2016年02月25日

健康経営とジェロントロジー~従業員の退職後までを視野に入れた健康経営を

生活研究部 主任研究員   前田 展弘

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■要旨

近年、「健康経営」すなわち「従業員に対する健康増進を重要視した経営」が注目されてきている。筆者は健康経営についてはまだまだ研究中であるが、専攻するジェロントロジー(高齢社会総合研究学)から、何か示唆を見出せないか検討した試論が本稿である。要点は、「従業員の退職後までを視野に入れた取り組み」の重要性である。退職後のセカンドキャリア(ライフキャリア)づくりに貢献する取り組み、また退職者組織・団体への積極的な働きかけを提案する。これらのことの経営にとっての意義についても考察する。

■目次

1――はじめに~注目が集まる「健康経営」
2――「健康経営」とジェロントロジーの接点
3――長寿科学研究からの示唆と重点対象層
  1|健康とは何か
  2|健康経営が注力すべき対象とは
4――退職後を見据えた新たな健康経営の取組視点
  1|セカンドキャリア支援に向けた「社内研修」の充実
  2|退職従業員に対する取り組み
5――経営にとっての「セカンドキャリア支援」の意義

1――はじめに~注目が集まる「健康経営」

1――はじめに~注目が集まる「健康経営」

「健康経営」という言葉を近年よく見聞きするようになった。本年1月には経済産業省より「健康経営銘柄2016」選定企業として25社が発表されたことが記憶に新しい。今回が2回目の選定であり、昨年度選定された22社と合わせると計47社1が「健康経営」に優れた取り組みを行っている企業(すなわち健康経営銘柄)として選定されたわけである。
さて、その「健康経営」とは何か。ご存じの方も多いかもしれないが「従業員に対する健康増進を重要視した経営2」のことを指す。1980年代に米国の経営心理学者のロバート・ローゼン氏が提唱した思想「健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくる」がこの概念の基盤となっているとされる3。日本では比較的近年になってから注目された概念と言える。発端は2007年に経済産業省が設置した「健康資本増進グランドデザイン研究会」において、「健康経営」の必要性が議論され、その普及に向けて動き出した経緯が確認される。そして、民間企業の健康経営の取り組みを後押しすることを目的に2014年度からは、経済産業省と東京証券取引所が共同で、上記の健康経営銘柄を選定し公表することを開始したのである。企業にとっては健康経営に取組むことで、「単に医療費という経費の節減のみならず、生産性の向上、従業員の創造性の向上等の効果が期待され、また健康経営銘柄として評価されるなどにより企業イメージの向上にもつながる」等の効果が期待されているのである4
筆者はジェロントロジー(高齢社会総合研究学)を専攻しており、「健康経営」そのものについては浅学ではあるが、関連する部分も少なくない。そこで本稿では、今日的に注目を集める「健康経営」について、ジェロントロジーの視点からの示唆(私見)を述べることとしたい。
 
1 健康経営銘柄に選定された企業(47社)については、下記の経済産業省HP「健康経営銘柄」を参照ください
http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_meigara.html
2 田中滋 他編著「会社と社会を幸せにする健康経営」(勁草書房、2010年10月)より引用
3 ㈱電通NEWS RELEASE「従業員への積極的な健康増進策で、生産性・収益性の向上を図る『健康経営』の実態を調査」(2013.3.8)より引用
4 特定非営利活動法人 健康経営研究会HP(http://kenkokeiei.jp/)より引用
※「健康経営」は、特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標である。


 

2――「健康経営」とジェロントロジーの接点

2――「健康経営」とジェロントロジーの接点

ジェロントロジーは、「個人と社会のエイジング(加齢・高齢化)に伴う課題の解決」を志向する学問(研究)である。その目的は、高齢者の生活課題の解決、高齢者のQOL(Quality of Life)の向上、そして安心で活力ある超高齢社会の創造まで広範にわたる。課題解決に向けて学際的なアプローチをはかることと、「学」の領域だけに止まらず、地域や産業界、行政等と連携し協働しながら取組む実学性の高い研究活動を展開するところに特徴がある。
健康経営との接点を考えると、国民(従業員)の「健康寿命の延伸」に貢献することが目的であることが共通する。その共通項において、健康経営は「現役世代」の健康を、ジェロントロジーはリタイアした「高齢者」の健康について注目しているところは異なる。ただ相互の関係性は深いと考える。高齢者の健康状態は、老後になってからの生活習慣もさることながら、現役時代の生活習慣や健康状態、職場の影響を受けていることが多い。それ故、ジェロントロジーの研究者の立場からすれば、健康経営がより充実されることが望ましい。他方、健康経営を実践する立場からすれば、従業員の退職後の健康までを支援する上で、ジェロントロジーに含まれる知見は有用であるに違いない。この点、健康経営において退職後のことまでをフォローする必要があるかどうかは賛否があると思われるが、筆者としてはその視点を組み込むことが大切だと考える。そのスタンスに立ち、現役時代に何が必要か、さらに取組むべきことがないか、ジェロントロジーの立場から考察していく。
 
<健康経営とジェロントロジーの接点イメージ>

3――長寿科学研究からの示唆と重点対象層

3――長寿科学研究からの示唆と重点対象層

1|健康とは何か

まず基本的なこととして、“「健康」とは何か”を確認しておきたい。中には「病気でない状態」が健康と考えられている方もいるかもしれないが、その見方は狭すぎるし正しくない。世界保健機関(WHO)が1948年の憲章でうたった健康に関する定義では、「健康とは身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない」”Health is a state of complete physical,mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity”とされる。また同じくWHOが2002年に健康状態を規定する構成要素間の関係性を概念化した結果(図表1)においても、健康状態は、「個人因子(性格等)」、「環境因子(住居環境、経済環境等)」、「心身機能・身体構造」に加えて、社会や人間関係の中で生じる「活動」や「参加」といった要素が相互に関連し合うと考えられている。つまり、健康を維持・増進するために、食事(栄養)に気をつけ適度の運動を行っていればよいということだけでは足りないのである。食事と運動が大事なことは言うまでもないが、人間関係や社会との関係性などあらゆる生活要素が健康に影響を与えているということを理解しておく必要がある。
図表1:WHO-ICFの構成要素間の相互作用の概念図(ICF:International Classification of Functioning, Disability and Health)
そのことを裏付けるように、ジェロントロジーに含まれる様々な長寿科学研究の成果を見ると、
  • 北欧や米国で行われた一卵性双生児を追跡した複数の研究成果を確認すると、遺伝子が寿命に与える影響は20-30%で、残りの70~80%はその他の要因、つまり生活習慣等を含む環境要因とされる。換言すれば、寿命の70-80%を決定づけるのは自分自身の日頃の“行い”ということである。
また日本の研究者も様々な研究成果を公表している。
  • 杉澤(1994)によれば、60歳以上2,200人を3年間追跡した結果、男性は加入している組織の数が多いあるいは参加頻度が高い者の方が生命予後が長く、女性は地域との接点において有意な関連はみられない。
  • 安梅(2000)によれば、60歳以上1069名を5年間追跡した結果、地域社会の中での人間関係の有無、環境とのかかわりの頻度などを測定する社会関連性指標の結果と生命予後との関連は有意であった。
  • 橋本ら(1986)によれば、男性は家族との会話,女性は家族以外との会話が少ない場合、生命予後が短い傾向にある。
  • 中西ら(1997)によれば、身体機能を代表する「移動力」の支障とともに、精神機能を示す「会話」の支障も独立した生命予後の規定因子になりうる。
  • 岡戸ら(2002)によれば、社会的ネットワークと生命予後を調査した結果、配偶者と同居していない者、社会活動のレベルが低い者、情緒的な支援者のいない者に死亡人数の有意な偏りが認められた。
  • 岩佐ら(2005)によれば、主観的幸福感と生命予後の関連について、男女ともに主観的幸福感と生命予後に有意な関連が認められ、主観的幸福感が低いほど生命予後が不良であった。中高年期において、主観的幸福感は生命予後の予測因子として有効である。
  • 坂田ら(2002)によれば、生きがいがあるとはっきりいえない者、ストレスがある者、頼られていると思わない者ではそうでない者に比べ、年齢、喫煙、飲酒、高血圧の既往歴を調整しても循環器疾患死亡のリスクが上昇していた。
  • 阿曽ら(1995)によれば、将来に対しての希望や自分が有用であることを見出せないとき高死亡率をもたらす。
以上のようなことが明らかとされている。また健康経営と近しいエビデンスを拾うと、
  • Drever and Whitehead(1997)によれば、イングランドとウェールズでは社会階層が高いほど男性の平均寿命が長い。
  • マーモット(2007)によれば、社会的な地位が高い人はそうでない人より死亡率が低く、社会的な統合が強い集団のほうがそうでない集団より死亡率が低くなる。
  • Bosma et al.(1998)によれば、自分の仕事を自分で決める権限を持っていない人の死亡率は高くなる。
  • House(1988)、性別に関わりなく社会的に孤立している人ほど死亡率が高くなる(企業内孤立者の問題とも関連する)。
といったことが確認される。以上は極く一部のエビデンスを紹介したにすぎないが、人間関係、社会関係、さらには心理的要因が生命予後に関係していることが様々な研究から示唆されている。ここでは、健康寿命の延伸をはかるには、これだけ幅広い視点で考える必要がある、ということまでを伝えるに止めたい。
 
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生活研究部   主任研究員

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

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