2020年01月10日

2020年度の社会保障予算を分析する-自然増を5,000億円以下に抑えたが、「帳尻合わせ」の側面も

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

文字サイズ

5――社会保障関係費の概要(3)~再び薬価と帳尻合わせ~

1|自然増の抑制を巡る議論
近年の予算編成では、「高齢化などに伴う社会保障関係費の自然増をどれだけ抑制するか」という点が焦点の一つになっている。まず、「前哨戦」に当たる2019年6月の「骨太方針」(経済財政運営と改革の基本方針)に「2025年度の財政健全化目標の達成を目指し、『目安』に沿った予算編成を行う」との表記が盛り込まれたところが出発点となった。このうち、「財政健全化目標」とは2025年度時点で国・地方の基礎的財政収支(プライマリー・バランス)を黒字化させる方針を意味しており、「目安」とは2015年6月に閣議決定された「経済・財政再生計画」で社会保障費を高齢化などに伴う自然増の範囲内に収める方針を示す。特に近年の予算編成では、社会保障費の自然増を5,000億円程度に抑えることが意識されており、2020年度の自然増が5,300億円と目される中、自然増の規模と抑制策が一つの焦点となった。

結局、消費増税に伴う社会保障の充実を除くと、図3の通りの姿となった。具体的には、診療報酬改定のうち、消費税分で対応する医師の働き方改革向け0.08%を除いた0.47%分については、約500億円の国費の増加要因となり、これに年金のスライドで100億円の増加分が重なったため、トータルで600億円程度の増加要因があった。一方、薬価で1,100億円程度、介護保険の総報酬割導入で600億円程度を抑制したため、消費増税の影響分を除く自然増を4,100億円前後に抑えることができた。

しかし、介護保険の総報酬割については、「帳尻合わせ」の側面が強く、複雑な操作を経ているため、次に述べることとする。
2|介護保険の総報酬割移行の影響
2000年度にスタートした介護保険制度は図4の通り、50%を税金、50%を40歳以上の人に課す保険料で賄っており、保険料の部分は23%を65歳以上高齢者(第1号被保険者)、27%を40歳以上65歳未満の第2号被保険者で負担している2
図4:介護保険料の流れ このうち、第2号被保険者の介護保険料については、自営業者は国民健康保険に、勤め人を対象とした被用者保険のうち、中小企業の従業員は協会けんぽに、大企業の従業員は会社の健康保険組合に支払う医療保険料に介護保険料が上乗せされており、それぞれの保険組合が国に「介護納付金」として支払っている。

こうして各保険組合に割り振られる保険料の水準については、2016年度まで加入者数に応じて決まっていたが、被用者保険は2017年度から負担ルールが変更された。具体的には、加入者数に応じて課す「加入者割」ではなく、所得に応じて計算する「総報酬割」に変更した。この結果、相対的に高所得者が多い健康保険組合の負担が増える半面、協会けんぽや低所得者が多い健康保険組合の負担が減ることになった。

一方、総報酬割の導入に伴って協会けんぽに割り振られる保険料の負担が減ることで、協会けんぽの財政改善が期待されるため、その分だけ協会けんぽ向けの国庫補助金を削減した。

要するに、「加入者割から総報酬割に変更→財政が豊かな健康保険組合の負担増と協会けんぽの財政改善→負担が減る協会けんぽの国庫負担削減」という制度改正を通じて、国の歳出を削った。こうした制度改正は2017年度から段階的に実施され、経過措置の最終年に当たる2020年度予算案ベースでは600億円前後の国費を抑制できると見込まれている3
 
2 この比率は人口動態に応じて3年に一度、見直されており、法律が成立した2017年度時点では第1号被保険者が22%、第2号被保険者が28%だった。
3 拙稿レポート2017年11月14日「介護保険料引き上げの背景と問題点を考える」を参照。
3|歳出改革の評価
以上の内容を踏まえると、歳出改革で重視されている「5,000億円程度に自然増を抑制」という「目安」を達成したとはいえ、厳しく歳出抑制に取り組んでいるとは言えない。

具体的には、薬価の削減は「定番」となっている上、介護保険の総報酬割も既定路線に過ぎない。しかも介護保険の総報酬割に関しては、介護保険の給付を見直しているわけではなく、介護保険の配分ルールを変え、国民が広く負担している税金の代わりに、健康保険組合に加入する被保険者の負担を増やしたに過ぎない。言わば、負担の付け替えである。筆者自身、相対的に豊かな健康保険組合の負担増は必要と考えているが、こうした負担の付け替えは「会計操作」と批判されても止むを得ないのではないだろうか。

しかも「薬価頼み」「帳尻合わせ」の傾向は2020年度予算案に限った話ではない。具体的には、自民党が政権に復帰した後に編成された2013年度予算以降の歳出改革策の項目は表2の通りであり、薬価改定が歳出抑制の手段となっていた様子を理解できる4

もう1つの「帳尻合わせ」という点でも過去と同じである。具体的には、2015~2017年度の「協会けんぽの国庫負担減額」とは、74歳未満の国民が負担する「後期高齢者医療制度支援金」(以下、支援金)の負担ルールを変更した影響であり、先に触れた介護保険の総報酬割と同様、被用者保険の支援金の負担ルールを加入者割から総報酬割に変更し、負担が減る協会けんぽの国庫負担を削減した。
表2:最近の歳出抑制策の主な内訳
 
4 2019年度予算については、2019年1月9日「2019年度の社会保障予算を分析する」を参照。この後、雇用統計の不正が発覚し、予算の組み換えが実施されたため、数字の詳細は異なる。
4|帳尻合わせは続く?
しかも、こうした帳尻合わせは今後も継続する可能性がある。介護保険の総報酬割移行は2020年度で終わるため、2021年度予算編成では使えなくなるが、実は協会けんぽの準備金を使った「帳尻合わせ」が制度的に可能である。
図5:協会けんぽの財政状況 具体的には、2015年の健康保険法改正に際して、協会けんぽに対する国庫補助率は期限を設けない「当分の間」の措置として、16.4%に固定化された。一方、1カ月分の給付費に相当する「法定準備金」よりも準備金残高が大幅に超過した場合、新たな超過分の国庫補助相当額を翌年度に減額するという特例規定が盛り込まれている。つまり、準備金残高が積み上がれば、協会けんぽの国庫補助を減額できる規定になっている。

一方、社会保険の適用者拡大などを受けて、協会けんぽの財政は好転している。図5は過去20年に及ぶ協会けんぽの財政状況の推移であり、ここ数年で準備金残高が急増している様子を見て取れる。具体的には、2018年度決算ベースの準備金残高は2兆8,521億円であり、これは給付費の約4カ月分に相当する。言い換えると、現在の準備金残高は法定準備金を大幅に超過しているため、国庫補助を削れる余裕が生まれていることになる。現時点で2021年度予算編成の見通しを論じるのは早過ぎるかもしれないが、新たな「帳尻合わせ」に使われる可能性がある。
 

6――社会保障関係費の概要(4)

6――社会保障関係費の概要(4)~未婚のひとり親世帯の税制優遇措置~

一方、税制改正では、未婚のひとり親世帯の税制優遇が焦点となった。この問題は2019年度税制改正で焦点となり、結論を持ち越していた。具体的には、婚姻歴のないひとり親が法律上、「寡婦(寡夫)」と見なされず、控除を受けられないとして、公明党が未婚のひとり親に拡大するよう主張したのに対し、自民党は「未婚の出産を助長する」などと難色を示した。

結局、2019年度の税制改正では児童扶養手当の受給者のうち、前年の合計所得金額が135万円以下であるひとり親世帯については、未婚でも個人住民税を非課税とするとともに、低所得の未婚のひとり親に対する予算措置を臨時的に講じたが、今後の適用拡大については結論を持ち越していた。

こうした経緯を踏まえ、2020年度税制改正の論議では所得制限が焦点となった。具体的には、公明党が寡婦(寡夫)控除と同等の「年間所得500万円」を強く主張したのに対し、自民党は児童扶養手当の基準額である「年間所得230万円」を求めた。最終的に、自民党の女性議員が公明党案を支持したことで、自民党が公明党に譲歩する形で決着し、▽未婚のひとり親についても、年間最大35万円の寡婦(寡夫)控除を適用、▽子どもを持つ寡夫の控除額(所得税27万円、個人住民税26万円)について、子どもを持つ寡婦(所得税35万円、個人住民税30万円)と同額とすることで、男女の差を撤廃する、▽寡婦(寡夫)控除については、所得500万円の所得制限を設ける――といった内容が与党税制改正大綱に盛り込まれた。
 

7――社会保障関係費の概要(5)

7――社会保障関係費の概要(5)~医療提供体制改革の関連事業~

厚生労働省予算の重点施策として、医療提供体制改革に関連した新規事業が幾つか盛り込まれた。そのうちの一つが「病床ダウンサイジング支援」のための補助制度である。2020年度予算案では84億円が計上されており、政府は「地域医療構想推進のため」と説明している。

地域医療構想とは、病床削減などを目指すため、2017年度から都道府県を中心に本格的に進められている政策である5。ただ、医療費抑制に向けた過剰な病床の削減が進んでいないとして、政府の経済財政諮問会議(議長:安倍晋三首相)では民間議員が「今後3年程度に限って集中的かつ大胆に財政支援してはどうか」と提案する(2019年10月28日の議事要旨)など、都道府県に対するテコ入れ策の重要性が論じられてきた。

さらに、地域医療構想を実施する主体の都道府県サイドからも「国の支援策、地方財政上の措置を年末の予算編成のタイミングで出してもらわないと、地域でそれを進めていくレールを敷くことができないという危惧を持っている」(2019年11月12日の「地域医療確保に関する国と地方の協議の場」第2回会議における平井伸治鳥取県知事の発言)といった声が出ていた。そこで、新たな財政支援制度は病床削減や統廃合などに取り組む医療機関に対して、稼働病床の10%以上を削減することを条件に、病床削減で発生する損失分などを補填することを想定している。

地域医療構想の関係では、地域医療構想に基づく病床削減や再編統合に関して相談を受け付ける窓口の設置、国が直接支援するデータ分析に要する費用なども盛り込まれている。これまで地域医療構想の推進に際しては、都道府県の自主性が配慮されてきたが、2020年度予算案では国の関与が強まっている様子を見て取れる。

さらに、勤務医の働き方改革を進めるため、「地域医療介護総合確保基金(医療分)」を143億円(地方負担を加味した数字、国費95億3,300万円)増額する。具体的には、従来の「地域医療構想の達成に向けた医療機関の施設又は設備の整備に関する事業」「居宅等における医療の提供に関する事業」「医療従事者の確保に関する事業」という従来の使途区分に加えて、「勤務医の働き方改革の推進に関する事業」という事業区分を新設する。この結果、地域医療介護総合介護基金(医療分)の規模は地方負担分を含めて、1,193億6,600万円になる。

このほか、都道府県の「医師確保計画」が2019年度中に出揃うなど、都道府県による医師偏在是正対策がスタートするのを受け、▽医師の少ない地域(医師少数区域)で勤務した医師を認定する制度に関連し、認定を取得した医師が医師少数区域に留まってもらうための支援策、▽幅広い疾患に対応する「総合診療医」の養成支援事業――なども計上されており、今後は地域医療構想と医師偏在是正、医師の働き方改革の「三位一体」による医療提供体制改革が本格化することになる。
 
5 地域医療構想については、2017年11~12月の4回連載の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」、2019年5~6月の2回連載「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」。(いずれもリンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。
 

8――おわりに~プライマリー・バランス黒字化と2025年に向けて~

8――おわりに~プライマリー・バランス黒字化と2025年に向けて~

「『目安』の範囲にこれはとどまっておるというのはご存じのとおりです。したがって歳出改革の取組自体はそのまま継続をしている。(中略)引き続き歳出改革等の取組を継続しながら経済再生、財政健全化の両立を図る」――。麻生太郎副総理兼財務相は予算案決定後、2019年12月20日の記者会見で、歳出改革の成果を強調するとともに、2025年時点の国・地方のプライマリー・バランスの黒字化に向けて前向きな姿勢を強調した。

しかし、内実は薬価削減や、介護保険の総報酬割移行に頼った「帳尻合わせ」が多かった。さらに、協会けんぽの財政状況を考えれば、今後も「帳尻合わせ」が続く可能性さえ想定される。

今後の問題は「帳尻合わせ」がどこまで続けられるか、という点である。実は、ここ数年間は75歳以上高齢者の伸び率が鈍化するため、社会保障関係費の自然増が少なく済んでいたが、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年以降、医療・介護費用の増加が予想されており、自然増の「発射台」は今後、高くなる公算が大きい。過去数年の「帳尻合わせ」にとどまらない形での歳出改革の推進か、さらなる消費率引き上げを含めた歳入改革を考える必要がある。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2020年01月10日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【2020年度の社会保障予算を分析する-自然増を5,000億円以下に抑えたが、「帳尻合わせ」の側面も】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

2020年度の社会保障予算を分析する-自然増を5,000億円以下に抑えたが、「帳尻合わせ」の側面ものレポート Topへ