2023年06月21日

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(2)在宅勤務の普及に伴うワークプレイスの見直し
福岡商工会議所「新型コロナウィルス感染症が企業に及ぼす影響に関する調査」(2021年6月実施)によれば、「今回の緊急事態宣言下におけるテレワーク・在宅勤務の実施状況」について、実施したとの回答は全体で35%、大企業に限ると46%となっている。

一方、日本政策投資銀行「2022年度企業行動に関する意識調査(九州版)」によれば、「with/afterコロナにおける理想的な出社割合」について、「10割(フル出社)」との回答は、九州に所在する「製造業」で56%、「非製造業」で54%を占め、全国平均(製造業42%、非製造業44%)をともに上回った(図表-15)。
図表-15 with/afterコロナにおける理想的な出社割合
ザイマックス不動産総合研究所「大都市圏オフィス需要調査」によれば、「ワークプレイス戦略の見直しの着手状況」に関して、「既に着手している」との回答は2021年の7%から2022年の10%へ増加したものの、東京(26%)の半分以下に留まっている(図表-16)。

福岡市では、コロナ禍でテレワークが普及したが、コロナ収束後は、フル出社(完全オフィス勤務)に戻したい意向を持つ企業も多いようだ。今後、福岡市でも「在宅勤務」を採り入れた新たな働き方が定着し、ワークプレイスの見直しが進展するのか、引き続き注視したい。
図表-16 ワークプレイス戦略の見直しの着手状況
(3)半導体投資拡大がもたらすオフィス需要への影響
九州地方は、人口や面積、域内総生産額など、経済の基礎となる主要指標が全国シェアで10%程度であることから「1割経済」と言われている5。こうしたなか、半導体関連製造業では、九州地方は高いプレゼンスを誇り、「シリコンアイランド」と呼ばれる。特に、集積回路の生産額(2022年)は約9,300億円と全国シェアの45%を占める。

AI 技術の進展等に伴い半導体市場の拡大が期待されるなか、九州地方において設備投資や企業進出が増加している。日本銀行福岡支店「九州における半導体関連産業の動向」によれば、半導体関連の設備投資額は、2022年から2024 年の3年間で約1.5兆円に達する見込みである。半導体関連企業の集積に加えて、豊富な水資源や安価で安定的な電力供給などが投資拡大の要因とのことである。

こうしたなか、九州地方の中核都市である福岡において、オフィスを開設する動きがみられる。世界最大の半導体受託製造会社であるTSMC(台湾積体電路製造)とデンソーと合弁で熊本県に半導体工場を建設中のソニーセミコンダクタソリューションズは、「博多イーストテラス(2022年竣工)」に福岡オフィスを開設した6。今後、半導体関連の設備投資や企業進出が活発化することで、福岡のオフィス需要の高まりが期待される。
 
5 経済産業省九州経済産業局「九州経済の現状(2022年度)」
6 ソニーセミコンダクタソリューションズグループHP
3-2. オフィスビルの新規供給見通し
日本不動産研究所「全国オフィスビル調査(2022年1月時点)」によれば、福岡市は、新耐震基準以前(1981年以前)に竣工したオフィスビルの割合が36%と、札幌市と並んで高い水準にある(図表-17)。そこで、これら築40年以上が経過したオフィスビルの建て替えを促す目的で、天神地区では「天神ビックバン」プロジェクト、博多駅前では「博多コネクティッドボーナス」が進行中である。
図表-17 新耐震基準以前(1981年以前)に竣工したオフィスビルが占める割合(面積ベース)
(1)「天神ビックバン」プロジェクト
天神地区7では、容積率や航空法の高さ制限の緩和等により再開発を誘導する「天神ビックバン」プロジェクトが2015年にスタートした(図表-18)。このプロジェクトでは、延床面積は44.4万m2から75.7万m2へ1.7倍に拡大、雇用数は4万人から9.7万人へ2.4倍に拡大、年間8,500億円の経済波及効果が発生すると試算されている。

天神地区では、「天神ビックバン」を活用した再開発が進展している。2022年12月に「旧大名小学校跡地」で、25階建て(延床面積約9.1万m2)の複合ビル「福岡⼤名ガーデンシティ」が竣工した(図表-18 ①)。この開発プロジェクトでは、ワンフロアの貸床面積が2,500m2以上のオフィスが配置され、2023年4月に入居が開始したほか8、九州初となるラグジュアリーホテル「ザ・リッツ・カールトン ホテル」が2023年6月21日に開業予定である9

2024年以降も、再開発計画が複数予定されている。ヒューリックは「ヒューリック福岡ビル」を、ホテルを核とした大型複合商業ビル(延床面積約2.1万m2・地上19階建て)に建て替えを行い、2024年12月に竣工予定である10(図表-18 ②)。また、西日本鉄道は、「福岡ビル」跡地の天神一丁目 11 番街区に複合ビル(延床面積約14.7万m2・地上19階建て)を開発し、2024年に竣工予定である11(図表-18 ③)。

2025年は、日本生命保険と積水ハウスが「日本生命福岡ビル」と「福岡三栄ビル」を、オフィスを核とした大型複合ビル「(仮称)天神1丁目北14番街区ビル」(延床面積約3.9万m2・地上18階建て)に建て替えを行い、2025年3月に完成予定である12(図表-18 ④)。また、住友生命保険と福岡地所は、天神2丁目で「住友生命福岡ビル」と「天神西通りビジネスセンター」を、オフィスを核とした大型複合ビル(延床面積約4.2万m2・地上24階建て)に建て替えを行い、2025年5月に完成予定である13(図表-18 ⑤)。

その後も、三菱地所が複合商業施設「イムズ跡地」で、オフィスとホテルを核にした複合ビル「(仮称)天神 1-7 計画」(延床面積約7.4万m2・地上20階建て)を開発し、2026年3月に竣工予定である14(図表-18 ⑥)。また、天神一丁目761プロジェクト合同会社15と福岡地所は、天神ビジネスセンターに隣接する「福岡市役所北別館跡地」および「メディアモール天神(MMT)跡地」で、オフィスを核とした大型複合ビル「(仮称)天神ビジネスセンター2期計画」(延床面積約6.2万m2・地上18階建て)を開発し、2026年6月を竣工予定である16(図表-18 ⑦)。
図表-18 「天神地区」におけるオフィス開発計画
 
7 天神交差点から半径約500mのエリア
8 大名プロジェクト特定目的会社・代表企業:積水ハウス株式会社「福岡の新たなランドマーク『福岡大名ガーデンシティ』 4月よりオフィス入居を開始」(2023年4月7日)
9 積水ハウス株式会社・マリオット・インターナショナル「ザ・リッツ・カールトン福岡 2023年6月21日開業決定~ザ・リッツ・カールトンが九州初上陸~」(2023年2月28日)
10 ヒューリック株式会社「(仮称)ヒューリック福岡ビル建替計画」の概要について」(2021年10月3日)
11 西日本鉄道株式会社「創造交差点 MEETS DIFFERENT IDEAS | 福ビル街区建替プロジェクト
12 日本生命保険相互会社・積水ハウス株式会社「日本生命福岡ビル・福岡三栄ビルの建替について」(2021年12月13日)
13 住友生命保険相互会社・福岡地所株式会社「「(仮称)住友生命福岡ビル・西通りビジネスセンター建替計画」の概要について」(2022年6月30日)
14 三菱地所株式会社「(仮称)天神 1-7 計画」始動」(2022年8月30日)
15 福岡地所、九州電力、九電工で構成される特定目的会社
16 天神一丁目761プロジェクト合同会社・福岡地所株式会社「(仮称)天神ビジネスセンター2期計画の概要について」(2023年6月7日)
(2)「博多コネクティッドボーナス」
福岡市は、2019年5月にビルの建替えを促す優遇処置制度「博多コネクティッドボーナス17」を公表し、博多駅周辺の再開発を後押ししている。このプロジェクトでは、延床面積は34.1万m2から49.8万m2へ1.5倍に拡大、雇用数は3.2万人から5.1万人へ1.6倍に拡大、年間約5,000億円の経済活動波及効果が発生すると試算されている。

博多駅周辺では、「博多コネクティッドボーナス」を活用した再開発が進んでいる。NTT都市開発と大成建設は、博多駅東一丁目「博多スターレーン跡地」において、オフィスを含む複合施設「博多イーストテラス」(延床面積約2.9万m2・地上10階建て)を開発し、2022年6月に竣工した(図表-19 ①)。

その後も、大規模開発計画が複数予定されている。JR九州、福岡地所、麻生の3社で構成する企業グループは、「福岡東総合庁舎敷地」を活用し、12階建てのオフィスビル(延床面積約2.2万m2)を建設し、2024年3月に開業予定である18(図表-19 ②)。また、西日本シティ銀行は福岡地所と共同で、博多駅前の保有ビル(本店本館ビル・本店別館ビル・事務本部ビル)を連鎖的に建て替える19。その第一弾として、本店本館ビルを、オフィスを核とした複合ビル(延床面積約7.5万m2・地上14階建て)に建て替えを行い、2026年1月に竣工予定である20(図表-19 ③)。
図表-19 「博多駅周辺」におけるオフィス開発計画
 
17 つながり・広がりが生まれる広場の創出など、賑わいの拡大に寄与したビルの容積率を最大で50%拡大する等の優遇処置。
18 九州旅客鉄道株式会社・福岡地所株式会社・ 株式会社麻生 「~人流・ビジネス・エリア再開発の起点となる次世代オフィス~福岡東総合庁舎敷地に新たなランドマークが誕生します!」(2021年11月26日)
19 西日本シティ銀行「西日本シティ銀行保有ビルの連鎖的再開発のお知らせ」(2019年12月19日)
20 株式会社西日本シティ銀行・福岡地所株式会社「西日本シティ銀行本店本館建替えプロジェクトの概要について」(2023年3月30日)
(3)福岡市の新規供給予定面積
2022年の福岡の新規供給面積は約1.5万坪となり、過去最高水準となった2021年(約3.1万坪)の約5割の水準に留まった(図表-20)。

しかし、2023年以降、「天神ビックバン」プロジェクトや「博多コネクティッドボーナス」を背景に複数の大規模開発が進行中で、年間2万坪を超える新規供給が続く見通しである。総ストック量に対する今後3 年間(2023 年~2025 年)の供給割合は7.8%と、主要地方都市の中で最も高くなる見通しである(図表-21)。
図表-20福岡オフィスビル新規供給見通し/図表-21今後3 年間の新規供給予定(2022 年ストック対比)
3-3. 賃料見通し
前述の新規供給見通しや経済予測 、オフィスワーカーの見通し等を前提に、2027年までの福岡のオフィス賃料を予測した(図表-22)。

福岡市では、人口の流入超過が継続しているもののその勢いは鈍化しており、福岡県の就業者は、横ばいで推移しているが、「企業の経営環境」および「雇用環境」は、コロナ禍が与えたダメージから順調に回復している。以上を鑑みると、福岡市のオフィスワーカー数が大幅に減少する懸念は小さいと言えよう。

一方、福岡市では、「天神ビックバン」プロジェクトや「博多コネクティッドボーナス」を背景に、多くの大規模開発が進行中である。今後3 年間(2023 年~2025年)の総ストック量に対する供給割合は主要地方都市の中で最も高い水準になる。以上を鑑みると、福岡の空室率は当面の間、上昇傾向で推移すると予測する。

福岡のオフィス成約賃料は、空室率の上昇に伴い、下落基調で推移する見通しである。2022年の賃料を100 とした場合、2023 年は「98」、2027年は「86」への下落を予測する。ただし、ピーク(2021 年)対比で▲16%下落するものの、2017年の賃料水準「76」を上回る水準であり、リーマンショック後のような大幅な賃料下落には至らない見通しである。
図表-22福岡のオフィス成約賃料見通し
 
 

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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

(2023年06月21日「不動産投資レポート」)

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【「福岡オフィス市場」の現況と見通し(2023年)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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