29, 3463–3470, March 2016)

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

本稿では、気候変動が運輸にもたらす影響についていくつかの文献をもとに見ていった。気候変動問題と運輸の話題と言えば、運輸の温室効果ガス排出を減らして、脱炭素化目標の推進を図るという点が注目されやすい。例えば、自動車分野では、電気自動車(EV)や低排出ガスを用いたカーシェアリング、ライドシェア等を通じた輸送効率の向上、AI(人工知能)等の先端技術を活用した次世代モビリティの社会実装などの取り組みが進められている。一方、気候変動が、既存の運輸システムに与える影響については、あまり論じられていないものとみられる。

現代の社会において、人の輸送、物品の運送は欠かすことのできない要素と言える。日本は、四方を海に囲まれており、海外との運輸には海運や空輸が必須となる。そのため、港湾や空港の施設が欠かせない。また、国土に山地や河川が多いため、道路や鉄道のインフラでは数多くの斜面、トンネル、橋梁が存在する。

気候変動がこうした運輸関係の施設やインフラに与える影響を見過ごすことはできない。今後も、気候変動と運輸の関係については、さまざまな研究・調査が進むものと見られる。引き続き、それらに注目していくこととしたい。

(参考資料)    [IPCC報告書における参考文献は、そのままの形で記載]
 
“Climate Change 2022 – Mitigation of Climate Change”(IPCC WG3, AR6, 2022)
 
“Freight transport : Road freight transport” (OECD Statistics)
 
“Passenger transport : Road passenger transport”(OECD Statistics)
 
“Passenger.kilometers, Tonne.kilometres and Line kilometers timeseries over the period 2004-2021”(Railisa UIC Statistics)
 
「日本の海運 SHIPPING NOW 2023-2024」(公益財団法人 日本海事広報協会)
 
「令和4年度版 民間航空機関連データ集」(一般財団法人 日本航空機関開発協会)
 
「世界の航空貨物輸送の推移」(国土交通省)
 
Moretti, L. and G. Loprencipe, 2018: Climate Change and Transport Infrastructures: State of the Art. Sustainability, 10(11), 4098, doi:10.3390/su10114098.
 
「広辞苑 第七版」(岩波書店)
 
Forzieri, G. et al., 2018: Escalating impacts of climate extremes on critical infrastructures in Europe. Glob. Environ. Change, 48, 97–107, doi:10.1016/ j.gloenvcha.2017.11.007.
 
「IPCC第5次評価報告書の概要 -第1作業部会(自然科学的根拠)-」(環境省, 2014年12月版)
 
Underwood, B.S., Z. Guido, P. Gudipudi, and Y. Feinberg, 2017: Increased costs to US pavement infrastructure from future temperature rise. Nat. Clim. Change, 7(10), 704–707, doi:10.1038/nclimate3390.
 
Palin, E.J., I.S. Oslakovic, K. Gavin, and A. Quinn, 2021: Implications of climate change for railway infrastructure. Wiley Interdiscip. Rev. Clim. Change, 12(5), e728–e728, doi:10.1002/WCC.728.
 
Forero-Ortiz, E., E. Martínez-Gomariz M. Cañas Porcuna, L. Locatelli, and B. Russo, 2020: Flood Risk Assessment in an Underground Railway System under the Impact of Climate Change  – A Case Study of the Barcelona Metro. Sustainability, 12(13), 5291, doi:10.3390/su12135291.
 
Pérez-Morales, A., F. Gomariz-Castillo, and P. Pardo-Zaragoza, 2019: Vulnerability of Transport Networks to Multi-Scenario Flooding and Optimum Location of Emergency Management Centers. Water, 11(6), 1197, doi:10.3390/w11 061197.
 
Dawson, D., J. Shaw, and W. Roland Gehrels, 2016: Sea-level rise impacts on transport infrastructure: The notorious case of the coastal railway line at Dawlish, England. J. Transp. Geogr., 51, 97–109, doi:10.1016/j.jtrangeo. 2015.11.009.
 
Monioudi, I. N. et al., 2018: Climate change impacts on critical international transportation assets of Caribbean Small Island Developing States (SIDS): the case of Jamaica and Saint Lucia. Reg. Environ. Change, 18(8), 2211–2225, doi:10.1007/s10113-018-1360-4
 
“Climate Change Impacts and Adaptation for Transport Networks and Nodes”(United Nations Economic Commission for Europe, 2020)
 
“Increased Light, Moderate, and Severe Clear-Air Turbulence in Response to Climate Change”Paul D. Williams (Advances in Atmospheric Sciences, VOL. 34, 576-586, MAY 2017)
 
“Mechanisms Influencing Cirrus Banding and Aviation Turbulence near a Convectively Enhanced Upper-Level Jet Stream” Stanley B. Trier and Robert D. Sharman (National Center for Atmospheric Research, Monthly Weather Review, 144, 3003–2037, May 2016)
 
“Highly significant responses to anthropogenic forcings of the midlatitude jet in the Southern Hemisphere” Abraham Solomon and L. M. Polvani, (Journal of Climate, 29, 3463–3470, March 2016)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2023年11月28日「基礎研レター」)

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