2020年07月13日

超高齢社会の移動手段と課題~「交通空白」視点より「モビリティ」視点で交通体系の再検証を~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任   坊 美生子

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2――高齢者に対する移動支援の必要性

1|高齢者の移動能力
では、高齢者は1でみた交通モードがあれば、マイカーがなくても移動できるのだろうか。もし利用できない、利用しづらいとすれば、何がネックになっているのだろうか。それを検討するため、まずは、加齢とともに、歩行や移動能力にどのように変化が生じるのかを、先行研究から見ていきたい。

高齢者の生活機能の自立性を測る尺度として、「基本的日常生活動作(ADL:Activities of Daily Living)」と、「手段的日常生活動作(IADL:Instrumental Activities of Daily Living)」がよく知られている。東京大学高齢社会総合研究機構編著『東大がつくった高齢社会の教科書』(東京大学出版会)によると、ADLは、日常生活を送る上で必要な最も基本的な生活機能のことで、具体的には、食事、排せつ、着脱衣、移動、入浴などの機能である。IADLは、日常生活を送る上で必要な生活機能のことで、具体的には、買い物や洗濯、掃除など家事全般、金銭管理や服薬管理、外出して乗り物に乗ることなどの機能である。

東京大学の秋山弘子名誉教授は、60歳以上の男女6,000人を対象にして、1987年から二十数年にわたって加齢に伴う生活の変化を追跡し、ADLとIADLがどのように推移するかを3年ごとに調べた。この調査では、ADLは具体的に「風呂に入る」「2、3丁歩く」「階段を2、3段のぼる」の3項目について、IADLは「身の回りの物や買物などの買い物に出かける」「電話をかける」「バスや電車に乗って一人で出かける」の3項目について、それぞれ援助が必要か否かを尋ねた。図表2は、男女別に、その変化をパターン化して折れ線グラフにしたものである。

まずグラフの見方について説明したい。縦軸は自立度を表す。いちばん上の3点は、ADLとIADLを、他人や道具の助けがなくてもできる、つまり一人で自立して生活できる状態を表す。2点は、IADLのいずれか一つ以上に援助が必要になった状態を指す。1点はADLのいずれか一つ以上についても援助が必要な状態である。横軸は年齢を示している。右肩下がりの折れ線グラフは、年齢を重ねるに従って、次第に自立度が下がり、要介護状態になっていくことを示している。

このグラフをみると、男性では約7割(a:赤色の折れ線)、女性では約9割(b:赤色の折れ線)が、70歳代後半から、一人で乗り物に乗って外出することを含むIADLが困難になっていくことが分かる。なお、これよりも若いときに、外出して乗り物に乗ることが困難になるグループが男性で約2割(a:青色の折れ線)、女性で約1割(b:青色の折れ線)おり、これらは早期に健康を損ねて死亡したり重度の介護を必要としたりするパターンだとみられる。男性のうち約1割は、90歳手前になっても、一人で乗り物に乗って外出することができる(a:緑色の折れ線)。

調査結果を総合すると、男性、女性ともに、後期高齢者と言われる75歳頃から、多くの人が、一人で乗り物に乗って外出することを含むIADLに困難が生じ始めると言える。
図表2 加齢に伴う自立度の変化パターン
実際の外出には、高齢者自身の機能低下による制約だけでなく、様々な外的要因による困難が重なる。例えば自宅が坂の上や丘陵地にある場合や、買い物した荷物を抱えて自宅まで歩く場合などは、より歩行が厳しくなるし、雨風の強い日や気温の高い日など、気象条件によっても体力を奪われる。車や自転車の走行量が多い道路、段差がある道路では神経を使う。これらのことを考えると、公共交通が少ない地方はもちろんのこと、バスや電車が縦横無尽に走っている都市部においても、後期高齢者にとっては、移動困難の問題が既に発生していると考えるべきである13

また、移動制約者の種別を「買い物難民」に特化して考えてみると、小売店まで距離が遠い地方部ではもちろん多く発生しているが、都市部にも特有の発生要因がある。大規模な商業施設が建設されると、客足を奪われた地元の小規模スーパーが撤退して、周辺に「フードデザート」が発生し、近くから通っていた高齢者が利用できなくなるという状況である。2016年9月4日の読売新聞朝刊には、大阪市の超高層ビル「あべのハルカス」の足元で、高齢者が買い物に難儀する様子が描かれ、孤立死した80歳代女性の事例まで報告されていた14
 
13 秋山哲男、吉田樹編著(2009)『生活支援の地域公共交通 ―路線バス・コミュニティバス・STサービス・デマンド型交通』(学芸出版社)によると、青森県八戸市民を対象に「100mの歩行に身体的困難をどの程度感じるか」を調査して年齢階級別に集計したところ、「困難」と「不可能」を合わせた回答が65~74歳では計33%、75歳以上では計61%に上ったという。
14 2016年9月4日読売新聞朝刊(大阪本社版)「[@最前線]都市も深刻 買い物弱者 小規模店閉店、400メートルが遠く」
2|小括
以上のことを念頭において、1でみた交通モードについて考えてみたい。

まず、自分が住む地域に1の交通モードがあるか、利用しやすいかという点である。全国的な傾向を述べれば、モータリゼーションの影響で、公共交通は地方を中心に衰退してきた。補完的に自治体がコミュニティバスや乗合タクシーを導入してきたが、走行地域は限られており、特に都市部では少ない。スクールバス等への混乗も活用が期待されるが、事例は多くない。2017年度から拡大されてきた貨客混載は、タクシー等がモノを運ぶパターンは広く活用されているが、貨物車両が人を運ぶパターンについては、事業者の参入が低調であり、輸送手段の拡充には寄与していない。自家用有償旅客運送は国が導入を推進しているものの、普及していない。これらを穴埋めするように、無償運送を行っている地域もあるが、継続性の観点から十分ではない。

また、高齢者のうち、要介護認定を受けている高齢者に限ってみれば、訪問介護員らによる自家用有償旅客運送もある。しかし、足腰が悪くなっても介護認定を受けていない高齢者も多い点や、行先が限定されるため、高齢者の自由な外出を保障するものではない点に留意する必要がある。

次に、1でみた交通モードが自分が住む地域で運行されていたとしても、高齢者にとって利用しやすいか、という点が問題になる。健康な成人には利用できるが高齢者、特に後期後期高齢者にとっては利用しづらい場合があることを、2-1|で説明してきた。例えば、路線バスの停留所が自宅から100m先にある場合、荷物を持って、雨の日は傘を差したまま、バス停まで100m歩き、空いたベンチがなければ立ったままバスを待ち、状況によっては立ったまま乗車する――という一連の動作が加わると、後期高齢者にとっては負担が大きい。

さらに、経済面からの検証も必要である。タクシーは地方部にも多く走っているが、収入は年金だけという高齢者には、日常的に利用するには負担が大きい。身体的、経済的な負担が大きいと、外出を避ける傾向となってしまう。

高齢者の歩行能力を考えると、人が停留所等まで移動して車両を待つ路線バスのような従来型の交通モードではなく、自宅または自宅近くまで送迎するドアツードアの交通モードが有効だと考えられる。その代表例が、デマンド型の乗り合いタクシーである。デマンド型交通はこれまで、過疎地など人口密度が低い地域で多く導入されてきたが、都市部においても、高齢者には路線バス等の利用にも制約があることを考えれば、導入を検討する余地があるのではないだろうか。ただし、既存の交通事業者の経営を圧迫して撤退を早めることがないように、利用者の範囲を、高齢者のうち身体的、経済的に移動に制約がある人に限定するなど、よく検討する必要がある。

また、自家用有償旅客運送の中には、交通空白地以外でも、身体障害者や要介護者等に限って輸送を認める「市町村運営有償運送(福祉)」や「福祉有償運送」がある。これらは福祉の一環として位置づけられてきたため、これまでは身体障害者や要介護者らが利用対象とされてきた。しかし、身体的、経済的な事情から公共交通の利用に制約がある人は、これらの人たちだけではない。今後は、後期高齢者全体を利用対象の射程に入れるなど、制度の幅を拡大していく必要があるのではないだろうか。ただし、自家用有償旅客運送を普及拡大するためには、現在、導入が伸び悩む要因となっている「地域公共交通会議」や「運営協議会」での調整方法を一層簡素化したり、「タクシー運賃の半額程度」を目安としている運賃の在り方について見直したりすることが必要ではないだろうか。

経済面から言えば、割安で利用できる相乗りタクシーや定額タクシー等についても、今後の本格実施を期待したい。また、小回りが利く小型トラックの貨客混載パターンについても、今後、事業化できるスキームを研究していくべきではないだろうか。

さらに、交通モードとは異なる視点だが、仮に目的地まで一定の距離があっても、休憩を挟んだら再び歩き出すことのできる高齢者も多いことから、歩行空間に椅子や休憩所を配置するなど、歩きやすいまちづくりを進める必要もあるだろう。
 

3――今後の展望~結びに替えて~

3――今後の展望~結びに替えて~

国立社会保障・人口問題研究所によると、2040年には国民の3人に1人が65歳以上の高齢者、5人に1人が75歳以上の後期高齢者という現在以上の超高齢社会に突入する15。そして特に、75歳以上人口の増加割合が大きいのが都市部である。高齢者のみの単身世帯や夫婦のみ世帯も増えており、高齢者の日常生活を支える工夫が一層、求めれている。あらゆる社会システムについて、後期高齢者がユーザーになった場合を想定して、装置を見直し、必要に応じて更新していかなければならない。

交通体系における高齢者対策としてはこれまで、マイカーを利用できない人のために、「交通空白地」を解消する観点から公共交通の補足手段を計画することが多かった。しかし、高齢者の歩行能力や経済力の低下を意識して、「高齢者が実際に利用しやすいどうか」という観点から検証、再構築する作業は十分だったとは言えない。その結果として、交通空白地でも非交通空白地でも、地方部でも都市部でも、高齢者の移動困難という問題が深刻化し、マイカー運転を続ける高齢者による重大交通事故も後を絶たない。今後、都市部を中心に後期高齢者が増加すれば、移動手段の問題はいよいよ致命的になるだろう。

これからの超高齢社会においては、「交通空白地」や「交通不便地域」であるかどうかという、地域特性に焦点を当てた議論だけではなく、高齢者を始めとする利用者の特性、移動能力(=モビリティ)に焦点を当てた議論をより活発化させる必要がある。もちろん、高齢者の歩行能力は人によっても、その日の状況によっても異なる。また、現役世代と同じように健脚だった人でも、2、3年後に足腰が弱っていることもある。移動の制約は、人による差異や経年による変化が大きいことに注意し、きめ細かい支援対策を講じることが必要であろう。本稿では分析の対象外とした「自走・歩行パターン」も含めて、移動能力のあらゆる段階に対応した交通モード、交通体系を再構築していく必要があるのではないだろうか。
 
15 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口 平成29年推計」

(追記)
このレポートは、2020年11月12 日に一部加筆、修正しました。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
ジェロントロジー、モビリティ、まちづくり、労働

(2020年07月13日「基礎研レポート」)

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