2021年03月09日

気候変動と環境リスク-異常気象は保険会社にどのようなリスクをもたらすか?

保険研究部 主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

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5――気候変動が人間環境や社会基盤に与える影響

ペーパーでは、人間環境や社会基盤に与える影響についても指摘している。少し、みていこう。

1サーモカルスト湖の洪水が深刻化
温暖化により、北極圏の永久凍土が融解する。サーモカルスト湖は、永久凍土の融解によって形成された窪地にできる淡水湖であり、北極の低地の20%を覆うなど、壊滅的な洪水の原因となりやすい。近年、北極圏の開発が低地で進むにつれて、こうした洪水が河川洪水以上の影響をもたらしつつある。

2降水量不足により水力発電や運河航行に支障も
乾燥地域では、降水量が不足すると、そのこと自体が問題となる。インフラとサプライチェーンの維持には、十分な量の降水が必要であり、降水量が減少すると、事業中断のリスクが増大する。その結果、事業継続のための費用保険金などで支払いが増えることが考えられる。

ダムでの水力発電はその一例。降水量の変化により、発電量が安定しない事態となれば、水力発電を安定電力として利用できない恐れがある。

別の例として、パナマ運河やスエズ運河などの、航行が挙げられる。乾季が長期化し、水位が低下すると、多くの船舶は、最大積載量での運河航行ができなくなる。積載量を減らしての航行となり、サプライチェーンの弱体化の問題につながる可能性がある。

3作物の受粉が滞って作物被害が生じる可能性も
気候変動による温度変化は、生物種に特異的な変化をもたらす。昆虫の発生と作物の開花の時期がずれると、作物は損害を受ける。すなわち、作物品種とその受粉媒介者が異なる季節に生育する結果、受粉が滞り、いずれかまたは双方の生物種にとって損害となるミスマッチが生じる可能性がある。

また、温熱と旱魃は、作物の生育を妨げ、山火事の危険性を増加させる。山火事は事業の中断だけでなく、財物保険、医療保険、生命保険の給付支払を引き起こす。最も危険な時期に送電を停止するなど、山火事リスクを軽減する策をとることによって、社会生活に悪影響が生じることも考えられる。

4海洋でも酸性度の上昇、酸素の欠乏、海流循環の変化など、さまざまな影響が考えられる
CO2の吸収によって海洋の酸性度が高まると、生物はカルシウムを主成分とする殻や骨格の形成が困難になる。また、農業で使用した肥料の流入による海水の酸素レベルの低下は、温暖化によって悪化することがある。米国農務省(USDA)が助成しているさまざまな作物保険は、生物の殻の生産能力の低下と酸素欠乏の両方を原因とした作物生産の減少を保障している。

例えば、二枚貝保険は、「(異常成長、微生物活動、有害藻類の繁茂、高水温による)酸素欠乏、病気、凍結、ハリケーン、塩分の増減、津波、高潮、流氷」の危険による生産減少を保障している。カキ保険の場合は、具体的な保障項目ではないが、「旱魃、洪水、ハリケーンなどの自然災害」による水揚げ量の減少を保障している。また、農業収入保障保険は、養殖業を含む農場のすべての産物(木材、林産物およびスポーツ用、ショー用又はペット用の動物を除く)を保障対象としている8
 
8 ペーパーによると、民間の損保会社も、養殖業を保障する保険を取り扱っているとのこと。酸素欠乏や塩分濃度の上昇を含む水質の変化を保障しているものが多い。海洋循環の変化は、水産養殖保険契約に影響を与えるかもしれないとしている。
 

6――気候変動に伴う賠償責任リスク

6――気候変動に伴う賠償責任リスク

気候変動の分析が進んでいくと、原因が特定された主体に、賠償責任リスクが生じることもある。

1気候変動の原因分析が進められている
IPCCは、気候変動が極端な気象現象の発生や強度にどのように影響するかを議論している。米国科学アカデミー(NAS)によると、すでに、人為的な気候変動が特定の事象の影響度や発生確率に影響を与える程度について、定量的な報告を出すことが可能になっているという。

2気候変動関連の訴訟は増加している
石油・ガス業界は、気候変動を引き起こした責任を問われる裁判に、数多く直面している。こうした気候変動に伴う訴訟リスクは、増大している。1990年代は数件、2000年代は約20件、2010年以降は110件を超えている。訴訟額は年間580~1,070億ドルにのぼり、企業の税引前利益の5~20%に当たるとの見積もりもある。なかには、人権を理由に提起される訴訟もある。近年は、注意義務の学説の下で、経営幹部に対する訴訟が起きており、役員賠償責任に伴う支払いが増える可能性がある。

3気候変動関連訴訟は、州裁判所では被告企業敗訴のケースが多い
どの裁判所で裁判を行うかは、気候変動関連の訴訟の成否に大きな影響を与える。これまで、連邦裁判所では、訴訟のほとんどが化石燃料企業の勝訴となっている。

一方、多くの州裁判所には、原告に有利な起訴手段を支持するコモン・ローの条項9がある。例えば、原告は、「被告の行動のために、州の住民が安定した気候を享受することができず、そのような行動が住民に追加費用を強いている」と主張して、公的不法妨害10を請求できる。また、原告は、製造物責任による賠償請求を主張することもできる11。原告は、州裁判所で訴訟を起こす傾向がある12
 
9 成文化された法体系ではなく、慣習化した先例を積み重ねていったもの。英米法の基礎とされる。
10 不法妨害とは、他人に害を及ぼし、そのために訴訟原因を発生せしめる人の行為や物理的条件をいう。公的不法妨害とは、公共の場所または公共の土地において惹起せしめられる公共の不法妨害をいい、社会全般の道徳、安全、健康を害するものを指す。公害が、その一例としてあげられる。
11 企業が製品を市場に投入したが、その製品が損害を引き起こすであろうことを知っていた、というもの。
12 州や市や郡が、気候変動による損害の賠償を求めて化石燃料企業を訴えるケースもみられる。訴訟の中には、公的不法妨害の請求や過失請求に依拠するものもある。原告は、代償措置として何十億ドルもの支払いを求めている。被告企業には、訴訟を連邦裁判所に移す動きがある。連邦裁判所では、公的不法妨害行為の申し立てが成功する可能性は低い。
 

7――グリーンエネルギーへの移行

7――グリーンエネルギーへの移行

伝統的なエネルギーからグリーンエネルギーへの移行は、損保市場に大きな変化をもたらす。保険加入の特性とともに、みていこう。

1化石燃料企業では、資産価値の低下によりモラルハザードが生じる懸念も
炭素集約度の高い資産価値の急激な低下は、損保会社に潜在的なリスクをもたらす。資産の所有者は、価値の低下した資産について保険金を回収する理由を見出そうとしたり、そのような理由を引き起こしたりするインセンティブがある。すなわち、モラルハザードのリスクがある。

保険価額の改定が頻繁に行われない場合、保険価額が資産価値を上回ったままとなってしまう可能性がある。さらに、保険加入者は、目標排出基準を満たすために改造または早期の廃止措置が必要な旧式の機械装置についても、保険給付の支払いを請求するかもしれない。

同様に、採掘関連の不動産や採掘権に対するリスクも増大する。研究者の推定によると、気温上昇を平均2度未満にとどめようとすれば、化石燃料の確認埋蔵量の70~80%は採掘が困難とされている。特に、リスクが高いのは、化石燃料を生産する産業や、大量の温室効果ガスを排出する業種である。

2洪水リスクがもたらす資産価値の低下が、保険金詐欺を惹起する可能性も
このほかにも、不動産市場への影響が考えられる。例えば、洪水リスクがある家屋は現在340億ドル過大評価されており、フロリダ沿岸の家屋は2050年までにその価値の15~35%を失う可能性がある、との専門家の分析がある。海面水位が現在より1フィート上昇するシナリオの下では、洪水地域の資産は、それ以外の地域の資産よりも15%ほど価格が低下するとみられる。物件価格が保険価額を下回ると、保険金詐欺が発生する可能性がある。

また、洪水危険度が高い地域では、資産の売却価格が低くなり、銀行が融資を避ける「ブルーライニング」が生じる可能性もある13。保険加入者は、価値の下がる資産を保有するかわりに、不正な方法で保険金を回収しようとするかもしれない。

さらに、住宅ローン保険は、ローン金利の設定に使用される共通のリスク基準の影響を受けることが考えられる。保険会社は、沿岸地域、洪水地域、火災地域など、気候変動の悪影響を受ける地域で、不十分な保険料で保険を引き受けざるをえない可能性がある。すなわち、過去のデータに基づいてプライシングをしているだけでは、必要な保険料率の上昇を設定できなくなる恐れがある。
 
13 過去に災害に見舞われた地域で融資をしていて、将来の災害について緩和・回避措置を講じていない銀行に対しては、規制当局が罰則を科すことが推奨されている。
3新しい技術に対する保険が求められる
社会が低炭素経済に移行するにつれて、新しい技術に対応する保険が求められるかもしれない。すでに、ハイブリッド車や電気自動車、風力発電、太陽光発電パネルなどを保障する動きが出ている。将来的には、補助帆を装備したハイブリッド電気船や貨物船などの新技術に対して、保険や、価格設定のためのリスクモデルが求められる可能性がある。

また、温室効果ガスの排出権取引が金融リスクと認識され、その保険が可能とみなされれば、価格設定の実績や知識がほとんど皆無のまま、新しいカテゴリーのリスクが生み出されることとなる14。排出権取引の購入に伴うリスクとは、計画や技術に欠陥があったり、会社が契約を履行する前に債務超過に陥ったりすることで、取引で約定されていた排出権の相殺が行われなくなることである。
 
14 その保険契約は、クリーン技術プロジェクトの投資家を、合意された排出権を提供できないプロジェクトから保障する。
4保険が社会構造変化の契機となる可能性も
サンフランシスコ連邦準備銀行は、2019年に、金融システムに対して、気候変動リスクに関する警告を公表している15。金融システムの継続を可能にするために、こうしたリスクを保障できれば、保険会社にとっては、大きな事業機会となる可能性がある。

また、保険は、生態系の被害の抑制に貢献する可能性もある。保険会社が気候変動によるリスクの増大を反映した価格をモデル化して保険料を請求すれば、市場は、開発した地域や新しい構造の回復力を修正するような対応をとるかもしれない。例えば、洪水保険や火災保険の保険料が高額となれば、洪水や火災が起こりやすい地域での住宅等の開発が抑制されることもありうる。そのことが、結果として、社会全体の利益につながる可能性がある。

すでに、一部の保険会社はリスクの大きい地域での保険の取扱いをやめている。ぺーパーは、こうした動きが、リスクの大きい地域を離れるインセンティブになると指摘している16

さらに2006年には、グリーン・コマーシャル契約が導入された。建物の被害があった場合、所有者に対して、エネルギー効率の高い電気機器、節水可能な配管、無毒・低臭のインテリア(塗料やカーペット)、再生可能な建設資材などの、グリーン代替品に置き換えることを促す仕組みができている。
 
15 “Community Development Innovation Review-Strategies to Address Climate Change Risk in Low- and Moderate-Income Communities”(Federal Reserve Bank of San Francisco, Volume 14 , Issue 1, 2019)
16 例えば、住宅所有者と事業者の双方にとって、災害後に再建する際のグリーンビルディング建設のための保険契約。
 

8――おわりに (私見)

8――おわりに (私見)

ペーパーでは、気候変動が保険にもたらす影響が、さまざまな視点から述べられている。気候変動の影響は時とともに、大きくなり、難しい対応が必要となっていく。一方、ぺーパーでは、保険が契機となって、気候変動への取り組みが促される可能性についても取り上げられている。

今後、日本でも、排出量取引と炭素税の検討、カーボンプライシングの導入、グリーンエネルギーへの移行など、気候変動への対応が求められていくものと考えられる。保険会社としては、そうした動きが保険事業に与える影響について、検討していく必要があるだろう。

引き続き、気候変動とそれに対する保険会社の動きについて、ウォッチしていくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2021年03月09日「保険・年金フォーカス」)

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