NEW
2025年08月04日

長期金利1.6%到達は通過点か?~今後の金利見通し

経済研究部 主席エコノミスト 上野 剛志

文字サイズ

2.日銀金融政策(7月)

(日銀)現状維持
日銀は7月30日~31日に開催した金融政策決定会合(MPM)において、金融政策の現状維持を決定した。これまで同様、無担保コールレート(オーバーナイト物)を0.5%程度で推移するように促すこととした(全員一致での決定)。

声明文と同時に公表された展望レポートでは、足元の食品価格上昇を受けて、2025年度の物価上昇率を大きく上方修正したうえ、26・27年度分についても小幅に上方修正した(下図参照)。また、米国と主要国との関税交渉合意を受けて、海外の経済・物価動向を巡る不確実性を「高い」と6月MPMまでの「きわめて高い」から引き下げ、物価見通しのリスクバランスを「概ね上下にバランスしている」と上方修正した(4月展望レポートでは、「2025 年度と 2026 年度は下振れリスクの方が大きい」としていた)。さらに、物価のリスク要因に関して、「最近の価格上昇には、人件費や物流費を販売価格に転嫁する動きも相応に影響しており、企業の賃金・価格設定行動次第では、価格上昇が想定以上に長引く可能性もある」との一文を加えている。

一方、基調的な物価上昇率の見通し(今後伸び悩んだ後に徐々に高まっていくシナリオ)や物価目標に概ね達する時期(見通し期間の後半)など、見通しの大枠に変更は無かった。

金融政策運営についても、「現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると、以上のような経済・物価の見通しが実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになる」、「見通しが実現していくかについては、各国の通商政策等の今後の展開やその影響を巡る不確実性が高い状況が続いていることを踏まえ、内外の経済・物価情勢や金融市場の動向等を丁寧に確認し、予断を持たずに判断していくことが重要」と従来のスタンスを維持している(ただし、4月会合では不確実性について「きわめて高い」としていた)。
 
会合後の総裁会見において、植田総裁は日米間の関税交渉合意について「大きな前進」と述べ、「わが国経済を巡る不確実性の低下につながる」と前向きに評価した。一方で、「それでも、いったん成長ペースが今後鈍化し、基調的な物価上昇率が伸び悩むという中心的な見通しに大きな変化はない」、「これまでより低下したとはいえ、各国の通商政策等の影響に関する不確実性はなお高い状況が続いている」、「これまで同様、経済・物価情勢が改善し、基調的な物価上昇率が高まっていくという見通しの確度やリスクを確認しながら、先行きの利上げの是非やタイミングを、毎回の決定会合において適切に判断していく方針」、「その際、通商政策等の影響が各国の経済や国際金融資本市場にどのように表れてくるか、また、そのもとでわが国企業の賃金・価格設定行動における積極的な動きが途切れることがないかどうかといった点をはじめ、内外の経済・物価・金融情勢を幅広く丁寧に確認していく」など、従来の見方を大枠で維持し、丁寧に見定めていく方針を示した。

見通しの実現性についての問いに対しては、総裁は「見通し実現の確度のようなものは少し高まった」と評価しつつも、関税の影響については、「ある程度高い関税がかけられるということはほぼ確定的な中で、その影響がどういうものになるのか(中略)は、これからだと思う」、「一気に霧が晴れるということはなかなかない」との慎重な認識を追加した。

ソフトな情報(マインド調査など)だけで金融政策の判断をすることがあるかについては、「絶対ないとは申し上げられませんが、(中略)ハードデータ(経済指標)にどういう影響が現れてくるかということをみたい」と説明した。
 
来春闘での賃上げに関しては、「今後、関税の影響を受けて、日本の企業収益、特に製造業のそれが下方に屈折していくということ、そしてそれの賃金への影響が懸念される」、「そこはそれがどの程度の大きさ、強さになるのかというところは、丁寧にみていきたい」と述べた一方で、「(賃金を)上げていくということがある種のノルムになりつつあるという点にも留意しておく」と加えた。

昨年の3月と比べて、今後デフレに戻ってしまうリスクの評価が変わったかという質問に対しては、「直感的には、そのときよりもデフレに戻ってしまうリスクは少し低下した」と評価。

一方で、利上げが後手に回る、いわゆるビハインド・ザ・カーブに陥るリスクに関しては、「現状ではビハインド・ザ・カーブに陥ってるとは思っていませんし、そうなるリスクが高いとまでは思っていない」と否定的な見解を示した。ただし、「基調的物価が以前よりも 2%に近づいてきている中で、(中略)消費者物価総合の動きが、(中略)基調的物価に(中略)影響を及ぼしてしまうという可能性は、以前よりも注意してみていかないといけない」と付け加えた。
 
MPM前に1ドル150円に接近していた為替については、「私どもの見通しの中で前提としている為替の水準からすごい大きくずれているわけではないので、例えば物価の見通しに、直ちに大きな影響があるというふうには今のところみておりませんが、注意してみていきたい」と、現状を強くは問題視していない様子がうかがわれた。
日米の政策金利/展望レポート(25年7月)・政策委員の大勢見通し(中央値)
(今後の予想)
今回の展望レポートで、不確実性に関する評価が緩和され、物価見通し及びそのリスクバランスが引き上げられたことは、米国と主要国(日本を含む)との関税協議合意を受けて、日銀内における先行きの物価目標達成に向けた見方がやや前向きになったことを示していると推測される。

しかし、植田総裁の会見内容は総じて早期の利上げに慎重な印象を受けた。日銀執行部としては、関税の影響が顕在化するのはこれからであるため、次の利上げはその内容を慎重に見定めてからとの認識を持っているということなのだろう。
 
次回の利上げに踏み切るための主な条件としては、(1)トランプ関税の影響がある程度判明すること、そのうえで、(2)賃金と物価の好循環が継続して物価目標達成の確度が高まったと言えること、の2点が挙げられると考えている。

従って、筆者の中心的な予想としては、今後トランプ関税の行方と影響の見極めにしばらく時間を取った後、今年12月に0.75%へ利上げすると見込んでいる。この時期になれば、(1)トランプ関税を受けた企業の中間決算や冬の賞与が大崩れしていないこと、(2)今春闘での高い賃上げがサービス等の価格に一定程度転嫁されたこと、(3)来春闘に向けて賃上げ機運が大きく損なわれていないこと、の確認が可能になると考えられるためだ。

ただし、リスクシナリオとして、関税の内外経済への悪影響が想定よりも大きくなった場合には、影響が緩和したと判明するまでは利上げに動けなくなりそうだ。逆に、関税の影響が限定されるなかで食品価格の上昇率が高止まりし、基調的な物価上昇率への波及が懸念される状況となったり、円安が急速に進む事態になったりすれば、10月への利上げ前倒しもあり得る。

3.金融市場(7月)の振り返りと予測表

3.金融市場(7月)の振り返りと予測表

(10年国債利回り)
7月の動き(↗) 月初1.4%台前半でスタートし、月末は1.5%台半ばに。
月初、減税法案を巡る米財政懸念と国内の財政拡張への警戒を受けて3日に1.4%台半ばへ上昇。その後もトランプ政権の関税引き上げ方針表明を受けた米インフレ懸念や、参院選世論調査での与党苦戦の報を受けた国内財政懸念によって上昇基調が継続し、14日には1.5%台後半へと上昇した。参院選での与党過半数割れを受けた22日には、石破首相による続投表明等を受けて一旦金利が低下。ただし、翌23日には日米の関税交渉合意を受けて日銀利上げ観測が高まり急上昇、24日には1.6%に到達した。月の終盤は日銀決定会合を控えて持ち高調整の債券買いが入り、1.5%台半ばで推移した。
日米長期金利の推移(直近1年間)/日本国債イールドカーブの変化/日経平均株価の推移(直近1年間)/主要国株価の騰落率(7月
(ドル円レート)
7月の動き(↗) 月初143円台半ばでスタートし、月末は149円台前半に。
月初、米雇用統計の堅調な結果や、トランプ政権による関税引き上げ方針表明を受けた米インフレ懸念などから円安が進み、9日に147円台に到達。直後に一旦ドル安方向への調整が入ったが、相次ぐトランプ政権による関税引き上げ表明を受けてドル高基調となり、米CPI上昇率の拡大を受けた16日には149円を付けた。この間、参院選での与党苦戦の報を受けて、財政懸念による円売り圧力も円安を助長した。下旬には、参院選での与党の議席減が懸念されたほどではなかったことや日米関税合意を受けた日銀利上げ観測の高まりによって円が買い戻され、23日には146円台半ばへ。月の終盤は米経済指標の改善、米国とEUとの関税交渉合意、タカ派的なFOMC後のパウエル議長会見を受けてドルが上昇、月末にはMPM後の植田日銀総裁会見がハト派的との受け止めから円売りも加速し、149円台前半で終了した。
(ユーロドルレート)
7月の動き(↘) 月初1.18ドル台前半でスタートし、月末は1.14ドル台半ばに。
月初、1.17ドル台後半~1.18ドル強で推移した後、トランプ政権の関税引き上げ方針を受けた米インフレ懸念やリスクオフのユーロ売りから、7日に1.17ドル台前半に。その後も米経済指標の上振れやCPIの拡大を受けて下落し、17日には1.15ドル台後半を付ける。一方、その後は米経済指標の悪化やFRB高官による7月利下げの主張などを受けたドル安圧力と米・EUの関税合意期待によるユーロ高圧力が相まって上昇基調となり、24日には1.17ドル台半ばを回復。終盤は米経済指標の改善、米国とEUとの関税交渉合意、タカ派的なFOMC後のパウエル議長会見を受けてドル買いが強まり、月末は1.14ドル台半ばで終了した。
ドル円レートの推移(直近1年間)/ユーロドルレートの推移(直近1年間)
金利・為替予測表(2025年8月4日現在)

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年08月04日「Weekly エコノミスト・レター」)

Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   主席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

お知らせ

お知らせ一覧

【長期金利1.6%到達は通過点か?~今後の金利見通し】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

長期金利1.6%到達は通過点か?~今後の金利見通しのレポート Topへ