NEW
2025年08月18日

2025・2026年度経済見通し(25年8月)

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

文字サイズ

(2026年の春闘賃上げ率は鈍化へ)
厚生労働省が8/1に公表した「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」によれば、2025年の賃上げ率は5.52%と、33年ぶりの高水準となった2024年の5.33%を0.19ポイント上回った。また、連合の「2025春季生活闘争 最終回答集計結果」によれば、2025年の平均賃上げ率は5.25%(2024年は5.10%)、ベースアップに相当する「賃上げ分」は3.70%(2024年は3.56%)となった。

名目賃金を消費者物価で割り引いた実質賃金は、特別給与の大幅増加を主因として2024年6、7、11、12月は前年比でプラスとなったが、それ以外の月ではマイナスが続いている。現金給与総額よりも安定的な動きをする「きまって支給される給与(所定内給与+所定外給与)」は、2022年2月から3年以上にわたってマイナス圏で推移している。

実質賃金の低下は、消費者物価上昇率の高止まりに加え、春闘賃上げ率が2年連続で5%台の高水準となったにもかかわらず、名目賃金の伸びが伸び悩んでいることも影響している。現金給与総額(一人当たり)は、年末賞与の大幅増加を主因として2024年10-12月期は前年比3.7%の高い伸びとなったが、2025年入り後は2%台前半まで伸びが鈍化している。
実質賃金上昇率の推移/現金給与総額の要因分解
一般労働者の所定内給与は、春闘賃上げ率のうち定期昇給を除いたベースアップとの連動性が高い。しかし、2024年度の一般労働者の所定内給与は前年比2.5%とベースアップの4.02%(中央労働委員会「賃金事情等総合調査」)を大きく下回った。
ベースアップと所定内給与(一般労働者)/労働組合の有無別賃金改定率
この一因として、労働組合を対象とした春闘賃上げ率が、労働組合の組織率低下等を背景に必ずしも労働市場全体の賃上げ動向を反映しなくなっていることが挙げられる。実際、厚生労働省の「賃金引上げ等の実態に関する調査」によれば、2024年の平均賃金改定率は労働組合ありの4.5%に対して、労働組合なしでは3.6%と両者の差が大きく拡大した。

また、賃金水準が相対的に低いパートタイム労働者比率の上昇が平均賃金の押し下げ要因となっている。加えて、毎月勤労統計には毎年1月にサンプル入れ替えによる断層が生じるという統計上の問題があることも、高水準の春闘賃上げ率に比べて賃金上昇率が低めとなっている理由として挙げられる。現金給与総額に関するサンプル入れ替え前後の新旧差(入れ替え前-入れ替え後)は、2022年1月が+0.6%、2023年1月が+0.2%、2024年1月が▲0.2%、2025年1月が▲0.9%となっている。毎月勤労統計の賃金上昇率は2022年、2023年が実態よりも高く、2024年、2025年は賃金上昇率が実態よりも低くなっている。
 
春闘賃上げ率は2年連続で5%台の高水準となったが、先行きについては、トランプ関税による景気減速を受けて、賃上げを巡る環境も悪化することが見込まれる。人口減少、少子高齢化という人口動態面からの構造的な要因で企業の人手不足感が強い状態は継続する可能性があるが、輸出の減少を起点とした企業収益の悪化や物価上昇率の低下が賃上げの抑制につながるだろう。

2026年の春闘賃上げ率は4.5%(厚生労働省の「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」ベース)と予想する。2026年の春闘賃上げ率が前年よりも下がることは避けられない情勢だが、4%台半ばという賃上げ水準は、定期昇給を除いたベースアップでみれば3%程度であり、引き続き日銀の物価目標の2%を上回っている。

実質賃金は2025年入り後には前年比で▲2%程度で推移しているが、先行きは物価上昇率の鈍化を主因としてマイナス幅が縮小するだろう。実質賃金上昇率が持続的・安定的にプラスとなるのは、名目賃金上昇率が2%台で推移する中、消費者物価上昇率が2%を割り込むことが見込まれる2026年1-3月期以降と予想する。
名目賃金と実質賃金/実質雇用者報酬の予測
2024年度の実質雇用者報酬は、名目雇用者報酬の伸びが2023年度の前年比1.9%から同4.6%へ大きく高まったことを主因として前年比1.8%(2023年度:同▲1.4%)と3年ぶりの増加となった。先行きについては、企業収益の回復ペース鈍化を受けて特別給与の伸びが低下することから、名目雇用者報酬は2025年度が前年比3.6%、2026年度が同2.9%と増加ペースが緩やかとなるが、物価上昇率の鈍化を受けて、実質雇用者報酬は2025年度が前年比1.3%、2026年度が同1.5%と底堅く推移することが予想される。

2.実質成長率は2025年度0.6%、2026年度0.9%を予想

2.実質成長率は2025年度0.6%、2026年度0.9%を予想

(2025年7-9月期はマイナス成長へ)
2025年4-6月期はトランプ関税下でも輸出が底堅い動きとなったことから、前期比年率1.0%のプラス成長となった。しかし、7-9月期は関税引き上げの影響が顕在化し、輸出が減少することに加え、建築物省エネ法・建築基準法改正前の駆け込み需要の反動で住宅投資が大きく落ち込むことから、前期比▲1.3%と6四半期ぶりのマイナス成長となるだろう。10-12月期は輸出の減少ペースが緩やかとなること、物価上昇率の鈍化を受けて民間消費が緩やかに持ち直すことなどから、前期比年率0.3%とかろうじてプラス成長に復帰すると予想するが、関税が一段と引き上げられた場合には、マイナス成長が継続し、景気後退に陥るリスクが高まるだろう。

2026年入り後は関税引き上げの影響が徐々に減衰し、輸出が持ち直す中、民間消費、設備投資を中心に国内需要が増加し、潜在成長率を若干上回る年率1%程度の成長が続くことが予想される。

実質GDP成長率は2025年度が0.6%、2026年度が0.9%と予想する。需要項目別には、国内需要は2024年度に2年ぶりに増加に転じた後、2025、2026年度も増加を維持するが、トランプ関税の影響は国内需要にも波及するため、そのペースは緩やかなものにとどまるだろう。

外需は2024年度の前年比・寄与度▲0.4%に続き、2025年度も同▲0.1%のマイナスとなることが予想される。2026年度は輸出が持ち直すものの、海外経済の減速が続く中、円高の進展もあり低めの伸びにとどまることから、外需は前年比・寄与度▲0.1%となり、引き続き景気の牽引役となることは期待できないだろう。
実質GDP成長率の推移(四半期)/実質GDP成長率の推移(年度)
(実質可処分所得の増加が続く)
実質可処分所得は物価高の影響を主因として低迷が続いてきたが、ここにきて明るい動きが見られる。家計の実質可処分所得はコロナ禍における特別定額給付金をはじめとした各種支援策の影響で2020年度に大きく増加した後、2021年度以降は減少傾向が続いていたが、2024年1-3月期からは四半期連続で増加している。2024年入り後は低所得者向け給付、所得税・住民税減税の影響で押し上げられている面もあるが、その影響を除いても増加している。
実質可処分所得の変動要因 実質可処分所得が持ち直している主因は、雇用者数が増加を続けるもとで、1人当たり賃金の伸びが加速したことから、雇用者報酬が大幅に増加していることである。実質雇用者報酬は2021年10-12月期から前年比で減少が続いていたが、2024年4-6月期に11四半期ぶりに増加に転じた後、5四半期連続で増加している。また、超低金利の長期化に伴い家計の財産所得は低迷が続いてきたが、好調な企業業績を背景とした配当の増加を主因としてここにきて大幅に増加し、可処分所得の押し上げ要因となっている。

実質可処分所得は、名目賃金の高い伸びや物価上昇率の鈍化に伴う実質雇用者報酬の増加を主因として底堅く推移するだろう。2025年度は2024年度に実施された所得税・住民税減税の押し上げ効果が剥落する一方、所得税の基礎控除や給与所得控除の引き上げや金利上昇に伴う利子所得の増加が可処分所得の押し上げ要因となるだろう。

民間消費は実質可処分所得の増加を背景に、2024年度の前年比0.8%の後、2025年度が同0.8%、2026年度が同1.0%と緩やかな増加が続くと予想する。
(企業の投資行動は慎重化する可能性)
2025年4-6月期の設備投資は前期比1.3%と5四半期連続の増加となった。設備投資は高水準の企業収益を背景に、人手不足対応の省力化投資、デジタル化に向けた情報関連投資、Eコマース拡大に伴う建設投資などを中心に、回復の動きが続いている。しかし、先行きについては米国の関税政策を巡る不確実性の高まりや収益環境の悪化が、企業の投資行動の慎重化につながることが懸念される。

日銀短観2025年6月調査では、2024年度の設備投資(全規模・全産業、含むソフトウェア・研究開発投資額、除く土地投資額)が前年度比6.9%(実績)となった後、2025年度の設備投資計画は2025年3月調査から4.8%上方修正され、前年度比8.7%となったが、2024年度の同時期調査の伸び(2024年6月調査の2024年度計画は前年度比10.6%)を下回った。
設備投資計画(全規模・全産業)/経常利益計画(全規模・全産業)
2024年度の経常利益は前年度比5.6%(全規模・全産業)の増加となったが、2021~2023年度と比べると増益率は大きく鈍化した。また、日銀短観2025年6月調査では、2025年度の経常利益計画が前年度比▲5.7%の減益計画となった。例年、経常利益計画は6月調査時点では保守的に見積もられる傾向があるため、現時点の減益計画を悲観的に見る必要はない。ただし、前述した通り、自動車が大幅減益計画となるなど、一部の業種ではトランプ関税の悪影響がすでに顕在化している。製造業を中心に他の業種でも今後下方修正され、設備投資の抑制要因となるリスクがある。

設備投資は2024年度の前年比2.0%の後、2025年度には同2.8%と伸びを高めるが、2026年度は同1.8%へ減速すると予想する。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年08月18日「Weekly エコノミスト・レター」)

Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

お知らせ

お知らせ一覧

【2025・2026年度経済見通し(25年8月)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

2025・2026年度経済見通し(25年8月)のレポート Topへ